2024年3月18日月曜日

●月曜日の一句〔佐藤文香〕相子智恵



相子智恵






眉墨に母語のくぐもり紫木蓮  佐藤文香

句集『こゑは消えるのに』(2023.12 港の人)所収

本句集は副題に「アメリカ句集」とある。1年間のアメリカ滞在中に作った句のみを収めた作者の第4句集だ。

掲句、〈眉墨〉という言葉に母国語(日本語)のくぐもった音を感じたという句意。現在では「アイブロウ」と言ったほうがしっくりくるが、あらためてこう書かれると「眉墨(眉を引く墨)」という名前は、じつに古風ではないか。平安時代にまで心が飛んでいくようだ。

〈くぐもり〉という響きには湿度を感じる。アメリカの西海岸、カリフォルニア州のカラッと乾いた空気の中で1年間を過ごしたという作者にとっては、この湿度が母語であり、母国そのものに思えてきたのではないだろうか。

〈紫木蓮〉にも「もく」という言葉が入っており、〈眉墨〉〈母語〉〈くぐもり〉という言葉と響き合う。これにより、掲句のすべての語が、くぐもって感じられてくるのだ。
佐藤の句は、どれも音がかなり考えられていると感じるが、掲句もそうだ。さらに、紫木蓮の薄墨のような微妙な色合いは〈眉墨〉に通じ、東洋的な色合いだと感じる。味のある取り合わせである。

 

2024年3月15日金曜日

●金曜日の川柳〔真島芽〕樋口由紀子



樋口由紀子





命より大事な前髪にサクラ

真島芽(ましま・めい)2006~

今どきの高校生らしい川柳である。せっかく時間をかけてセットした前髪に桜の花びらが散ってきて、ぴたりと貼り付いた。やっと決まった前髪がだいなしである。

前髪ひとつで顔の印象ががらりと変わるのはわかる。しかし、「命より大事」とはあまりにも大仰である。が、それは本心だろう。花の女王である桜もかたなしである。だからカタカナ表記の「サクラ」なのだろう。健康だからこそ、元気だからこそ、書ける川柳である。そう言い切れる若さと前髪の艶が眩しい。『川柳の話』第4号(2024年刊・満点の星社)収録。

2024年3月8日金曜日

●金曜日の川柳〔梅村暦郎〕樋口由紀子



樋口由紀子





春にて候 子の追いすがる紙風船

梅村暦郎(うめむら・れきろう)1933~

ぽかぽかとした陽気の春の公園で、子どもが紙風船を追いかけているのだろう。「春にて候」はまるで時代劇のセリフのようで、川柳ではめったにおめにかからない。「にて」は時候をあらためて指し、「候(そうろう)」は「ある」の丁寧語で、「春でございます」となる。

丁寧に設えた季節の景を一風変わった雰囲気にするのが「追いすがる」の動詞である。確かにそう見えなくもないが、その姿よりも精神の方に重心が移り、ただならぬ気配をまとう。言葉の使い方や選び方次第で様々な面を見せることができる。『花火』(1993年刊)所収。

2024年3月7日木曜日

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2024年3月6日水曜日

西鶴ざんまい #57 浅沼璞


西鶴ざんまい #57
 
浅沼璞
 
 
恋種や麦も朱雀の野は見よし 打越
 末摘花をうばふ無理酒   前句
和七賢仲間あそびの豊也   付句(通算39句目)
『西鶴独吟百韻自註絵巻』(1692年頃)
 
【付句】二ノ折、裏三句目。雑。和七賢(わしちげん)=日本の七賢。「しちげん」と濁るのは『下学集』(一四四四年)による。中公版『定本西鶴全集8』「西鶴俗つれづれ」頭注に〈七賢は世を竹林にのがれて自適した支那晉代の七賢人。當時大阪に七賢人をまねた連中がゐたことは西鶴の「獨吟百韻自註」にもその記載がある〉と記されている。また遺稿集『西鶴名残の友』にも「和七賢の遊興」なる短編がある。

【句意】和製の七賢人による仲間内の(無理な)遊びは(一見)豊かなものである。

【付け・転じ】打越・前句=朱雀野を帰る遊客のクローズアップによる付け。前句・付句=「無理酒」から「無理」に賢人を真似た和製七賢人へと転じた。

【自註】唐土(もろこし)の*かたい親仁ども、竹林に酒を楽しみ、世を外(ほか)になして暮せしを、其心ざしには思ひもよらぬ年寄友達、無理に形を作りなし、世間の人むつかしがるやうにこしらへ、同じ心の友の寄り合うては酒家に詩をうたふ。脇から見た所はゆたかなりしが、其身(そのみ)に子細者(しさいもの)作りけるは、本心は取りうしなひける。
*かたい親仁(おやぢ)=表8句目自註に既出。そこでは「厳格な父親」の意。

【意訳】中国の厳格な親爺たちが竹林で酒を楽しみ、世の事を気にかけず暮していたのを、その離俗の志には思いも及ばぬ(日本の)年寄仲間、無理に世捨て人のなりを作り、世間の人の憚るように演じ、同じ志向の友が寄り合っては酒楼で詩を吟ずる。傍目には悠然と見えるけれど、わざと世捨て人を気取っているのだから、ご本家の本心は失っている。

【三工程】
(前句)末摘花をうばふ無理酒

  友寄りて無理に詩うたふ豊かさよ 〔見込〕
    ↓
  和七賢酒家に詩うたふ豊かさよ  〔趣向〕
    ↓
  和七賢仲間あそびの豊也     〔句作〕

「酒→作る詩」(類船集)の縁語から無理酒を飲んで詩を吟じていると取成し〔見込〕、どんな連中が詩を吟じあっているのかと問いながら、和七賢を連想し〔趣向〕、「作る詩」の抜けで句を仕立てた〔句作〕。


前回、打越・前句について、麦と末摘花(紅花)で同季の付け、と解説しましたが、編集の若之氏より、〈朱雀と紅花は色のつながりもあるのでしょうか〉との指摘がありましたが。

「そやな、かしこいな、朱と紅やからな」

同系色の色立(いろだて)ですね。

「色立? なんや聞かん言葉やけど、又のちの世の後付けやないか」

あ、そうでした。すみません。