2017年1月21日土曜日

【人名さん】千昌夫

【人名さん】
千昌夫


千昌夫いない枯野の快晴よ  岡村知昭


参照画像

2017年1月20日金曜日

●金曜日の川柳〔西山金悦〕樋口由紀子



樋口由紀子






手術記念日鰯の味が舌にある

西山金悦 (にしやま・きんえつ) 1930~

手術して一年が経ったのだろう。一年前のこの日、それなりの覚悟をもって手術に臨んだ。おかげさまで手術は成功し、鰯の、その青魚の味がしっかりわかるようになるまで回復した。味がわかるという単純な事実は健康なときはあたりまえだったが、病気をしてはじめて、食物の味がわかることはもったいないくらい尊いことなのだとわかった。感慨の「手術記念日」、具体的な「鰯の味」の言葉が功を奏している。

六十歳に大きな手術を受けたときの作品であるらしい。生きていることのありがたさ、健康でいるよろこびが直に伝わってくる。私のまわりにも体調を崩している人がいる。年齢を重ねるとある程度病も受け入れざるを得なくなる。だから余計に健康のありがたみもわかる。この一年なによりも健康でありますように。『天道虫』(1993年刊)所収。

2017年1月19日木曜日

【裏・真説温泉あんま芸者】句集の読み方 その7・本文 西原天気

【裏・真説温泉あんま芸者】
句集の読み方 その7・本文

西原天気


句集の本文とは、言うまでもなく、句。

並べ方は、大きく2通り。

A:編年体。

句をつくった順に並べる。昔ほど前のページに来るのが一般的(逆は、1冊くらいしか記憶にない)。

B:非・編年体。

作成年月日とは無関係に並べる。


なお、いずれも、季節の順に並べるのが一般的。


A 編年体〕にせずB 非・編年体〕にする理由は、大きく2つ。

C:ある種の意図、読まれたときの効果を狙う。

D:いつ作った句かわからない/忘れた。自句を整理していない。

あんがいDが多いと推測され(例:私)、A 編年体〕を採る俳人は、結社で真面目にやっている人が多いのは、数年間の結社誌を見れば、制作順は一目瞭然だから、か。

A 編年体〕は作者事情(読者にとっては、いつ作ったのかなんて知ったこっちゃない)、〔B 非・編年体〕はいちおう読者事情だが、Dの理由だと、大きなことは言えない。


経験的に、A 編年体〕だろうとB 非・編年体〕だろうと、句集全体の印象にそれほどの差は出ない。

句の順序は重要なようでいて、それで嵩増しされる価値は知れている。おもしろい(広義の「おもしろい」です。蛇足ながら)句が多い句集は、どう並んでいようがおもしろい(逆も同様)。

作者が苦労して並べるわりに、効果は限定的。

なので、これから句集をつくる人は、気楽に並べればいいです。

ただ、最初のあたりは気を使ってもいいかもしれません。数ページで読む気をなくすという並べ方は、つくる人としても残念だと思うので。

2017年1月18日水曜日

●水曜日の一句〔高野ムツオ〕関悦史


関悦史









生者こそ行方不明や野のすみれ  高野ムツオ


「死者」と確定してしまえば「行方不明者」ではない。法的な失踪期間が過ぎ、宣告がなされれば、「行方不明者」ではなく「死者」の扱いとなる。その意味で「生者こそ行方不明や」は正しい。

しかしこの句が描こうとしているのは、おそらくそうしたことではない。これが東北で大震災を受けた高野ムツオの句であり、震災後を詠んだ句がきわめて多い句集に収録されているという事情を、かりに度外視したとしても、ここに描かれているのは、まず死者の不在を抱え込んだ生者の、見当識の喪失に近い茫然たる浮遊感である。

死者(たち)に置き去りにされ、その記憶と不在に押しつぶされそうになりながら、それ以後の日々を送り続ける生者、つまりわれわれの方こそが「行方不明」なのだ。死者(たち)自体は、今後もう変化することも放浪することもない。「行方不明」とは、死者(たち)の発生という事態をどう呑みこんで消化してよいかがつかめず、いたずらに喪失感や、それが何かの拍子に引き起こすパニックのなかに漂うことを強いられ続けているという事態を指している。

「野のすみれ」。人に植えられたものではなく、野から出たすみれは、そうした過酷な無常のことわりを背負って咲いた、生者にとっての命綱にも似た輝きをはなつものとして現れる。現れるという事象そのものが生者と死者、存在と不在の間をとびこえる働きを担っているのである。一見もっともらしい達観にも似た「生者こそ行方不明や」の茫然のなかで、生者=われわれの正気はこのすみれ一本にかかる。死者たちの方こそを実とし、生者たちの方を虚とするような、この両義的なすみれに。


句集『片翅』(2016.10 邑書林)所収。

2017年1月17日火曜日

〔ためしがき〕 表記について、思うこと少し 福田若之

〔ためしがき〕
表記について、思うこと少し

福田若之


このツイートが発端になって、すこし議論が起こっているようだ。
なんて話が出て来たり。
というような反応が返されたりしている。 で、
となれば、新仮名で句を書く僕としては、自分なりにこの問いかけに応答しておきたい、ということになる。
といった応酬もあったりするけれど、僕なりに。――というわけで、以下はその解答。



僕は、現代仮名遣い、というか、僕のくつろげる表記で俳句を書きたい、と思うのです。

三橋敏雄は、『まぼろしの鱶』の後記に、「なお仮名遣いについては、或る時期、現代かなづかい、に従つた作を発表しているが、俳句表現上、不適であることを実感したので、本集ではすべて、歴史的仮名遣ひ、に改めた。「秋の暮」を「秋の暮れ」と書く事には、耐えられない」と書いています。仮名遣いについて考える時に、僕は、いつも、三橋敏雄のこの言葉を思うのです。三橋敏雄にとって、仮名遣いは、単に語の発音に表記をどう対応させるかの問題ではなかったということです。それは、「秋の暮」を「秋の暮れ」と書くこと、要するに、送り仮名の運用を含めてのことでした。

僕はいま「秋の暮」を「秋の暮れ」と書きます。「秋の暮れ」を「秋の暮」と書くと、なんとなく、それは僕の文字ではないという気がしてしまうのです。この送り仮名の有無がもたらす違和感は、僕にとっても、仮名遣いと切り離すことのできない問題です。

「現仮名はロジカルな表記ではない」、という言葉には、疑問を覚えます。 およそ通用しているあらゆるシステムには、それが通用するに足るだけの論理が備わっているものです。もちろん、旧仮名を成立させている論理を現仮名を成立させている論理よりも好む人のあることは、よく分かります。でも、それをもって、旧仮名のシステムは論理的で、現仮名のシステムは論理的ではないというのは、すこし違うのではないかと思います。

あくまでも推察ですが、「現仮名はロジカルな表記ではない」というのは、おそらく、音声との対応を第一の目的としているにもかかわらず、それが徹底されていないということを指しているのだと思います。たとえば、助詞の「は」や「を」や「へ」が「わ」や「お」や「え」になっていないことや、あるいは、オ列長音の表記に説明のつかないことなどを指して、「ロジカルな表記ではない」といったのではないかと。

けれど、歴史的仮名遣いには、正当な表記さえ不確かな語が存在しています。たとえば、昆虫の「あめんぼう」。 これは、「あめんぼう」と「あめんばう」のどちらが正しいのか、いまのところ定説がありません。新仮名にはなぜそう表記するのか説明がつかない場合がたしかにありますが、他方、旧仮名にはどう表記するのがよいかわからない場合があるということです。

それに、現状正しいとされている歴史的仮名遣いだって、ほんとうに正当といえるのかどうか、分かりません。たとえば、広葉樹の「いちょう」は、江戸期はもちろん、昭和のはじめごろまでは「いてふ」と書いていました。これは、語源をたどると「一葉」ないしは「寝蝶」に行きつくと信じられていたからです。それが、昭和に入ってから、実は中国語「鴨脚」が語源だったという説が出てきて、いまでは「いちやう」と表記するのが正しいということになっています。

僕は、こうした変遷を思うとき、現在の歴史的仮名遣いで、自分ひとりの名において何かを書くことを、あくまでも個人的なこととして、心許ないと感じます。新仮名には新仮名で徹底されていない点があるのはもちろんですけれど、そもそも文字が音声を完全に一対一対応で表記することなんてことは幻想としてしかありえません。それならば、いくつかの例外があるとしても、そうした例外がしっかり定まっている表記の方が、僕は、自分の身を落ち着けやすいと感じます。要するに、くつろげるということです。

いま、「あくまでも個人的なこととして」、と書きました。僕は他のひとの表現にまでこうした思いを押し付けるつもりはありません。私見を述べるまでのことです。

ですから、「現仮名を使ってわざわざ俳句みたいな古いことやる意味がわからない」という意見については、率直に、現仮名で俳句をやることに意味を見いだせず、旧仮名で俳句をやることに意味を見出しているひとが旧仮名で俳句をやるのは、実にまっとうなことだと思います。

見た目の豊かさについては、僕は、どちらの仮名遣いにも豊かさはあって、結局は、どちらの豊かさにより惹かれるかということだと思います。「ゐる」と「いる」だけを比べると、「ゐる」のほうがより豊かだと感じる人のほうが多いのかもしれません。でも、これが「ゐない」と「いない」だったら、「いない」の対称性には、これはこれで別の豊かさがありませんか。「いないいないばあ」ともなれば、二つの「な」が四つの「い」にまぎれてちらつくあたり、いかにも「いないいないばあ」って感じがします。

せっかくなので、これとはすこし違う話も書いておきます。仮名の新旧と文語口語は別のことだとみんな言うし、理屈の上では確かにそのとおりです。けれど、たとえば、「あはれ」と書くのと「あわれ」と書くのとでは、どうしても言葉の印象が変わってきます。それは、他の言葉との結びつきによって、決定的な違いとなってあらわれることさえあります。「あはれ宿無し」と書くのと「あわれ宿無し」と書くのとでは、作中主体が「宿無し」なのか別の誰かが「宿無し」なのか、現代では、きっと、表記につられて読みが違ってくるでしょう。「あはれ」と「あわれ」ほど極端な例ではなくても、たとえば、「さやうなら」と書くのでは伝わらない「さようなら」や、「ゐる」と書くのでは伝わらない「いる」はあると思うのです。もちろん、逆もある。

要するに、新仮名でしか書けないもの、伝わらないものというのは、旧仮名でしか書けないもの、伝わられないものと同じくらい、あるはずだということです。

仮名遣いは、僕にとっては、不易流行ということとどう向き合っていくのかにも関わっています。僕は、移り変わるものとしての言葉に、移り変わるものとしてこの身をゆだねたい。そんなふうにして、言葉において、言葉とともに、言葉を旅し、すなわち、言葉において、言葉とともに、言葉を栖としたい。そのために、僕は、いま、僕自身の生きてくつろげる表記で書きたい。僕は、俳句を書くのでなければ、仮名遣いのことも、不易流行ということも、こんなふうには考えなかったと思います。だから、これは、俳句新仮名で書きたい、といったことではありません。僕は、俳句をこそ新仮名で書きたいと思うのです。繰り返しになりますが、こうしたことは、いずれも、僕ひとりの極私的な欲求にすぎません。

余談ですが、僕には、新仮名で俳句を書いていきたいという欲求がある一方で、いつか、もし文語でなにかを書いて本を作るようなことがあるとしたら、そのときには、できるかぎり講談社版の『子規全集』の用字・仮名遣い・字形に合わせたいという極めてフェティッシュな欲求も持ち合わせています。ここで講談社版の『子規全集』を挙げたのは、別に版元が講談社であることや子規の全集であることに特別な意味があるわけではなく、あくまでも身近な具体例のひとつとしてです。同様の用字・仮名遣い・字形を用いた書物は他にもたくさんあります。

それでは、なぜ『子規全集』などで用いられている用字・仮名遣い・字形なのか、といえば、これは、僕にとって、こうした表記で書かれた文語が手書き・手彫り(もしくは手書き・手彫りのものをもとに復刻した版)の次に生き生きして見えるからです。たとえば「証拠」が「證據」と表記されていたりするのもそうですが、それだけじゃなくて、「直󠄁󠄁󠄁󠄁」の左下の角のまるみとか、そもそも「全󠄁集」の「全󠄁」の字からして、てっぺんから左に細い線が伸びているところとか、とてもそそられます(最近だと、Wordに標準搭載のフォントでも、游明朝と異体字セレクターを駆使すればこんな風にある程度までは再現できるようになっています。完璧にとはいきませんが)。

2016/12/28