2014年4月18日金曜日

●金曜日の川柳〔小宮山雅登〕樋口由紀子



樋口由紀子






鏡ありて人間淋しい嗤ひする

小宮山雅登 (こみやま・まさと) 1917~1976

鏡にむかうとなぜか表情をやわらげてしまう。ときにはおかしくもないのに鏡にむかって笑っている。どうしてなのか。こわい、きつい、かたい、そんな自分の顔をみたくないためだろう。

しかし、それは「淋しい嗤ひ」。まさしくそうである。「嗤ひ」の漢字表記が効いている。人の繊細な、感じやすいさまが何とも言いあらわせられないほどの抒情性を含ませて表現している。

小宮山雅登に〈胡瓜もみ妻に与える夢あらず〉という句もある。温かくてやさしい。滋味に溢れている。こんな風に妻を見ている夫っていいなあと思う。いや、その前にそのように胡瓜もみをしている妻であるかどうかの方が問題なのだが。〈夜の雨や貌が剥げ落ちそうである〉〈民衆どっとわらひ一人に米がない〉〈矢が的を貫くむなしきを見たり〉『川柳新書』(昭和32年刊)所収。

2014年4月17日木曜日

●いわき復興の響き展 のご案内

いわき復興の響き展
のご案内



大きく津波の被害を受けた福島県いわき市。東日本大震災から3回目の春を迎えました。心をひとつにして、復興へと歩み続けるいわきの3年間をご覧ください。

日時
2014年4月19日(土)12:00-17:00
2014年4月20日(日)10:00-16:00

会場
市田邸  台東区上野桜木16-2  地図
下町風俗資料館付設展示場 旧吉田屋酒店  台東区上野桜木2-10-6  地図

イベント
詳しくは下記サイトをご覧下さい。
プロジェクト傳「いわき復興の響き展」


主催:プロジェクト傳
共催:上野桜木町会
問い合わせ先:プロジェクト傳 東京事務局 山崎祐子
project_den@me.com

2014年4月16日水曜日

●水曜日の一句〔伊丹三樹彦〕関悦史



関悦史








居沈むは水牛ばかり 大緑蔭   伊丹三樹彦

『写俳集16 ガンガの沐浴(インド編)』という、インドの写真がいっぱい載った写真&俳句集のなかの一句だが、句のほうは全部、1984年に刊行された『隣人 ASIAN』(角川書店)からの再録とのこと。

伊丹三樹彦の句は、こうした写真と一体の作りの本に限らず、視覚情報をわりとそのままに分かち書き俳句にしたものが多く、それ以上の要素(観念性、象徴性その他)は特に求めていない。言葉が明快である。ただし、いわゆる客観写生的にまわりから来る自然を受容する一方ではなく、題材に何を選ぶかの段階で志向性がはっきり出る。姿勢としては攻めの俳句なのだ。

この「写俳集」に収められた他の句

  ガンガの水汲んだばかりの 壺に初日

  腰高の褌一貫 初沐浴

  魂魄去った五体に レイの十重二十重

  金輪際坐る行者に ガンガ明り

  椰子の汁 呑めよと 朝の鉈を発止


などを見ても、観光先でシャッターを押すのと同じように、興味をひくものがあらわれると反射的に句にしている感じが伝わってくる。美しいという感動が先にたったモチーフを俳句にしようとすると言葉がどんどん重くなっていきがちなのだが、そうなる前に打ち返しており、インドのイメージとしては、見る前からそういうものだろうと思う景物ばかりで、捉え方もひねりがないのに、その平板さのなかに奇妙な鮮度がある。

言葉が明快なのは喩的な要素(つまり二重性)がないからだが、俳句である以上、音韻的なものも含めて、言葉の組織の仕方に気を使わないわけはない。

掲句も「居沈む」という、おそらく造語であろう複合動詞に、対象たる水牛にストレートに達した心地よい重さがあり、「大緑蔭」の「大」もそれと響きあって空疎になることなく、広く涼しげな空間を作っている。

内面の深みへ引き入れようとする象徴表現の類は特にないのに、奇妙な生気、あるいは霊気のようなものがわずかながら感じられるのは、水牛「ばかり」という限定が、人をはじめとするその他の生き物たちへの無意識の期待を、否定によって浮かび上がらせているからだろう。

部分で全体を表す(あるいはその逆)のレトリックに提喩(シネクドキ)というのがあるが、ここでの水牛は、いわば、部分でありながら、その他あらゆる生き物を後ろにひかえた茫漠たる何ものかとして、作者を見返している。


『写俳集16 ガンガの沐浴(インド編)』(2014.4 青群俳句会)所収。

2014年4月14日月曜日

●月曜日の一句〔男波弘志〕相子智恵



相子智恵







満開の花の近江の田螺かな

満開の花の近江の田螺転け  男波弘志

句集『瀉瓶』(2014.1 田工房)より。

琵琶湖の田螺であろうか。琵琶湖には長田螺(ナガタニシ)という固有種がいるそうである。満開の花の近江という大きな美しさ、めでたさから、一粒の黒い田螺へと、視点がぐっと寄っていく。この一句だけでも好きな句であるが、その隣に〈満開の花の近江の田螺転け〉と並べたのが、またいい。

「田螺長者」というお伽噺もあるが、昔から田螺は水神としての性格を持っていたようである。また貝類であるが胎生で、初夏には子貝を産むという。不思議な貝だ。
 掲句、満開の花咲く近江でコケる田螺は滑稽でありながら、妙にめでたい。田螺は「田の主」が語源との説もあるが、満開の花に昔の人が込めたであろう豊作への願いと、田螺の水神的な性格が背後に感じられてきて、この句には不思議な言霊の力があるような気がするのである。それがめでたいのだ。大らかな俳味と、土着的なパワーのある句である。

『瀉瓶』という句集には、生き死にの根源的な寂しさと、それを滑稽にかえる力強さがある。ぜひ多くの人に読まれてほしい骨太な句集である。

〈春の野の刳味は母のゑぐみかな〉〈頃合の肉舐めまはる昼の蠅〉〈びつしりと死者が手を置く蜆桶〉〈誰からももらふ螢火そばから捨て〉〈一歩づつ土になりゆく踊りかな〉〈柿の木が言うたよその子盗らるるよ〉

2014年4月13日日曜日

●週刊俳句・創刊7周年記念オフ会のお知らせ

『週刊俳句』
創刊7周年記念オフ会のお知らせ


『週刊俳句』はこの4月をもちまして7周年を迎えます。これもひとえに皆様のご支援の賜物と深く感謝申し上げます。つきましては、下記により宴席を設けました。ご多用中とは存じますが、万障お繰り合わせの上ご参席賜わりますようご案内申し上げます。

  記
日時:2014年419日()午後5:00開場 5:30開演-8:30
場所:小石川後楽園・涵徳亭
アクセス/地図はこちら  東京都文京区後楽1丁目6-6 
参加費:4000円 (学生2000円)


※早めに到着して小石川後楽園を散策(入園料:一般300円、65歳以上150円。9時~16時30分、閉園17時)もオススメプランです。