2017年10月17日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉11 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉11

福田若之


歴史を紐解いてみれば、自作についてほとんど何も語らずに済ませた書き手にも、自作について多くを語った書き手にも、優れた書き手はたくさんいる。たんに、多くのひとがそのどちらか一方にしか共鳴しえないというだけだ。『新生』におけるダンテの饒舌ぶりを思えば、俳句の書き手たちはまだあまりにも自作について語ることを知らない。

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生きることの目的などと、ひとはたやすく言ってみせる。けれど、生きることに目的があってたまるか。生きることをその目的から考えることは、その目的の達成された具合に応じて生の価値を測ろうとすることにそのまま通じている。それは生を優劣で考えることにほかならない。生きることに目的を与えようとするあの道徳こそが、生についてのおよそ堪えがたい考えの温床となる。生きることに価値などない。どう生きようが価値だけはありえない。この価値のなさにおいてこそ、生は絶対的に肯定されるはずだ。僕は、書くことをこの次元において考える生きものでありたい。これは目的でも価値でもないが、とにかくそのような価値のなさを、思う存分に生きてみたいと思う。

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書かなければ伝わらないかもしれないから、書こう。僕が裏庭で限界だったのは、たしか十歳か十一歳ごろのことだったと思うのだが、いずれにせよ大きいほうだ。尻を拭いたポケットティッシュと一緒に、園芸用のスコップで埋めた。噛まれ、こなされ、数種類の消化液と混ざり合った、じつに健康的な体温を感じさせる、たぶん給食の献立か何かだったのだろう。しばらく前、いまあそこに住んでいるひとの家を見に行ったときには、かつて裏庭だった場所はコンクリートで塗り固められてしまっていたけれど、あの窒息した土のなかには、おそらく、そのあとかたが何らかのかたちでいまだに残っているはずだ。おそらくは、僕が飼い殺した昆虫たちの死骸やなにやらとともに、土のなかの微生物たちによって、気の遠くなるほど分解されて。あの裏庭では、毎年、時期になると、決まっておいしい茗荷が採れたものだったのだけれど。

2017/10/11

2017年10月16日月曜日

●月曜日の一句〔日高玲〕相子智恵



相子智恵






馬肥ゆる大津絵の鬼どんぐり目  日高 玲

句集『短篇集』(ふらんす堂 2017.09)所収

大津絵は、江戸時代初期に東海道の宿場町である近江の大津で始まった素朴な民画。元は仏画であったが、後には世俗的な絵も描かれ、旅人のお土産となった。有名な画題としては、仏や鬼(鬼の寒念仏)、藤娘など。藤娘はのちに歌舞伎の舞踊などにも取り入れられていく。

掲句、大津絵の鬼は確かにクリクリしたどんぐりまなこで可愛らしい。3頭身ほどに描かれていて、まったく恐ろしくない。むしろ今のゆるキャラのような雰囲気だ。そこに〈馬肥ゆ〉という、澄んだ秋空の下で馬が豊かに肥えてゆく様子を取り合わせることで、馬を使って往来していた江戸時代の東海道の世界に自然に引き込まれる。季語によって俳味に厚みが出ている。

憂鬱な雨の月曜日にこの句を読むと、どんぐりまなこの鬼と一緒に、秋空のもとでボーっと往来する肥えた馬を眺めていたくなってくる。

2017年10月15日日曜日

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2017年10月14日土曜日

●本日はトニー谷生誕100周年かつ正岡子規生誕150周年

本日はトニー谷生誕100周年かつ正岡子規生誕150周年

トニー谷 1917年(大正6年)10月14日 - 1987年(昭和62年)7月16日

正岡子規 1867年10月14日(慶応3年9月17日) - 1902年(明治35年)9月19日








≫『子規に学ぶ俳句365日』文庫化記念リンク集
http://weekly-haiku.blogspot.jp/2017/10/365.html

2017年10月13日金曜日

●金曜日の川柳〔高橋かづき〕樋口由紀子



樋口由紀子






旅をするハンサムな雲ひき連れて

高橋かづき(たかはし・かづき)

秋祭りのシーズンである。あちこちから太鼓や笛が聞こえてくる。その音色が秋空に向かって高く高く響き渡る。秋空の中にただよう雲。空に負けないくらいに澄んでいて、しなやかできりりとしていて形状も美しい。「ハンサムは雲」、いままでとそういう見方をしたことがなかった。あの鷹揚ぶりはまさしく美男子ならではのものである。「ハンサムな雲」とはなんと深くて優しい言葉だろうか。

日々生きていくにはたいへんなことも嫌なこともある。しかし、誰にも公平な雲がある。余計なことは言わず、黙って私を見ていてくれている。「ハンサムな雲」をひき連れている人生なのだから、日々の多少の不満は遣り過していかなくてはならないと思う。空気も爽やかで美味しい。〈自転車にはじめて乗れた日のように〉〈夕暮れのうしろ姿を手摑みに〉 川柳「杜人」(2017年秋号)収録。