2008年11月30日日曜日

●ジョージ・ハリスン忌

ジョージ・ハリスン忌

中嶋憲武


2001年11月29日(日本時間では30日)、ジョージ・ハリスン、肺癌で逝く。ジョンの忌日はビートルズを知らない人でも、不思議なことに知っているかもしれないが、知られていないジョージの忌日。

オール・シングス・マスト・パスを聴く。

ジョージの曲は、ビートルズ時代も、ソロになってからのダークホース時代のものも、ワーナー・ブラザーズ時代のものも、すべて良いがやはりこの、オール・シングス・マスト・パスだろう。

これを聴いていると、ビートルズのなかではポールが一番好きだと思っていたが、ジョージが一番好きだったのではないかと思えてくる。

小学生のころ、12歳離れた従姉の部屋に貼ってあったフィル・スペクター盤のジャケットそのままの「レット・イット・ビー」の菊半裁のポスター。振り向いたジョージが一番ハンサムと感じ、好感を持った。

中学生になって、従姉の影響もあって、ビートルズを聴き始め、彼らに関する資料を読み漁っていた時期に、たしかあれは立風書房の「ビートルズ事典」だったか、ジョージの好物はゼリー・ビーンズで、嫌いなことは散髪と書かれてあって、それをそっくり鵜呑みに真似した。ぼさぼさの頭でゼリー・ビーンズを齧り、紅茶を飲みながら、居間の隣の三畳の小部屋で、ターン・テーブルにゆっくりと、「リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」を載せると日が差して来て、試験にはまだ間のある、しばしの至福の時間。

ジョージの独特の声も魅かれるものがあり、それがすぐにジョージだと分かる。ロバート・ゼメキスの映画「抱きしめたい」(これはビートルズ好きの者たちにとっては、たまらない映画だ)で、ナンシー・アレンがビートルズの宿泊先のホテルにこっそり忍び込み、グレッチを抱きしめてうっとりしていると、ビートルズが公演から帰ってきて、慌ててベッドの下に潜り込む。ここからは、ナンシー・アレンの視点になって、ビートルズは足下しか見えず、声色を真似た喋り声がほんの二言三言聞こえるのだが、ジョージの声、これがもしかして本人?と思うほど特徴を掴んでいて、妙に大人びたような喋り方が、ジョンとポールの会話に割って入る。明るい陽光には影がつきもののように。

解散後の彼らのアルバムを、つぎつぎに聴いていくうち、最もビートルズだったのは、ジョンでもポールでもなく、ジョージだったのではないかという思いを強くした。

オール・シングス・マスト・パスを聴いてみると、よく分かる。そのヴォリューム、メロディーラインの美しさ。後半のoriginal jamのセッションのなかの曲、「アイ・リメンバー・ジープ」などは、一瞬ポールが作った曲と勘違いしてしまう。いかにもアルバム「RAM」あたりでやりそうな感覚の曲なのだ。

もう一度、はじめから聴いてみよう。






2008年11月29日土曜日

●続・「や」「かな」「けり」の頻度 さいばら天気

もういっちょ数えてみました
続・「や」「かな」「けり」の頻度

さいばら天気


週刊俳句・第83号に「ひたすら数えてみました『や』『かな』『けり』の頻度」という記事を書きました。高浜虚子の「や・かな・けり」率が14.7%(七五〇句・1951~59年)と意外に低いことに少々驚きましたが、そうこうするうち、子規も数えてみたくなりました。

で、『子規365日』(夏井いつき・朝日新書2008年8月)の365句。結果、とても興味深い数字が出ました。

「や」75句(20.5%)、「かな」86句(23.6%)、「けり」61句(16.7%)
計222句(60.8%)

高い! 「や・かな・けり」率はじつに6割です。

子規全体がそうなのか、夏井氏のセレクションがそうなのか。おそらく前者だろ思いますが、確かめたい方は、子規句集をカウントしてみてはいかがでしょう (私はさすがに数え疲れました)。ただし虚子編の子規句集は季語別編集なので、延々と「あつさ哉」が並んでいたりして、数えるにはラクというか、読むにはそうとうキ ツいというか。ともかく覚悟が必要です。

閑話休題。3つの切れ字の頻度は、子規がきわめて高く、虚子がかなり低い。このことが何を示しているのか、興味がわきます。ひとつの憶測として、子規の「俳句」のプリミティブな型から、虚子が修辞上のヴァリエーションを殖やしていった結果、と考えたりもしましたが、あまりアテにはなりません。

なお、カウントの材料に使った『子規365日』は、解説が短く、子規の俳句を愉しむのに適当。前述『子規句集』でメゲたという人も(私がそうです)、セレクションなら帯の謳い文句にあるとおり、「軽快で、無邪気で、激烈で、執拗で、ぬけぬけと明るい子規」が楽しめます。


〔amazon〕『子規365日』

2008年11月28日金曜日

●大本義幸『硝子器に春の影みち』を読む・続〔 1 〕羽田野令


大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む・続

〔 1 〕


羽田野 令






硝子器に春の影さすような人  大本義幸

という句は確か、欠席した北の句会の投句一覧で見た。この句から取られた句集名だ。硝子とは、大本義幸の初期からのモチーフであると大井氏はあとがきに書いている。

大本さんと初めて会った時のことはよく覚えている。ある日曜日の大阪駅前第2ビルの5階、句会場の前に見知らぬ人が居た。その人が一番に来ていて、次に私だった。それから誰かが来て、その誰かと私は喋って待っていたのだが、次々に誰が来ても見知らぬ人は何も言わずになお崖のように立っていた。吟さんが来られてやっとその人が大本さんだと判った。

句集巻末の年譜によるとそれは2004年10月のことだそうだ。「大阪府梅田の「北の句会」に初めて出席する」とある。癌で長期入院し手術で声を失った後、初めての句会だったのだ。

マイクのようなものを喉に当てると音が電気的に発せられるような仕掛けの機械を使われて何度かは発言しようとされたが、機械の調整が上手くいかないのかちゃんと音が出ず、意見は紙に書かれて発言された。

その後も年譜によると入院、手術をされているのだが、その合間に何回も読書会にはよく出席された。

  葉桜よわれにある疵をてらせよ  大本義幸

ゆるぎない言葉。葉桜の輝きが身にまぶしい。病身故の言葉だが、この「疵」は病身でなくとも読者に普遍的に自らの疵を思わせる。またその茂りの青さは身に沁み入るようだ。


(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月27日木曜日

●鴇田智哉の俳句入門 さいばら天気


鴇田智哉の俳句入門

さいばら天気







鴇田智哉という俳人(俳句作家)と入門書とは、アタマのなかで遠く離れたところに在ったので、雑誌の広告で『60歳からの楽しい俳句入門』のことを知ったときは、いささかびっくりした。けれども世の中は予想できないことだらけなのだ。

2008年7月25日初版発行だから旧聞に属することを扱うことになる。御容赦。刊行は俳句世間で広く知られるところなのだろうか。

さて、220ページほどのこの本、情報量は少ない。ページ数から思うよりも少ない。すぐ読める。これは美点。だいたいにして情報量の多いノウハウ本なんて、それだけでダメということ。少ない情報量のなかで押さえるところは押さえてあり、また薄く広く項目をカバーしている。例句が良く、説明もわかりやすい。この本で俳句に出会う人は幸せだろう。

ただし、鴇田智哉という作家のことばを読みたくて買った人はすこし拍子抜けするかもしれない。この作家らしさを感じる記述はそれほど多くない。コクのある箇所はあまりない。

例えば週刊俳句に転載された「俳句とは何だろう」の、沈思、迷い、とまどいを垣間見せながら核心のまわりをゆっくりと経巡るようなアプローチ・文体からは遠い。

そもそもノウハウ本は、ページをめくっても「読んだ」ことにはならない。読書体験をもたらすものではない。チラシを見るように1冊すっと飲み込めるのがノウハウ書の理想だ。著者はそれをわかっているのだろう。知りたい人に知らしめる、という冷静な姿勢を堅持するかのようにあっさりと、基本知識を説明し尽くす。それでも、私程度の俳句愛好者には「なるほど」と感心する有益な箇所がいくつもある。
「見える(聞こえる)ものだけを詠む」という方法は(…)有効にはたらきます。ちなみにこの方法は、俳句の歴史の中では、「写生」という言葉で呼ばれることもあります。
このあと「見えた(聞こえた)気がしたものを詠む」という項目を設けて補足してあるので、「見える(聞こえる)」を狭義で捉えるわけではない。「ひるがほに電流かよひゐはせぬか」(三橋鷹女)も、この方法の範囲となる。

見えない(聞こえない)ものを詠むな……。なるほど。

このほかにも、有益なノウハウ情報は随所にころがっているのだが、ひとつ、ううむと唸ってしまうほど良かったところがある。導入の「さあ、俳句の中へ」の部分だ。ここで著者は、3つの例句をもって俳句の世界、俳句の愉しさを語る。この3句のセレクトが絶妙。どんな3句か、ここで書くのは商売の邪魔になる。興味を持たれた方はお買い求めを。


〔amazon〕 『60歳からの楽しい俳句入門』

2008年11月26日水曜日

●おんつぼ04 ザ・ジャム 榮猿丸


おんつぼ04
ザ・ジャム The Jam


榮 猿丸

おんつぼ=音楽のツボ

ジャムをはじめて聴いたのは、高校の頃だった。そのときはすでに解散していたが、ジャムの存在はそれ以前からロック雑誌で知っていた。グラビアの、細身のスーツを着こなして、眼光鋭くカメラを見据えるポール・ウェラーに憧れて、当時原宿にあったスイッチで、お世辞にも仕立てがいいとは言えないモッズ・スーツを買った。はじめて着たときの、パッツンパッツンの下半身の感覚が未だに忘れられない。「ローリング・ストーンズはゴミだ」など、インタビュー記事でのパンク・スピリット溢れるストレートな発言の数々にもぞくぞくしたものだった。

ジャムの曲の中では、「Going Underground」(1980)が長らく僕のベスト1だったが、俳句を始めるようになって、「That’s Entertainment」(1980)が俄然輝き出し、今ではこの曲が1番好きである。「Going Underground」とは対照的な、単調で、ミニマルな曲調。都市生活者の日常の細部、断片がひたすら並べられていく詩。それら断片の映像喚起力(リアリティ)。そうしたところに、表層的かもしれないが、漠然と、俳句的なものを感じたのだった。ウブなのだ、僕は。

パトカーのサイレンの音、ドリルで削られたコンクリートの破片、自動車の急ブレーキの音と明滅するブレーキランプ、結露した壁、公園でアヒルに餌をやる、君の淹れた紅茶を飲み残す……。それら日常の断片の数々が宙吊りのまま提示されたところに、〈That’s Entertainment〉と切れ味鋭いコーラスが挟み込まれる--こうした曲を聴くと、パンクというものの内実は、至極まっとうな、都市生活者のロックであったというのがわかる。その音楽スタイルも、こうした内的必然に支えられた不可避的なものであった。同じように、今の都市生活者の俳句を書こうと思えば、それに見合った文体が自然と要請されるだろう。〈That’s Entertainment ! 〉と吐く青臭さは、今の時代にはそぐわないだろうけれど。

俳句度 ★★★
青臭度 ★★★★★

The Jam - That's Entertainment


〔おすすめアルバム〕 SNAP!/The Jam

2008年11月25日火曜日

●シネマのへそ02 ICHI 村田篠

シネマのへそ02
ICHI (曽利文彦監督2008年)

村田 篠



時代劇といえば勧善懲悪、というのが、ひとつのお決まりのパターン。

しかし、大映映画のかつての二大シリーズ、市川雷蔵の『眠狂四郎』と勝新太郎の『座頭市』は、単純な勧善懲悪ではないところがミソだった。
それを成功させたのは、もちろん、雷蔵と勝新という大スターふたりのスター性であり、人間の業に重きをおいた脚本であり、クライマックスを引き立たせる殺陣の鮮やかさである。
ふたりの際だった個性の賜物として、かの映画群は、今でも輝きを失わない。

が、それは、あくまでも、男の世界を描いた映画としてのこと。
主人公「市」を女性に設定して「座頭市」の世界を再構成した『ICHI』で、同じ骨法を用いるわけにはいかない。
よぼよぼと杖をつく盲目の男が、一転して白目を剥き、人を斬る姿は、勝新ならばかっこよくなろう。が、綾瀬はるかのような若い女性に、それをやらせてはいけない。誰もそれを望んでいないし。

というわけで、やはり、恋をキモに据えたメロドラマにならざるをえないのであった。
しかも、あれが現代風なのかどうなのか(テレビドラマ風なのかもしれない)、気持ちのやりとりがおとなしく曖昧で、人を斬る市の覚悟や感情の昂ぶりが、いまひとつズドンと胸にこない。
さらにもうひとつ言うならば、盲人が人を斬ろうというとき、なにより「物の音」が問題になってこようが、その部分の演出があまりきちんとなされていないのも、不満が残る。

そんななか、綾瀬はるかは、「はなれ瞽女」という被虐の歴史をほのかに背負い、堕ちてはいるが朽ちてはおらず、オバサンでもなくオンナのコでもない、強く切ない女を凛々しく好演。
横顔がいいんだよね、ってオンナの私がいうのも何ですが。
それと、忘れるところだった。中村獅童のヒールぶりは、文句なしにおすすめである。


アクション度 ★★
綾瀬はるかオススメ度 ★★★★★


ICHI 公式ホームページ

2008年11月24日月曜日

●連句について聞きました〔 2 〕

連句について聞きました〔 2 〕

「連句について聞きました」》》》こちら


米元ひとみさんに連句について聞きました。


Q 連句を知ったのはいつ頃ですか? やるようになったきっかけは?

ひとみ 知ったのは、俳句を詠みはじめた2003年ごろだったと思います。図書館で俳句の入門書を探していて、矢崎藍さんの『おしゃべり連句講座』(日本放送出版協会・1998年)をたまたま手に取りました。連句を巻く座の実況中継のかたちで紹介してあり、お洒落で知的な遊びだと思いました。

実際にするようになったきっかけは、俳句のサイトで、偶然ひとりの連句の経験者に出会ったことです。数回相手をしてもらい、思考が深いとおだてられてはまりました。


Q 連句と俳句の違いは?

ひとみ 俳句はその一句がうまく詠めればいいわけですが、連句は同時にひとつ前の句も輝かせないといけません。そこが面白いところです。句会の仲間はライバルですが、連句の仲間は家族を思うような気持になります。


Q 連句をはじめてから、つくる俳句に変化はありましたか?

ひとみ はい、まず「季語を入れる」という当たり前のことが、有難く思えてきました。それから、より具体的な描写をとか、ちゃんと眼目のあるようにとか、いろいろなことに気をつけるようになったと思います。


Q 歌仙を取り仕切るホスト役ともいうべき「捌き」、客人たる「連衆」、やるならどっち?

ひとみ 歌仙にはまったものの、仲間がおらず、未経験者ばかり誘って巻いたので、泣く泣く捌きの役をせざるを得ませんでした。するなら連衆がいいです。


Q こんな歌仙はイヤだ!(鉄拳という芸人さんのネタです)

ひとみ はい、ですからもう金輪際、未経験者ばかりの歌仙はイヤです。何度やってもヘタな人とするのも(笑)。


Q 連句のおもしろさとは?

ひとみ 説明が難しいので、先日巻いた三吟歌仙「逆光」を例にとらせてください。

発句 逆光に花の紛るる大樹かな   四童
         ↓
         ↓
     囀りのした地層のあらは   天気
35  滅ぶとも満開の花ゆらすまじ   四童

ここで私が挙句をつけることになりました。制約はたくさんあります。七七で春の季語を使う。「地層」からうんと離れつつ、「滅ぶ」に関連付けたい。うんとお目出度くしたい。韻も踏みたいし、風景もくっきりさせたい。私の美学として、発句の「逆光」とも照応させたい。どうすればいいんでしょう、十四文字で。

洗濯して掃除してお皿洗いして…と、ふっと思いつきました。滅ぶ→戦国時代→凧合戦。おお、季節も春。地層からうんと離れた空で決まり。目出度くするには「人湧く」としよう。「峡に」で景はくっきり、しかも合戦と韻を踏んでいる。凧はぐんぐんあがって発句の「逆光」にきらめいているのでありました。

挙句 峡に人湧く凧の合戦   小雨

このような高揚感が味わえることですね、歌仙のおもしろさは。(註*)


Q オススメの参考書を教えてください。

ひとみ 安東次男『歌仙』(青土社・1981年)。石川淳、丸谷才一、大岡信とそうそうたるメンバーで私には難解なのですが、宗匠安東次男の毒舌がたまりません。



(註*)歌仙「逆光」はこちら↓
http://6605.teacup.com/ukimidorenku/bbs/819

2008年11月23日日曜日

●柿の蔕みたいな字 さいばら天気

柿の蔕みたいな字

さいばら天気



永田耕衣のファンです。

  柿の蔕みたいな字やろ俺(わい)の字や   耕衣

この句も大好きです。

ところが、不覚にも、耕衣の字を見たことがない。

で、見てみました。

画像をクリックするともう少し大きくなります






柿の蔕(へた)が怒りそうな字です。(…と、べたな展開・ベタな処理)

ますますファンになりました。

2008年11月22日土曜日

●「豆の木賞」について聞きました

「豆の木賞」について聞きました



「豆の木」は「超結社/1950年以降生まれの俳句実作者の会」(ホームページより)。豆の木賞は毎年、同人が参加する20句競作。賞を設ける同人・結社は多いが、参加者全員の互選によって受賞を決めるのが大きな特徴。持ち点6点を、1作品3点以内・3作品以上の条件のもと振り分けて採点、併せて参加全作品について批評コメント、感銘句の選と選評を寄せる。参加者が全作品を「読む」という作業に大きな比重が置かれている。豆の木賞について、豆の木代表・こしのゆみこさんに聞いた(聞き手・さいばら天気)。


Q 豆の木賞・第1回は1995年。「豆の木」結成の1年後ですね。現在はワードの統一書式で句稿が配布され、エクセルシートに配点とコメントを書き込んで進行係に送付するスタイルですが、当初はどうだったのですか?

こしの 1回目は、みんなそれぞれワープロ打ちのB5原稿をコピーして、句会で点盛りしました。感想もひとりひとり、どこがいいか口答でしたので、記録がありません。天地人で3点・2点・1点ずつ。欠席の人は前もって配点を聞いてありました。句会日にするのは大変なので、2回目からは用紙をつくって書くようになりました。せっかくなので全作品感想も。もちろん当時は手書きです。


Q 豆の木賞・発案のきっかけ・背景のようなものは?

こしの 同人の片岡秀樹さんの提案です。句会発足1年間の成果をためそうということでした。10句では少なく、20句になれば傾向が出るかんじがします。1回目はテーマ「時間」「都市」「虫」のうちから選びましたが、2回目からはみんなの希望で自由題になりました。


Q 豆の木賞、14年間の変化は?

こしの 参加人数は1回目は9名。2回目12名。3回目19名で、以後20名前後です。

とりまとめは、8回まで私がをやっていましたが、9回目から同人の朝比古さんが「豆の木」賞のとりまとめのひな形を作ってくれて今の形になりました。その際、均等割 とそうじゃない文字の配列も隔年ごとになるよう決めました。配列の違いで作者が解ってしまうのを避けるためです。「一句賞」もこの時から出ることになりまし た。

朝比古さんが自分の受賞を含めて2回とりまとめをやって、「豆の木」賞受賞者がとりまとめをやることとなったのです。

「豆の木賞」受賞者に限れば例年、予想が付かないくらい傾向はバラエティに富んでいて、誰が参加するかによっても、受賞者が変わってくるように思います。

1回目は俳句初心者がほとんどだったので、それに比べれば全体的なレベルアップは当然だと思います。内容は私個人、年ごとにテーマなど変えているつもりですが、変わってないのでしょうか。メンバーもいろいろ冒険している作品もあって、作者はほとんどわからず、毎年刺激を受けます。


Q こしのさん自身がお感じになる「豆の木賞の愉しさ」は?

こしの 参加者が全員選者、全員平等配点は句会と同じです。途中から配点が天地人から、持ち点6点制にしてから配点がばらけて、接戦になるようになりました。ほとんどの参加者が得点できるようにもなりました。

選評を示すことで各自の配点基準がはっきりわかり、それぞれ違っておもしろい。読むのはいつも楽しみ。

年に一度、なまけものが奮起する20句連作が、私の俳句の明日につながると信じています。

愉しいかどうか微妙だけれど、ほとんど私が一番に推す人が「豆の木」賞にならないことも、おもしろさのひとつでしょうか。


Q 豆の木賞の現状の課題・問題点をお感じはなることはありますか?

こしの メンバーに変化の少ない「豆の木」ではマンネリ化は避けられません。本人のモチベーションによって気が乗らない年もあってもしかたがないと思います。

参加者全員=選者制なので、人数は、紙面の都合も考えると24人くらいがいいけれど、多くても少なくても、なるようになっていきます。

もっといい方法があれば、かんたんにころっとやり方を変えるつもりです。


Q 今後の展望は?

こしの なりゆきにまかせます。20句競作豆の木賞の参加が本人の俳句生活において意義のあるものになればいいと思っています。


--ありがとうございました。


豆の木ホームページ
http://homepage3.nifty.com/mamenoki-kukai/

2008年11月21日金曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 5 〕野口 裕

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 5 〕

野口 裕



大本義幸句集『硝子器に春の影みち』は、第五章で終わる。全章が自選句ではなく、第一章小西昭夫選、第二章大井恒行選、第三章恩田侑布子選、第四章藤原龍一郎選であり、第五章が近作からの自選句となる。巻末解説に大井恒行が書くとおり、「伝記的事情こそがとりもなおさず、大本義幸の句そのものの解説と近似」している。

  わたくしがやんばるくいな土星に輪

ヤンバルクイナは、一九八一年に沖縄本島で発見された新種の飛べない鳥。見つけられずにすんだ方がよかったかもしれない。

初めて土星を望遠鏡で観測したガリレオ・ガリレイは、望遠鏡の性能が悪かったため、土星に輪があることを確認できなかった。途中、地球から土星の輪を観測できない時期があったため、余計にガリレオを混乱させた。

作者は、「身をえうなき物に思なして…」(伊勢物語)、まだ流離の途上にあるかのようだ。


( 了 )


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月20日木曜日

●おんつぼ03 スリム・ハーポ 山田露結


おんつぼ03
スリム・ハーポ Slim Harpo


山田露結

おんつぼ=音楽のツボ





スリム・ハーポはブルース・シンガー/ギターリスト/ハーピストです。ローリング・ストーンズが彼の曲をカバーしていることでロック・ファンにもその名を知られています。アメリカ南部のいわゆるスワンプ系と言われる独特のユルさ(この場合、ユルさは褒め言葉です。個人的に初期ストーンズのあのユルさに最も影響を与えているのは彼とジミー・リードではないかと思っています)を持ち、ややR&B寄りでブルース・ファン以外にも比較的馴染みやすい音かもしれません。

まず、スーツ(背広)姿に「昭和のおとーさん」風眼鏡というファッションにグッときます。このままベレー帽を被れば福永耕二(俳人)です。

もっとも、名前はスリムですが体型はスリムではありません。スリムと言うべきなのは無駄を一切省いた(ブルース的に言えば贅肉をそぎ落した、俳句的に言えば省略のよく効いた)ギター・ワークでしょう。白眉はストーンズがカバーしたことで知られる「I'm a King Bee」のギター・ソロです。ギター・ソロといっても「チュイ~ン」、「チュイ~ン」、「チュイ~ン」と一弦を三回鳴らすだけなのです(しかも絶妙の間で)。これはたぶん、私が知っている中で最もシンプルなギター・ソロです。蜜蜂(Bee)の刺すイメージなのでしょうが、まさに目からウロコ、コロンブスのタマゴです。ハッキリ言って参りました(ちなみに、「刺す」ことからこの曲で蜂は性的なモチーフとして歌われています。ブルースには蜂のほかに蛇、鯰などが性的なモチーフとして登場する曲が数多くあります)。この、ギター覚えたての中学生でも簡単にコピーできそうなフレーズだけを弾いて平然としている感じが何ともタマリマセン。テクニックだけがギターじゃない、ツボを押さえるとはこういうことなのだ、ということがよーく解ります。このギター・ソロを聴く為だけに彼のCDを買っても充分に価値がある、かもしれません。

スリム度 ★★★★★
ユル度 ★★★



アルバム ブルースの巨人(7) スリム・ハーポ


2008年11月19日水曜日

●おんつぼ02 ラウンジ・リザーズ さいばら天気


おんつぼ02
ラウンジ・リザーズ The Lounge Lizards


さいばら天気

おんつぼ=音楽のツボ





パーティ会場の壁にへばりついて女性を物色するジゴロ。それを「ラウンジの蜥蜴 lounge lizard」と呼ぶそうです、たしか。

ラウンジ・リザーズのリーダーでサックス奏者のジョン・ルーリーは、ジム・ジャームッシュ監督の出世作「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984年)に主演していましたから、「この長い顔の男、見たことがある」と思い出す人も多いでしょう。

このバンドでもうひとり注目したいのは、アート・リンゼイというギタリスト。音程とかチューニングなど無縁の、精神を病んだような音を出します。なつかしい話をすれば、1970年代後半ニューヨークのポストパンクシーン、DNAというバンドでキリキリギコギコ鳴らしていました。この頃は、なんか、いろいろなところでムチャをやる人がたくさんいて、おもしろかったんですよね。

ラウンジ・リザーズ(レコードデビュー1981年)もまたポストパンクの脈絡にあるバンドと言っていいと思います。「フェイク・ジャズ」という触れ込み。つまり偽ジャズ。

説明するのがむずかしい音ですが、リズムがところどころ亞脱臼している感じ。音色は無機質ですが、蜥蜴だけあって妙なヌメリがあります。たしかに「ニセモノ感」の充満した音なのですが、先入観として知っているジャズ的な音よりも、ときとしてクールで、同時に熱い。ちょっと不思議な音です。


イカサマ度 ★★★★★
ヌメヌメ度 ★★★★


〔アルバム〕 The Lounge Lizards; The Lounge Lizards

2008年11月18日火曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 4 〕野口 裕

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 4 〕

野口 裕



州をあらう風よモンゴロイドの青痣よ

第四章「冬至物語」より。州はしばしば埋没する。風程度では埋没もしないだろうが、洗われれば、埋没の予感が漂う。州は中央にありながら、辺境。生まれ出た新生児にも辺境の印のように蒙古斑が見える。

この章、取るのをためらうような句も多い。たとえば、

   一夏〈どすこい〉狂って水晶
   一夏〈どすこい〉乳房は鉄路
   一夏〈どすこい〉情事と天体
   一夏〈どすこい〉ゆくぜ寛章

というような句。時にこの作家の音感にはついていけない。


(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月17日月曜日

●マイルスのリズム 中嶋憲武


マイルスのリズム

中嶋憲武



ヤマモトさんの部屋で目覚める。

夕べは、ヤマモト夫妻に歓待され、とてもご機嫌であったのだ。酒も飲まないのに、ひどく有頂天な気分になってしまい、そのまま眠ってしまったらしい。

昼に近い朝の、小さなバルコニーから入ってくる小春の風が快い。眠っても眠っても眠り足りないような感じであったのだが、パンを買って公園で食べようということになり、ヤマモト夫妻とぼくと三人そろって繰り出す。

いきつけという小さなパン屋で、数種類のパンを買い、駅の近くの公園へ行く。この公園の公衆便所に寝泊まりしている、ハタチくらいの女性がいるという話をヤマモトさんから聞いていたので、好奇心も野次馬根性も手伝って、何気ない風を装って公衆便所を覗いてみると、くだんの女性の影もかたちもなかった。

ヤマモト夫妻のベンチへ戻ってみると、ヤマモトさんに「いたのか」と聞かれたので、図星を差されたかたちになり、「いなかったです」と口を尖らせた。

ベンチのテーブルに、ジュースや牛乳、パンが並び、黄金の日差しだ。黄金のうたた寝でもしたい。ヤマモトさんが、「俺は牛乳なんか飲みたくねえんだよお。ああ、白ワインでもありゃあ、最高なんだが」と言うと、ヤマモトさんの細君はぴしゃりと「駄目です」と言った。この細君は家では何もせず、ヤマモトさんの体調管理ばかりに精を出している。ヤマモトさんは、毎朝毎晩、細君のために食事を饗応していて、ごく稀に用事かなにかで、食事を作れなかったりすると、細君の怒髪は勢いよく天を衝くそうなのだ。

ぼくは、しずかに「もちもちクロックムッシュ」を咀嚼していた。

部屋へ帰ると、二時に近かった。夕方に、細君の友人が訪ねてくるそうで、細君はこれからすこし寝て、部屋の掃除しておきますと言って、ベッドに寝転がった。ぼくも寝たい気分であったが、ヤマモトさんが散歩でもしてくるか、と言うので、また散歩ですかと思いつつ従った。

ヤマモトさんと、むかし学生のころよく歩いた高円寺の商店街を抜けて、阿佐ヶ谷へ向かった。阿佐ヶ谷の町へ入ると、高円寺とはまたすこし雰囲気が変わった。古本屋が多いのは共通しているのだけど、すこし大人びている感じがする。東京の面白さは、ひと駅ごとに町の表情が変わるところかもしれない。

ヤマモトさんが、釣り堀を知っているかと尋ねるので、知りませんと言うと、連れてってくれた。高架線に近いところに、その釣り堀はあって、ヤマモトさんは係のおじさんに、「ちょっと見せてもらっていいですか」と言って、ずんずん入って行った。たくさんの老若男女が釣り糸を垂れていた。ぼくとヤマモトさんは、俄釣り師たちを眺めていて、最後まで釣り糸を垂れる事も無く、ありがとうございましたとさっきのおじさんに言って、釣り堀を後にした。

歩いていると、道のまんなかにひよどりが、仰向けになって死んでいた。ヤマモトさんは、ひよどりの足をつまむと、傍らの街路樹の根元へそっと置いた。

高円寺まで戻り、「公園に行くか」とヤマモトさんが言うので、さっきの公園かと思っていると、方角が違う。住所は高円寺北になっているが、いままで見た事も無い高円寺だった。途中のコンビニエンスストアーで、「内緒だよ」と言って、缶ビールをひと缶買い、ぼくは飲めぬのでウーロン茶を買った。

「この公園は、むかし気象台の研究所だったんだ」とヤマモトさんは言って入って行った。話を聞くと、ヤマモトさんの父上が勤めてらして、研究所に併設されている寮に住んでいらしたのだとか。研究棟は跡形も無いが、いまでも寮の建物は残っていて、団地として使われているらしい。「この窓が、親父の部屋」と言って、さり気なく窓を指差した。

公園には、水の流れているところがあって、子供が水を何度も汲みに来て、その度に大袈裟に水のなかに倒れ込んだり、ばしゃばしゃと踏み荒らしたりして、傍のベンチに座っているアベックの方へ水が掛かりそうになり、アベックの男は、女の方へ身を傾けて避けたりしていて、迷惑しているのか、楽しんでいるのか、どちらだろうかと考えていると、ヤマモトさんが缶ビールのプルトップを開ける音がした。

からすが来て水浴びをしていたり、ふたりの女の子を連れたおじいさんが、流れの前の白っぽいコンクリートに、水でいくつもの大小の円を描き、女の子がけんけんぱをしていたりするのを、眺めているうちに、太陽がだいぶ傾いた。

ヤマモトさんは、ベンチからちょっと腰を浮かすと、長い放屁をした。「長いですね」と言うと、放屁は得意なのだそうで、マイルス・デイビスのリズムだって刻むことが出来るんだ、と言った。

ぼくとヤマモトさんは、ベンチから立ち上がって、もと来た道へ出た。道すがら、ヤマモトさんは「まだ寝てるかもしれないな」と独り言のように言った。

ふたたび、部屋へ戻ると、ヤマモトさんの言った通り、細君は気持ち良さそうに寝ていた。

2008年11月16日日曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 3 〕野口 裕

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 3 〕

野口 裕



不眠都市半導体のなかの大雷雨


第三章「薄(うすらい)氷」から。このあたりになると、私も出入りしている「北の句会」で見かけた句があちらこちらに出てくる。私は、句会での作者当ては下手で、この句を最初に見かけたときには、全く別の人を想像していた。都市の不眠を支える半導体。その中を流れる雷雨とは、電子の濁流か。電子の流れを「電流」というように、電気に関する現象を水の流れに比喩的にたとえることは、非常に相性がよい。この場合も成功しているだろう。なにやら、「ブレードランナー」の一場面でも想像したくなる。作者は以前に、「不眠都市、血管は錆びたまま佇っていたか」という句を書いている。第三章の最初の方に出てくるが、それよりも深まりを見せている句と言えるだろう。


(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月15日土曜日

●あたらしい俳句の登場 さいばら天気

あたらしい俳句の登場 衆目のなかの角川俳句賞

さいばら天気



「週刊俳句」で角川俳句賞・落選展が開かれているが、インターネット上で受賞作や『俳句』誌の選考に触れる記事は数少ないようだ。

五十嵐秀彦・『俳句』2008年11月号を読む in週刊俳句

神野紗希・これでしょ?アヤカちゃん☆ in鯨と海星

2008-10-28 in和人のお仕事&俳句日記

テクノラティ等のブログ検索を使っても、この3つ程度しか見つからない。もっとも、これはネット上に限ったことではない気がする。リアルの誌面・紙面でもほぼ同様と思しい。プライヴェートな会話の中ではいろいろと話題にのぼっても、記事としては書きにくい事情は理解できる。とりわけ選考内容についてオープンに論じるのはむずかしい。

さて、一般に、この手のコンテストは、〔従来的で安定的な作品vs新鮮で独自の作品〕という図式をとることがしばしばで、そうした対照は誰の目にもわかりやすい。
可能性をとるのか完成度をとるのか、その折り合いをどうつけるのかという毎度おなじみの選考意見をひきずりながらの、やはり消去法による受賞かという印象。≪五十嵐秀彦・上記記事
角川俳句賞の場合、いろいろ討議はあっても受賞は前者で決まるというパターンが目立ち、そうした流れに苛立ちのようなものを感じる向きもある。

私自身、この角川俳句賞に限らず、俳句コンテストの受賞作を拝読して、「こういう句をつくる人って、たくさんいますよね。この人でなくても」と思うことがたいへん多い。もちろん、そうした作品が受賞して、なんのさしつかえもないのだが、「新しさ」「そのひとらしさ」を求めるかのような心持ちが、審査員自身の発言にお垣間見えたりするだけに、コンテストの観客(読者)にしてみれば、「で、結局、選ばれたのがこれか」という肩透かしを少しばかり味わったりもする(コンテスト参加者はどうなのだろう?)。

だが、一面、角川俳句賞ではこれからもずっと〔従来的で安定的な作品〕が選ばれ続けるということであっても、それはそれで興味深い事態かと思う。〔新しいもの〕は次点に位置するという図式。これは意外によくハマっている。いわばアンシャンレジームの象徴として、この手のコンテストがあり続けるというのも悪くはない。皮肉な言い方に聞こえるかもしれないが、そうではない。例えば、〔新鮮で個性的な作品〕がブレイクスルー(突破)を成し遂げると、それまで歯痒い思いをしていた観客は、案外、気が抜けたような状態に陥るのではないか。

この手のコンテストの受賞が、俳句世間に及ぼす影響の多寡についてはよくわからないが、それほど過大に見積もることもないように思う。神野紗希氏が言うように(上記ブログ記事)、「どっちにしても、俳句が面白くなるかならないかは、どんな人が活躍するかってことだと思うし、その指標の大きなひとつである角川俳句賞の結果は、俳句が面白くなるかどうかを、大きく左右する」ものだとしても、指標はひとつではない。

あたらしい俳句、まだ私たちが経験していない俳句(そんなに大袈裟に考えなくても、「おっ、ちょっと新鮮」ということでも充分に好ましい)の出現する場所は、可能性としてたくさんあるはずだ。

(…)本当にすぐれた俳人は、ただ一人の例外もなく、そのときどきの俳句形式にとって予想外のところから、まさに新しく俳句を発見することによって、いつも突然に登場して来たのである。≪高柳重信・『鳥子』(攝津幸彦)「序」
井の中の俳句はそれ自体の水位を上昇させる以外に他の文芸と交差する方法を持たない。ときに井水を溢れせしめ、俳句らしからぬ俳句の出現を待望してやまない。≪佐々木六戈・『俳句研究』2005年12月号
俳句コンテストがどうしたって〔俳句の枠内〕であることからすれば、そこに本当のブレイクスルーはないともいえる。けれども、どこから現れるかわからないという事態は、ずいぶんと楽しく、心躍ることだ。

一方、万が一、そうした作品が審査の俎上に上ったとすれば、審査員諸氏にとって素晴らしい幸運であることだろう。その際の審査員がどんな顔ぶれかはわからないが、観客としては、その契機を見逃さないだけの見識を備えた人たちが審査の席にいてほしいと願うしかない。


〔付記1〕
審査という仕事はたいへんだ、と、いつもながら感じる。選考過程のこうした披瀝
(『俳句』2008年11月号・選考座談会)においては、候補作品を多くの目に触れる以上に苛酷に、審査員のスタンスや見識があらわになる。人によってはみずからの存在感やステータスを高めるためのポジションと見る向きもあるようだが、それだけで出来るものではない。ある種の侠気、献身の精神がないと務まらない仕事だと思う
〔付記2〕
伝聞の範囲だが、以前の俳句賞の結果は、結社のパワーバランスを色濃く反映するものだったようだ。近年、その傾向はそれほど露骨ではないと見る向きは多い。観客にとってはシラける要素が減じ、実際、「今年の角川俳句賞の選考は例年になくおもしろかった」という声も聞こえてきている。
〔付記3〕
ブレイクスルーを達成する圧倒的な作品・作家を待望する半面、俳句はそれだけではない。たくさんの「小さなブレイクスルー」は現に起こっていると思う。それもまた楽しいことなのだ。

2008年11月14日金曜日

●シネマのへそ01 レッドクリフpart1 村田 篠

シネマのへそ01
レッドクリフ part 1 (ジョン・ウー監督2008年)

村田 篠



ひとことで言えば、「三国志版 男たちの挽歌 前哨戦(伝書鳩付き)」というところか。

全然、ひとことじゃないけど。

でも、私はオトナなので、「こんな、全編の4分の3が合戦シーンの、中身のない、人物造形の薄っぺらな映画の、しかも前半分だけを、2時間半もかけて見せるなよ~」などと、決して怒らない。

だって、トニー・レオン(『悲情城市』)と金城武(『恋する惑星』)とチャン・チェン(『牯嶺街少年殺人事件』)が出ていて、そのうえ、チャン・フォンイー(『さらばわが愛 覇王別姫』)と「あなた、どこかでお見かけしましたね」のフー・ジュン(『東宮西宮』とか)まで出ていて、元・中華圏映画オタクにとっては、これを観ずにはおくものか、の歓喜のキャスティング。卑怯じゃ。

それにしても、ジョン・ウーは、いつまでたってもラヴ・シーンを撮るのが上手くならない。

きっと、とことん、女に興味がないんだろうなあ。


オールスター度 ★★★★
 (御大チョウ・ユンファを口説き落とせなかったらしいという噂により、★ひとつ減点)
ジョン・ウー度 ★★★★★

2008年11月13日木曜日

●光が丘マージービート 中嶋憲武


光が丘マージービート

中嶋憲武



昼寝をすれば夜中に眠れないのはどういう訳だ?

10時頃起床。

昨夜深更、日本テレビで温水洋一主演のドラマを見ていて寝坊。あまり面白くない。

一週間に一日しかないお休みを、どう過ごそうかと一週間前から、考えていたが、結局寝坊で始まってしまった。こうなると、ずるずるの一日になりそうな気配。まあ、それもさして問題じゃないか。

部屋でしばらく、のっそつとしていて、着替えて外へ。駅の反対側のパン屋でパンを買い、ときわ台の公園へ。

ベンチに座ってパンを齧っていると、びっこの鳩が一羽来た。

パンをちぎってこの鳩にやっていると、鳩は馴れ馴れしくなり、ベンチの上にちょこんと乗った。俺の顔を、鳩が豆鉄砲食らったような顔で見ている。

無視していると、ふたたび砂の上へ降りて、足下に付かず離れず。そうしているうちに、向こうの植え込みから、ばさばさと鳩が数羽やってきて、足下に群がった。くだんの鳩は、「俺が先にパンをもらっているんだぞ。お前ら、帰れ帰れ」と言わんばかりに、カンダタのように他の鳩を追い散らし始めた。俺はいっときのお釈迦様になって、他の鳩めがけてパンをちぎって抛ってやった。

パンが無くなってしまって、鳩はだいぶ飛び去っていったが、びっこの鳩はまだ周辺をうろちょろしている。残っていたパンに塗ってあったチョコレートソースのかけらを、抛るとついばんでいたが、やがてどこかに行ってしまった。

それから、30分ほど、こどもがサッカーをしているのを眺めていた。すると、さっきの鳩がまたやって来て、もの欲しそうな顔で俺を見た。よく見ると、足の爪の前の3本のうち、1本とうしろの爪が無い。それで、びっこなのかと合点が行った。そう気付いてみると、なんだかこの鳩がひどく哀れに思えてきて、足下で俺の顔を見ている鳩に向かって「ちよちよ」と鼠鳴きしてみたが、ベンチに乗ってくる気配はない。もうパンは無いよ、と俺は呟き鳩を見たが、鳩は豆鉄砲を食らったような顔している。ここに居ても餌にはありつけないと悟ったのか、隣のベンチのやさしそうなアベックの方へ行ってしまった。鳩でも、あんなに世渡り上手なのに、俺も頑張ろうと思ってベンチを立ち、家へ帰って眠った。

起きると2時を回っていて、たまには自転車に乗ってみようと思った。

自転車に乗って、光が丘のいとこの工房にちょっと寄って、光が丘団地をふらふら。IMAのなかのコーヒー屋で小休止。休日なのでとても混んでいる。読書や、パソコンに向かっているひと、レポートを書いているような人が多い。俺は、岩井志麻子の本を読んでいた。

ところで、某サイトのトップ動画が、このあいだまでマンフレッド・マンの特集で、水曜日だったか、マンフレッド・マンのヴォーカルにいちゃいちゃ触ろうとする女の子の動画が、大変面白かったけど、同時代のビートルズには決してあんなことは出来ない。同じリヴァプール・サウンドなのにね。

リヴァプール・サウンドって、当時の日本のレコード会社や音楽業界が作りあげた名称だそうで、海外では全く通じないそうである。俺はこのリヴァプール・サウンドって響き、泣けてくるけどね。リヴァプールを中心として活動していたグループを総称してマージー・ビートと呼んでいて、ビートルズやサーチャーズ、ジェリーとペースメーカーズ、スウィンギング・ブルージーンズ(だったっけ?)などがその代表で、片や、ロンドンを中心として活動していたグループの総称がロンドンR&Bで、ローリング・ストーンズやヤードバーズ、キンクス、ザ・フー、そしてマンフレッド・マンなどがいたのだそうだ。このふたつを総称して、ブリティッシュ・ビート・グループと呼んでいたんだっけか。キンクス、マンフレッド・マンって流れ、なんとなく頷けるのだ。

ガンバレ みんなガンバレ 月は流れて東へ西へ

2008年11月12日水曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 2 〕野口 裕

大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 2 〕

野口 裕



第二章 朝の邦

愛咬の歯形となりし鰯雲

他の章にもこの句はあったかも知れない。すっきりした句。混乱の最中にいる、と思われる句の多い章だが、これは愛憎を離れて雲を見ている。他の句群との関係で涼気が一層際だつ。


耳洗う樹木に星の尾は消えて

星の尾が樹木から離れていた頃に何があったのかは、わからない。「耳洗う」とあるところから、想像をたくましくするのみ。


(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月11日火曜日

●おんつぼ01 ハウンド・ドッグ・テイラー 山田露結


おんつぼ 01
ハウンド・ドッグ・テイラー Hound Dog Taylor


山田露結

おんつぼ=音楽のツボ



「へなちょこ」な音楽が好きです。私が「へなちょこ」と言うのは、いわゆるヘタウマ、B級、マイナー、といったものと限りなく近い感覚ではありますが、私はいつも私自身のツボにはまる独特の脱力感を伴う音楽と出会った時「やった!へなちょこ。」と心の中で呟きながら何とも言えない恍惚感に浸るのです。

例えばハウンドドッグ・テイラー。彼が演奏するのはブルースですが初めて聴いたときは高校生のパンク・バンドのデモテープかと思いました。「ガハハハ、オレはバカだぜ!」と言わんばかりに、これでもかとスライド・ギターを掻き鳴らします。はっきりいってかなりイっちゃってます。チューニングもアヤしいしリズムもツンのめってます。こんな事やろうと思って出来るもんじゃありません。

注目すべきは彼のバンド「ハウス・ロッカーズ」のギター二本とドラムスというベースレス編成。ベース無しというのは例えてみればダシの効いていないスープのような気もしますが、どういうわけかこの妙なスカスカ感がグッときます(もっとも、サイドギターはベース的な低音の動きをしています)。ちなみにこのスタイルは後年、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンに受け継がれています。

ハチャメチャな演奏、かなりチンピラッっぽい外見、バカさ加減、日本製のへんてこギター(カワイ製?)、そして彼の手には指が6本あったという妙な逸話(本当らしいですが、6本目の指はほとんど動かなかったようです)などなど、何もかもがステキなブルース・マンなのです!

バカ度 ★★★★★
チンピラ度 ★★★★★


〔アルバム〕 ハウンド・ドッグ・テイラー&ザ・ハウスロッカーズ

2008年11月10日月曜日

●大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 1 〕野口 裕


大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む〔 1 〕

野口 裕








大本さんとはじめて顔を合わせたときには、すでに彼は声を失っていた。筆談を通して行う彼の物言いは、断定に近い響きを持っている。断定がどの程度にあたっているかを、そのつど考え込んでしまうので、なかなか対話には至らないもどかしさがある。

また、対話の最後を笑いで締めくくるよりは、いつも何かの結論を求め、うんうんと納得したい風情である。最後は笑いで締めくくりたい人間とは、結局すれ違いで終わるのだろうか。

しかし、かえって句の中では対話しやすいところがある。各章一句に絞り、私の流儀でゆっくりと密度薄く、読んでみよう。

  ●

第一章 非(あらず)

翔ぶ鳥の翼のさきのほそい群島

習作と思える時期の作が並ぶ。「ひるすぎのコップのなかに水座る」、「花冷えの花よりみゆる東北や」、「死のうかと思った赤いカンナも咲いて」など、先行句の影を容易に窺うことのできる句や、「さくらちるそのはかなさを春といい」の饒舌さなどに、頬が緩んでしまう。

第一章は鳥がよく出てくる。「月へ向かう姿勢で射たれた鴫落ちる」、「人体の凹を焦して海鳥(とり)は翔つ」、「鶴渡る首に頭(づ)のある桃の花」、「階段の鳩の半身ひぐれている」、「風の鳥一樹に集うはすべて白し」など。我がものとなり得るかどうかわからない飛翔能力に対する憧憬を秘め、句はみずみずしい。上掲句は、さらに鳥の飛翔と「ほそい群島」を対比させる。釈迦の掌ではなく、鳥を飛翔させる群島の頼りなさ。それゆえ余計に鳥がまぶしく見えたのだろうか。


(つづく)


〔参照〕 高山れおな 少年はいつもそう 大本義幸句集『硝子器に春の影みち』を読む ―俳句空間―豈weekly 第11号
〔Amazon〕 『硝子器に春の影みち』

2008年11月9日日曜日

●書架に『解説 百人一首』が 中嶋憲武

書架に『解説 百人一首』が

中嶋憲武



午前中、自転車散歩がてら池袋まで。ふらふらと吸い込まれるように、ジュンク堂へ。

まず、トイレを借りる。大のほう。すっきりとして、本を物色。学習参考書(笑)のコーナーで、山川出版の「日本史B」「世界史B」立ち読み。だいぶ、歴史が増えている。そりゃそうだ。大学受験のころから、かれこれ四半世紀も経ってしまっているのだから。いずれ、購入することになるだろう。今日はやめとく。吉川弘文館の「日本史年表・地図」をゲット。

古典の棚をぼーっと見ていると、な、なんと引越の折々にどっかへ行ってしまった「解説百人一首」が、ズラリと並んでいるのを発見。きゃー。

この本はねえ、おかあさん(外国のミュージシャンが、mama、と歌うような感じで)、高校受験のころ、ある人に薦められて買って、参考書なのに、ひどく面白かった本なんすよ。

『解説 百人一首』橋本武

表紙がカラフルでサイケなイラストで、口絵もカラフルなイラスト。なかは見開き2ページに、一首ずつの解説とイラストが載っていて、初版が昭和49年なもんで、イラストにその時代背景のようなものが、色濃く宿っていて、いま見るとまた違った面白さがあります。解説も解説というより、著者の思い入れたっぷりで、才気走った文章です。

例えば、いちばん最初の、天智天皇の「秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ」のイラストは、草の庵のなかで、巨大なきりぎりすと衣冠束帯の人が、向き合って賭けトランプをしている構図。きりぎりすはトランプと札とコーヒーを持って、勝っているらしく、にこにこ笑ってるし。

僧正遍昭の「天つ風雲のかよひ路吹きとぢよをとめの姿しばしとどめむ」では、風神の担いでいる袋から、一陣の風。となりに立つ十二単のおとめが、まくれ上がる裾を、両手で押さえている構図。

素性法師の「いまこむといひしばかりに長月のありあけの月を待ちいでつるかな」では、十二単の少女が、寝転がって三日月を愛でつつ、サントリーオールドらしきダルマの瓶をあけてしまっていて、そばに缶ビールの空き缶やら、タロットカードやら、本が数冊散らばっている。本は少年マガジンや少女フレンド、青葉繁れるなんてタイトルも見える。その少女のセリフにはこう書かれてある。

「とうとうオールド一本と トマトジュース半ダースあけて 少年マガジンと少女フレンドと野坂昭如と井上ひさしと宇能鴻一郎を読んで タロット占いを十五回もやった。 バカみたい お月さま よかったら今夜通ってこない? あいつなんかどうでもいいのだ」

そもそも、百人一首とのつきあいのはじめは、小学校低学年のころ、母のグループの間で、なぜか百人一首が流行って、家へ帰れば毎日そのグループが来ていて、部屋でひとりでいても、かるたを読み上げる声は自然に耳に入ってくるし、たまには中に入って一緒にかるたをやったりしてて、小学校二年のころには意味も分からず、待賢門院堀川の「長からむ心もしらず黒髪のみだれてけさは物をこそ思へ」を愛誦していた。

それから数十年経て、二十代の終わりに大学時代の友人とその友人知人で集まる機会が何度かあり、そこでたまたま百人一首をやったことがあり、暗記していたわけでは無いのだが、下の句がすっと出てきて何枚も取って、一番は友人の友人の女性だったが、二番めになった。その時、「何にも出来ないくせに、百人一首だけはよく出来る」と、驚かれたものだ。

まあ、そんなわけなので、すごい勢いで書棚へ腕を伸ばし、買っちゃったのだ。

夜は、昨日通りかかって気になっていた、阿佐ヶ谷はスターロード入り口近くの「よるのひるね」という喫茶店へ行き、昼間買った愛しき『解説 百人一首』を珈琲飲みながら読み返す至福のひとときを過ごす。

みかの原わきて流るるいづみ川いつみきとてか恋しかるらむ 中納言兼輔

あー、コリャコリャ。

2008年11月8日土曜日

「ウラハイ」スタート

「ウラハイ」スタート


デザイン・コンセプトは、悪辣・隠微。いいかえれば「なんだか黒い」。

タイトル・コンセプトは、ベタ。語感はハワイっぽくもあります。Urahai。

内容は、健全・不健全、怜悧・ぼんくら、泣き笑い、ないまぜに不定期更新。すなわち無計画。

オモテの「週刊俳句」ともども、よろしくお願いいたします。


(さいばら天気)


2008年11月6日木曜日