2009年10月14日水曜日

〔鉄道物語〕ルリちゃん 中嶋憲武

きょう10月14日は「鉄道の日」。


ルリちゃん

中嶋憲武


日だまりの私鉄の車内。ある駅で三つくらいの女の子を乗せた乳母車を押した若い母親と、その友人らしき女性が乗って来て、僕の隣りに座を占めた。

女の子は、さとう珠緒って小っちゃい時きっとこんな顔だったんだろうなと思わせる顔つき。その時、僕はQuickJapanの「小島慶子キラ☆キラ」の特集を読んでいて、意識がそちらに向いていなかったのだが、女の子の幼児特有の大きく響く声と、声を発するたびに全身に力が籠るのか、足をバタバタするので女の子のつま先が、僕の脛あたりにいちいち当たり、自然に意識がそちらに向いていった。

母親が女の子に、こう尋ねているところだった。女の子はルリちゃんというらしい。
「ルリちゃん、悪魔?」

「悪魔じゃないっ!ルリちゃん!」
怒っているように大きな声で答える。ぼくが彼で、きみも彼で、きみはぼくだからぼくたちはみんな一緒とでも言うように答える。

「天使?」
「天使じゃないっ!ルリちゃん!」
女の子の答える声が大きく高いので、母親はいちいち「しーっ」と口に指を当てている。
「じゃ、ルリちゃん、鬼?」
「鬼じゃない!ルリちゃん!」と、足をバタバタ。僕のジーンズの裾に当たりまくる。
「よその人にいけないでしょ」と、母親。
「じゃ、ルリちゃん、兎だ」
「兎じゃない!ルリちゃん!」
「兎、どうやんの?」
「こう」と言って、女の子は赤い髪留めで留めている両方の髪を、両手でそれぞれ上に持ち上げて兎のポーズを取った。
「兎は跳ねるよね?」
「ハゲルじゃないっ!」ひときわ大きな声だったので母親は更に大きく「しーっ」と指を口に当てて言った。
「ルリちゃん!」

「晴れてるね」車窓からさんさんと日差し。雲ひとつない上天気。
「晴れてない!ルリちゃん!」
「コニちゃん?」…(誰?)
「コニちゃんじゃない!ルリちゃん!…ねー、抱っこ」
「抱っこじゃないでしょ。赤ちゃんじゃないんだから」
「コニしゃん、好きじゃない」
「ヨネトリスケ」…(意味不明)
「モボゴじゃないっ!」…(意味不明。この母と子にのみ共通の話題だろうか?)

終点池袋に到着しますと車内のアナウンス。

「終点だって」
「終点じゃない!ルリちゃん!」
「降りるよ」
「降りんじゃない!ルリちゃん!」

最後の最後までルリちゃんはルリちゃんであると言い張った。



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