2009年9月29日火曜日

■現代俳句評論賞

現代俳句評論賞

現代俳句協会による「第29回現代俳句評論賞」は、受賞作なし、佳作が、
●関悦史「他界のない供犠~三橋鷹女的迷宮について」
●田島健一「俳句の不可能性への架橋~『第二芸術論を読む」
と決まりました。

詳細は『現代俳句』2009年10月号に。

2009年9月28日月曜日

〔link〕桜井吏登

〔link〕桜井吏登

モダンな江戸期俳人桜井吏登~『吏登句集』から:須藤徹の「渚のことば」


巴人春秋(その六):八半亭(YAHANTEI)のブログ

星明り身の毛ぞよだつ竹の子や:馳浩の古典こらむ
※馳浩はプロレスラー政治家。古典ファンだそうです。金正日の話しかなく、トンデモ一句解説。

■第12回放哉賞・作品募集

第12回放哉賞・作品募集

〆切2009年12月31日(木)  ≫応募要綱

2009年9月26日土曜日

●ちんどん屋

ちんどん屋

羽田野令


詩誌「めらんじゅ」を送って頂いた。読んでいると、ちんどん屋について文章があり、感動した。めらんじゅの編集者の寺岡良信氏の書かれたもの。「落語少年」という題のエッセイの中にある。その箇所を抜き書きする。
子どもたちの間でチンドン屋の真似も流行った。木枯らしが路地の奥で鳴る季節になると、チンドン屋が街の辻に来て歌舞伎や新派や新国劇もどきの問答をする。私たちは「知らざあ言って聞かせやしょう」とか「いやさ、お富、久しぶりだなあ」とか「別れろ切れろは芸者のときに言うものよ」とか「知らねえ姿の、土俵入りでござんす」とか、そんな決まり文句を珍妙な見得を切りながら、粗悪な隈取りが汗で流れるのを厭いもせず一心不乱に演ずる、まれ人たちの演技に魅了された。それは至福の時間であり、今も至福を伴う記憶であり、私の言語の深い部分をいつも洗っては沖に拉致しようとする量感ある海の鼓動である。
これを読んで、「週刊俳句」八月の八田木枯さんの十句を思い出した。十句のうちの後半五句はちんどん屋を詠んだもので、自在な作風、という感じがしてとても好きだった。後半五句を下記にペーストする。

チンドン屋片足あげて勤行す  八田木枯
チンドン屋末法の世の鉦を打ち
チンドン屋踊りくねつて世を拗ねて
踊らねばならぬと踊るチンドン屋
チンドン屋踊る生生流転かな

どこからか辻々にやって来たまれびと。かつてはある時季になると現れて去っていく、様々な職能集団があった。どこからかとは、村人にとっては異界からである。彼等は村に町に非日常の様々をもたらした。

ちんどん屋は広告業の一つであると、今になってはわかっているが、小さい頃は不思議な人たちであった。付いて行ったらいけませんよ、等と言われた記憶がある。

「知らざあ言って聞かせやしょう」が誰でも知っている言葉だったのは、もう昔のことなのである。そういう言葉は、高度成長以前までは、まだ口から口に伝えられる余地があったのだ。


2009年9月24日木曜日

〔祐天寺写真館27〕ヒョウタンツギ

〔祐天寺写真館27〕
ヒョウタンツギ

長谷川裕

わはは。おしゃれ。

09年08月 祐天寺駅(東急東横線)付近 Nikon D300

〔link〕正岡子規

〔link〕正岡子規

子規の見た風景:Bell Epoque

参照≫子規・青空文庫

2009年9月23日水曜日

●ランカシャーのブラックバーンに穴が4000個 中嶋憲武

ランカシャーのブラックバーンに穴が4000個

中嶋憲武


池の上駅前で友人と待ち合わせ。
坂を降りて行った先が、下北沢の街。
駅前のたいそう旨い定食屋で昼餉。秋刀魚塩焼き定食。
食後は散歩と天保のむかしから決まっている。ので、歩く。
歩く。

Let's豪徳寺まで歩き、東急世田谷線山下駅にぶつかる。ここの駅は、そのむかし栗田ひろみ主演の「放課後」という映画に出てきたので印象深い。井上陽水の「いつのまにか少女は」という楽曲が挿入されていたもんだ。主題歌が「夢の中へ」であった。電車も駅もあのころとすっかり変ってしまっている。

赤堤を抜けて、日大桜ヶ丘高校、日大文理学部の周囲を廻り、松沢病院に突き当たる。病院に沿って歩いて行くと八幡山の駅。帰りは少し迷うが、行きと逆のコースで友人宅まで戻る。およそ10キロほどの行程。ほどよい距離か。

友人宅のサラウンドの環境でビートルズのステレオボックスを聴く。サラウンドで聴いてしまうと、当然のことながらこの環境が一番いいような気がする。あたかも目の前でビートルズの4人が演奏してくれているように聞こえる。演奏技術を差し引いても、頭クラクラ胸ワクワク下半身モヤモヤの要素はぴったり満たしている。最後の録音となった「アビイ・ロード」はさすがに迫力がある。「カム・トゥゲザー」の冒頭からしてぶっ飛びますよ。サラウンドだったから尚更だけど。それからちょうど10年ののちのスティーリー・ダン「ガウチョ」と聞き比べてみると、ロックの到達点ということをしみじみと感じる。

このステレオボックス、友人はいらないと言うので料金後払いで、ぼくはお持ち帰りさせてもらった。

家に帰り、明け方まで聴く。ぼくはビートルズに関してはオタクであるので、今までのCD盤と聴き比べてみるといろいろと面白かった。サージェントペパーのインナーグルーブ(Hahaha, I never could see any other wayって、アレです)は今までのCD盤は12回でフェードアウトだが、ステレオ盤は11回だ。「エリナー・リグビー」はイエローサブマリンソングトラックのものが、ベストだと思っていたが、ステレオ盤は変な振り分け方をしていて、これはこれで味のあるものだ。他にもシーズ・ア・ウーマンなど従来の盤は、霧のなかから聞こえるような感じだったが、ステレオ盤はくっきりとした晴天で聴いているような印象になった。ヴォーカルがソリッドになったのだ。聞き込んでいくうちにまだ新しい発見があるかもしれない。

でも、一番ビートルズの音にワクワクするのは外を何気なく歩いていて、不意に店先などから聞こえてきた、ちゃちなラジカセのやたらに高音を強調した安っぽいサウンドだけどね。


2009年9月22日火曜日

【評判録】中原道夫『緑廊(パーゴラ)』

【評判録】
中原道夫句集『緑廊(パーゴラ)』

2009年9月・角川学芸出版

:喜代子の折々

2009年9月20日日曜日

●隣の女 中嶋憲武

隣の女

中嶋憲武


6時に起床。
池袋までサイクリング・ブギ。
朝の風はすっかり色なき風。
肌寒い。
サンシャイン通りのデニーズで朝食。
サニーサイドモーニングをオーダー。

原稿用紙の升目を埋めていると、隣席に二人の女が着席。二人とも毛唐のデブのように丸丸としている。

しばらくすると隣席へスクランブルエッグモーニングが運ばれてくる。
俺が先に来て注文したのに、なんで後から来た客へ先に配膳されるワケ?と、小島慶子のように怒る。
サニーサイドモーニングはなかなか来ない。目玉焼作んのにそんなに時間かかんのかよ?
i-podで5、6曲ほども聞き、ワタシ飽きちゃったわと思うころ、サニーサイドモーニングの運ばれて来し。
隣の女のひとりはパンケーキにバターをばたばた塗りたくって、コーヒーへシュガーをどくどく入れている。脂と糖分取り過ぎじゃないの?と他人事ながら心配になりにけり。

俺は僕はコーヒーはなんといってもブラック。これは如何ともし難い事だ。サラダはドレッシング抜きとオーダー。サラダにも目玉焼にも塩を振って食べる。

俺の方が先に席に着いていたのに、注文の品が遅れて運ばれて来たので、むらむらと競争心が湧いてくる。目玉焼を二口で、パンケーキを四口で食べる。隣の女たちは、遠方から来たらしく(帰りか?)バスのなかでよく眠れたとかなんとか喋っている。

あっという間に俺は完食した。惜しむらくは目玉焼が半熟で、白い皿へすこし黄身を零して汚してしまった事か。
きゃつらはまだ食べていて、半分以上残ってる。「勝った!」と俺はカイハラのように、心のなかで高らかに叫んだ。

そんでまた自転車に乗って金風のなかを帰って来た。

このように俺の連休の一日目は始まった。


2009年9月19日土曜日

●子規忌

子規忌

糸瓜忌や子規全集に恋あらず  加藤楸邨

子規忌なりいまは美顔に使ふ水  中原道夫

食欲の戻りてきたる子規忌かな  田中裕明

虚子が目をむいて怒りし獺祭忌  筑紫磐井

毎日が忌日・9月19日

2009年9月17日木曜日

〔祐天寺写真館26〕パン

〔祐天寺写真館26〕
パン

長谷川裕

これ以上の看板があるか。

09年07月 目黒区東山 Nikon D300

【評判録】井上弘美『汀』

【評判録】
井上弘美句集『汀』

2008年9月・角川SSコミュニケ-ションズ

井上弘美『汀』:みしみし
句集4冊:喜代子の折々

井上弘美「夏館」10句:週刊俳句

2009年9月16日水曜日

■現俳協・年度作品賞

現俳協・年度作品賞

現代俳句協会作品賞に村田まさる、東金夢明両氏 2009.9.15 21:31
第10回現代俳句協会年度作品賞(現代俳句協会主催)は、北九州市小倉南区、村田まさる(本名・勝)さん(68)の『セザンヌの色』と、東京都板橋区、東金夢明(同・吉一)さん(61)の『窯変』に決まった。賞金20万円。応募総数205編。10月31日に東京都内で開かれる現代俳句全国大会で表彰式が行われる。

2009年9月14日月曜日

●シネマのへそ サブウェイ123 激突 村田篠

シネマのへそ12
『サブウェイ123 激突』 
(2009年 トニー・スコット監督)

村田 篠


ニューヨークの地下鉄でハイジャック事件が起こる。武装グループはペラム駅1時23分発の電車の1両目だけを切り離して立てこもり、乗客19人の身代金としてニューヨーク市長相手に現金1000万ドルを要求する。タイムリミットは1時間後。

ストーリーは明快だ。その日たまたま運行司令官を務めたために事件に巻き込まれる地下鉄職員・ガーバー(デンゼル・ワシントン)と、主犯のライダー(ジョン・トラボルタ)の間で行われる交渉を軸に、ニューヨーク市長や警察の動向、タイムリミット目指して地上を走る現金輸送車のカーチェイス、地下鉄の暴走に至る「ニューヨークのひどい1日」が描かれる。

1973年に公開された『サブウェイ・パニック』のリメイクだが、当時とはまったく変わってしまった通信事情や都市機能をうまく取り込んで再構成されている。ことに、ガーバーにはじつは裏の事情があり、インターネットで偶然それを知ったライダーによって人質の命と引き替えに露わにされてゆくあたりは、スリリングでありつつヒヤリとするような日常性もあって、ぐいぐい引き込まれた。

というわけなのだが、エンドマークが出て劇場をあとにするとき、うっすらと腑に落ちないものが残ったのはどうしてだろうか。

ひとつには、この映画が「謎解き」の機能を果たしていないからだ、という気がする。ガーバーとライダーの間に交わされた会話の内容は、たんに「駆け引き」だったのか、それとも事実なのか。曖昧さが「あえて」なのか脚本の疵なのかは分からないけれども、脚本が『ミスティック・リバー』や『LAコンフィデンシャル』のブライアン・ヘルゲラントと聞くと、あえてドラマティックに仕立てず観客に解釈をゆだねたのか、いう気もする。

もうひとつは、ライダーの人物像だ。悪役としての強烈なインパクトを持ちながら、結局どういう人なのか、話が進むほどにだんだん分からなくなり、分裂してゆく。
トラボルタが大根なのか、演出ミスなのか、はたまたこれも「あえて」なのか。
ガーバーの人物像が明確だったことを考えると、映画はガーバー側、つまり一般市民側の視点で描かれている。思えば、「こちら側」から見たときそこにある「犯人像」というのは、じつはかんたんには理解しがたいものだ。テンタテインメント作品では御法度の「腑に落ちない」ということが、犯人像が見えにくいという都市型犯罪を、かえってリアルに感じさせてくれているようにも思える。

このあたり、もちろん賛否両論はあるだろうけれど。

電車の中で事件の一報を聞いたニューヨーク市長の描写が笑わせる。「車を用意しましたので、次の駅で電車を降りて下さい」という市職員に、「いや、このままいこう。電車の方が早い」と答える市長。「では、現場近くまでノンストップで走らせます」とすかさず答える市職員に、「えー!」と周りの乗客から強烈なブーイング。市長、思わず手を挙げてみなを抑え「分かった、分かった。各停で行こう」。日本では、なかなかこうはいかない、かもしれない。

車で地上を現金輸送していると聞いて「どうしてヘリコプターを使わないんだ」と突っ込んだ一言(だれのセリフか忘れたが)も面白い。あはは、そのとおり。この時代に、旧作どおりの方法を踏襲したオマージュの心意気を思い出させる一言に、拍手。


パニック度 ★★★★
「映像凝りすぎ!」度 ★★★★★

オフィシャルサイト

【評判録】長谷川櫂『富士』

【評判録】
長谷川櫂句集『富士』

2008年5月・ふらんす堂

異次元のユートピア:僕が線を引いて読んだ所

古志の行方 長谷川櫂句集『新年』『富士』及び『和の思想』を読む(高山れおな):豈 Weekly

〔link〕若手アンソロジー刊行

〔link〕若手アンソロジー刊行

今世紀最初の新人たちのアンソロジー『新撰21』が出るぞ(高山れおな):豈 Weekly 第56号

2009年9月13日日曜日

【評判録】清水伶『指銃』

【評判録】
清水伶第一句集『指銃』

2009年08月・本阿弥書店

清水伶『指銃』:ono deluxe

句集「指銃」清水伶:金子兜太

〔暮らしの歳時記〕秋の風 山田露結

〔暮らしの歳時記〕
秋の風

山田露結


5階建てのその雑居ビルは1階から5階までが全て風俗店になっていて、各階へはエレベーターを使って行くのだが、2階にある「W」というファッション・マッサージの店へは人目に付きにくい細い路地から裏階段を上がったところが店の入口と繋がっていて、そこからも入ることが出来た。

オレはその裏階段を使ってビルの中に入った。店の前まで来ると怪しいブルーのライトに照らされた看板にどういうわけか「ファッション・マッサー」と無意味に略して書いてあるのが笑えた。

「いらっしゃいませ。ご指名、ご予約はございますか。」

扉が開くと黒のスーツ姿に髪をオールバックに撫でつけ、眉を細く整えた小柄な男が立っていた。

「予約はないです。」

オレは答えながら男の顔を見て、おや?と思った。

「シンちゃん?だよね?」

男ははじめキョトンとしていた。

「ああ、やっぱりシンちゃん。オレだよ、オレ。」

ずいぶんと雰囲気が変わってしまっていたが男は間違いなく幼なじみのシンタロウだった。

「ああ、マー君か。」

向こうもすぐにオレだということがわかったようだった。
シンタロウと会うのは中学を卒業して以来だからほぼ20年ぶりだ。

「ここで働いてるの?」

「う、うん、まあ。」

シンタロウは少しばつが悪そうに笑った。

そういえば彼が高校を中退したあと職を転々とし、やがて風俗店で働き出したこと、一時は自分で店を持っていた事もあったが間もなく潰れてしまい、結構な額の借金を抱えているらしいということを他の同級生から聞いたことがある。しかしまあ、こんなところで会うとは。

「こちら、すぐに準備できる女の子です。」

待合室のソファーに座るとシンタロウが女の子の写真を数枚持って来た。
すると、そっと顔を近づけてきて囁くように教えてくれた。

「この子がいいよ。」

オレはシンタロウのすすめてくれた「カナ」という女の子を指名した。

「はい、カナちゃん入りまーす。」

部屋へ案内されると長身で目のパッチリした可愛らしい女の子が出てきた。

「はじめまして。カナでーす。」

女の子は八重歯を見せてにっこり笑うとオレを部屋へ招き入れた。どことなく、近頃ワイドショーで入籍を報じられていたナントカというタレントに似ていた。今日はアタリだ、と思った。

50分コースを終え、部屋を出てくると再び店の入口にシンタロウが立っていた。

「ありがとうございました。女の子いかがでしたか。」

シンタロウは従業員のマニュアルらしい決まり文句を言うとまたばつが悪そうに笑った。

「よかったよー、ありがとう。ねえ、シンちゃん。今度飲みに行かない?オレのケータイの番号教えとくよ。」

女の子に満足し、すっかり上機嫌になったオレはそう言いながら携帯電話を取り出し、シンタロウの肩に手をやって親し気にこちらへ引き寄せようとした。すると、突然シンタロウの顔付きが変わった。

「ふざけるなっ。」

シンタロウはオレの手を振り払うと顔を真っ赤にして睨みつけてきた。

「ちょっと来い。」

オレは胸ぐらを掴まれ表へ引っ張り出された。店を出て階段を下りたところの薄暗い路地のカドまで連れて行かれると、シンタロウはいきなりオレに殴りかかってきた。あまりに突然のことにオレはわけがわからず、ただされるがままにボコボコにやられてしまった。

「調子に乗るなコノヤロー!二度とここに来るんじゃねえぞ。わかったか。」

シンタロウは倒れているオレの腹にとどめの蹴りを入れると、スーツの衿を整え、すたすたと階段を上がって店の中に入って行ってしまった。

オレは何が起こったのか訳が分からずしばらくボーっとしていた。
立ち上がり、服についた砂を払いながら頭の中を整理してよく考えてみたが、どうしてシンタロウが急に怒り出したのか、いくら考えてもさっぱり分からなかった。

「何もこんなに殴らなくたっていいねえじゃねえか。くそっ。」

殴られたばかりの頬がジンジンと熱かった。

「明日、顔が腫れるかもなあ。」

オレは頬を手でさすりながらゆっくりと歩き出した。9月に入ったばかりだが、夜はもうすっかり秋の風だった。



秋風:Rocket Garden 露結の庭

2009年9月11日金曜日

【評判録】『草地豊子集』(続)

【評判録】
『草地豊子集』(続)   


2009年7月・邑書林・セレクション柳人〔番外〕

2009年8月30日(日):ogihara.com

2009年9月10日木曜日

●またビートルズの話かい?いやだね 中嶋憲武

またビートルズの話かい?いやだね

中嶋憲武


きたやまおさむの「ビートルズを知らない子どもたちへ」という本を読んだ。世にビートルズ本はあまた出ているけれど、この本に食指が動いたのは著者がきたやまおさむ(北山修であり、ドクター・オサムキタヤマでもある)であったことと、表紙のユニオンジャックをあしらったデザインがイカしていたからである。

北山修は言わずと知れたフォークルのひとりであり、精神科医である。最近ではTBSレイディオの土曜ワイドにもちょくちょく出演して、永さんを相手に高笑いを発している。中学1年のとき、本屋で何気なく手に取った新潮文庫の一冊、「戦争を知らない子どもたち/北山修著」に感銘を受けて以来、北山修の書いたものをちょこちょこと読んで来た。そんなことで今回もラジオであらかじめこの本のことを聞いていたことも手伝って、書店で見かけてぱらぱらと拾い読み、すぐにレジへ持って行ってしまった。

うすうす気付いてはいたが、ビートルズは画面の機会均等主義を貫いた。このようなグループは空前絶後であるという指摘には全く持って頷いてしまった。ロックグループは、例えばストーンズであれば、ミック・ジャガーが、クイーンであれば、フレディ・マーキュリーが、一人の歌手が愛されるように設定されていた。ところがビートルズはジョンとポールという二枚看板を売り出し、ジョージとリンゴにもソロを歌わせてメンバー全員が愛される方法を実行したというのだ。この機会均等制はアルバムジャケットにも反映されたという。確かにその通りである。デビュー作から最後のレット・イット・ビーまで四人が均等に配置されている。そしてこのことは四人全員がスターであることを主張し、自分たちのプレイをマネージしてプレイの配分を行っている、プレイング・マネージャーだったとも指摘している。

ぼくたちはもうひとりの自分というものを、いつも意識している。朝、おはようと挨拶されて、おはようと挨拶を返すが、挨拶をしたくない自分も同時に意識していたりする。人はこのような二重構造にしょっちゅう囚われている。二重構造のきしみを生じさせないためにも、プレイング・マネージャーの存在が自己のなかに必要だというのだ。精神科医的なアプローチで、ビートルズという現象を読み解いていくこの本は、自己への旅でもあって読んでいて楽しい。あっという間に読了してしまった。

そういえば、今日、ビートルズのリマスターCDが発売された。モノラル盤とステレオ盤だ。ビートルズとしてはモノラル盤のみを出したかっただろう。ホワイトアルバムまではモノラル録音を中心にして行われていたからだ。それは当時の状況が、圧倒的にモノラルで聞かれていたし、ひとつの音の塊として聞かれたいというビートルズの思惑もあっただろう。しかしながらエンジニアたちはビートルズがレコーディングから帰ってからこっそりとステレオ盤も作っておいたのだ。いつか陽の目を見るかもしれないというささやかな希望を抱いて。リマスターって処理、よく分からないが、音は格段にいいらしい。

買うよ。まずステレオ盤のほう。


2009年9月9日水曜日

2009年9月8日火曜日

2009年9月7日月曜日

〔link〕メディアと俳句

〔link〕メディアと俳句

五十嵐秀彦:俳句はどこへ行くのか~メディア論の視点から:無門
講演記録:第十八回中北海道現代俳句大会 平成21年4月12日(日)札幌サンプラザ

【評判録】広渡敬雄句集『ライカ』

【評判録】
広渡敬雄句集『ライカ』

2009年7月・ふらんす堂

まるでその場にいるような(山口優夢):豈 Weekly

本誌「週刊俳句」評判録(2009-7-26)

2009年9月6日日曜日

■新サイト「忌日俳句をつくろう」

新サイト「忌日俳句をつくろう」

http://kijitsu-haiku.blogspot.com/

コメント欄にその日の忌日俳句を投句するシステムです。

【評判録】山西雅子句集『沙鴎』

【評判録】
山西雅子句集『沙鴎』

2009年9月・ふらんす堂

山西雅子『沙鴎』:ono deluxe

:喜代子の折々

2009年9月4日金曜日

●祐天寺写真館25 箱

〔祐天寺写真館25〕


長谷川裕

こういうのがいいわけですよ。まったく無意味のようでいて、微妙に意味があるわけ。
で、それがふくらんでくる。
おーい、箱くん、いつからいるんだ。昨夜からかあ、からっぽなのかあ、
とかなんとか、どんどんドラマがはじまっちゃう。

2009年2月 駒沢 Nikon D300

2009年9月3日木曜日

■船団シンポジウム

船団シンポジウム

2009年9月5日(土) 於:京都
詳細は≫http://sendan.kaisya.co.jp/shoka09.html
シンポジウム「百年後の俳句~百年後、俳句は生きているか」

「30年後」くらいのほうが、生臭くて、おもしろいと思います。(さいばら天気)

2009年9月2日水曜日

〔俳誌拝読〕野守/弦

〔俳誌拝読〕
野守/弦






ウラハイ2009-8-30に個人誌のことが出ていたが、こんな個人誌もある。大木孝子さんの『野守』と遠山陽子さんの『弦』。

『野守』はB5を二つ折りにした大きさ。『弦』はその縦長。どちらもページ数は30ページ余。どちらも季刊で、俳句作品はは発行者本人のだけ。文章が多い。

『野守』は、鬼房自筆の句が表紙を開いたところに二句。その次のページには鬼房の書簡の文章が載っている。手紙の文章だから語りかける風で、生き生きとしている。塩竈神社に行ったときのことも、「歩けなくて倒れそう。いつもならキャラメルか氷砂糖ポケットにしているけれど。何とか帰宅。早々に就寝。眠れず。」等とある。大木さんには、「春雪や鬼房書簡四千通」(『あやめ占』2006年)という句があるが、鬼房からたくさん手紙を貰われたのだろう。

『野守』は文章を連載されてる方が何人かとその号だけの寄稿もある。今年の夏号では、藤原龍一郎氏が短歌「那由陀」14首を寄せられている。汐見孝平氏の連載のエッセイ「幼い日」は、楽しみにしている一つ。今はもう失われた良き時代の田園風景の中の幼年時代が描かれている。

『弦』では、<したたかなダンディズム、三橋敏雄>という遠山さんの連載があるが、これが面白い。三橋敏雄の近くにいた人ならではのいろいろなことが書かれている。

個人誌というかたち、時間的経済的なことを全部自分で引き受けられるなら、そういうことも出来るんだろう。

(羽田野令)

●週刊俳句の住所

週刊俳句の住所

ココ≫http://blogopolis.jp/view/http://weekly-haiku.blogspot.com/

近隣に見覚えがありません。いずれにせよ場末であることはたしか。

ちなみに「ウラハイ」は
ココ≫http://blogopolis.jp/view/http://hw02.blogspot.com/

本誌とずいぶん遠いのは、なぜ?

2009年9月1日火曜日