2010年12月31日金曜日

2010年12月30日木曜日

●週刊俳句2011年回顧

週刊俳句2011年回顧


一月

「ウラハイ」「毎日が忌日」に続くスピンオフ第3弾「夕刊俳句」がツイッター上でスタート。「ツイッターのマガジン化」「俳句だう」「140字の破調」などの謳い文句がことごとくスベり、低空飛行の1カ月を余儀なくされる。

二月

石原ユキオの双子の妹を名乗る石原クニオが中篇小説「有季定型ボーイと自由律ガール」を週俳誌上に発表。大きな話題となる。

三月

伝統系の新ユニット「俳句そのもの」による「まるごとプロデュース号」リリース。巻頭特集に「俳句に似たもの徹底研究」を置く意表。ほかにも「季語脳」「虚子20万句を暗誦できますか?」など、エッジの利いた記事に注目が集まる。

四月

週俳による電子書籍・第1弾「もうどうでもいい すべては終わった」(週刊俳句編集部編)を刊行。「なに、これ?」(購入者Aさん)、「俳句の極北だ!」(謹呈先Bさん)など多くの声が寄せられる。

五月

連休を利用して「六大学俳句リーグ戦」開催。全試合をU-Stream中継。東大が野球の憂さを晴らすかと予想されたが、優勝はダークホースと目された立大。東大主将・村越君の敗戦の弁「団のめんぼくまるつぶれ」が流行語に。

六月

関悦史が「俳句人類学・序説」の連載を、9年後の結社「大傘 oo-karakasa」創設を射程に開始。初回は「人類学を超えて~カンブリア紀の俳諧三葉虫」。あまりのスケール感に全読者唖然。関自身「序説さえいつ終わるとも知れぬ。正直えらいものを始めてしまったな、と」とツイート。

七月

石原クニオ「有季定型ボーイと自由律ガール」が異例の芥川賞候補に。石原審査員に「社会・風俗が描けていない。有季定型ボーイが自由律ガールに浣腸をされるがままというのはどうにもいただけない。同じ石原なのに俺とは月とすっぽんだ」と酷評され、受賞は果たせず。

八月

颱風による記録的暴風雨のなか決行された俳句甲子園。予定していたU-Stream中継を一部断念。優勝は沖縄県立首里高校。「風は僕たちに吹いていましたね」と優勝の弁。

九月

「常磐ハワイアンセンターと東北のパワースポットをめぐる吟行ツアー」を開催。8名の参加を見て成功裡に終わる。「行く先々がアニミズムそのものでした」(59歳・女性・会社役員)など、参加者たちの興奮醒めやらぬコメントが続く。

十月

経済産業省クールジャパン振興助成を受け英語版ミラーサイト開設。

十一月

iPhone向けアプリ「俳句っち」をインド・バンガロールのIT企業と共同開発。エサをやるなどすると、一句、尻から生むというキュートなサイバー・ペットには俳号も付けられ、オンラインで句会もできる。エサの種類によって作風も変わるという懲りよう。

十二月

2009年12月の『新撰21』、2010年の『超新撰21』に、これでもかと続く『極撰21』が刊行される。その関連企画が目白押し。


(さいばら天気)


2010年12月29日水曜日

●喜劇

喜劇

天井に風船つかえ喜劇満員  平畑静塔

水羊羹喜劇も淡き筋ぞよき  水原秋櫻子

背後より薔薇の一撃 喜劇果つ  楠本憲吉

栗飯と湯気と吉本新喜劇  野口る理(*)



(*)「実家より」10句 週刊俳句・第121号

2010年12月28日火曜日

●暖房

暖房

暖房のよく利いてゐる赤子かな  橋本榮治

暖房にビールの酔のいまださめず  久保田万太郎

暖房に毛皮とそれのレヂスター   中村汀女

暖房機しくしくふうと止まりたる  太田うさぎ


2010年12月27日月曜日

●スーパーマン

スーパーマン

疲れきるまで描きし小鳥とスーパーマン  八木三日女


2010年12月26日日曜日

●映画

映画

ロシヤ映画みてきて冬のにんじん太し  古沢大穂

接吻もて映画は閉ぢぬ咳満ち満つ  石田波郷

映画の死者にまた葬送の楽おなじ  林田紀音夫

糞のごとひかるビフテキ アメリカ映画  島津 亮

映画出て火事のポスター見て立てり  高浜虚子

土砂降りの映画にあまた岐阜提灯  攝津幸彦

とつくりセーター白き成人映画かな  近 恵

2010年12月25日土曜日

●クリスマス海峡

クリスマス海峡




クリスマスカード消印までも讀む  後藤夜半

女学生の黒き靴下聖夜ゆく  桂信子

へろへろとワンタンすするクリスマス  秋元不死男

クリスマス馬小屋ありて馬が住む  西東三鬼


ウラハイ・2009年のクリスマス
ウラハイ・2008年のクリスマス

2010年12月24日金曜日

●『超新撰21』竟宴・速報

『超新撰21』竟宴・速報

シンポジウムのトピックを断片的に。

アフォーダンス(affordance) ギラギラした意図を感じる編集 日本語の可塑性 俳壇は自分でつくればいい コトバは二階・季語は三階 俳句人類学 ノーバディな私による「私」語り 帰納的分類 俳句はいまここにない 牧羊社 俳句形式の引力 …

詳しくは、来たる12月26日午前零時リリースの「週刊俳句」第192号に!

超新撰21 邑書林オンラインショップ

●COOL YULE!

2010年12月23日木曜日

●LA FEMME CHINOISE 山田露結

LA FEMME CHINOISE

山田露結


「昨日一緒に楽しく過ごして ありがとう 早い帰りました 悪い ごめんね 本当に一緒に少しでもいてほしいなのに……」

マリ子からメールをもらった。

マリ子は日本の大学に通うという中国人の女の子。
四川省出身で父親は日本人なのだと言う。
大学では心理学を専攻していると言っていたが、こんなカタコトの日本語しか話せない彼女に、はたして日本の大学で心理学を学ぶことなんて出来るんだろうか、とも思った。

「四川省 近いよ ひこきで3時間。」

あどけない笑顔が、若い頃の本田美奈子に似ていた。
少しだけ、四川省に行ってみたいと思った。


中国の茶の淹れらるるクリスマス  後藤夜半


〔中嶋憲武まつり・第12日〕かしつぼ LA FEMME CHINOISE/中国女(1978)


2010年12月22日水曜日

●熊本電停めぐり09 西辛島町 中山宙虫

熊本電停めぐり 第9回 西辛島町(にしからしまちょう)

中山宙虫

熊本市交通局路面電車の路線図

3号線上熊本駅前~健軍町の9番目の電停。
上熊本から所要時間10分。


12月14日(火)
16時。
日暮が早くなったため、仕事を終えてからではなかなかうまく撮影ができない。
この季節、街にはいろんなイルミネーションがきらめいているが、繁華街はすぐそこなのに、なんとも地味な電停がここ「西辛島町」。
熊本市の古い町並みは姿を消し、この電停のまわりは立体駐車場やホテルといったビルが立ち並んでいるところだ。
線路が中央を走る道路はここから片側二車線となり、広くなっていく。






この電停は、3号線単独の電停としては、最後の駅となる。
次の電停「辛島町」との間で、2号線田崎橋・熊本駅~健軍町と合流することになり、辛島町から終点の健軍町まで2号線と併用されている。
ちょうど、その分岐点を2号線の電車がすれ違っていた。













地味な景色のなかにもこういった呉服屋や飲食店などがこじんまりと存在する「西辛島町」。
もうすぐクリスマスといった風景も。


また、この電停では、熊本駅方面への乗り継ぎができない。
乗り継ぎは次の「辛島町」で可能となるうえ、熊本駅方面へ電車を利用するとすれば、2号線の電停が別れてすぐの場所にある。
そのうえ、バスセンター「熊本交通センター」がすぐそばにあるため、利用者がそう多くはない印象。
乗客の乗降がなく通過することも多い電停だ。


















さて、熊本の市電の運行系統が2号線と3号線となっているが、過去この運行系統は最大で7系統を有していた時代があり、そこから利用者の減少などで廃線が進み、現在はこの2系統が残されているのである。
ちなみにかつて存在した1号線は、田崎橋 - 熊本駅前 - 辛島町 - 水道町 - 子飼橋という系統で、水道町-子飼橋間が廃線されて消えてしまった。
2011年3月には、九州新幹線の開業に併せ、路線や電停が改名されることが発表されている。
その時点で2号線はA、3号線はBと改名されるようで数字での表示はなくなるようである。
また、現在熊本市は2012年に政令市への移行を目指していて、都市交通の中心的存在として市電の延伸なども検討されている。
モノレールなどの新交通を検討したが、予算的な問題などで立ち消え、この市電が重要な存在となっている。
道路の中心を走る路面電車が交通渋滞を引き起こす悪者とする時代を潜り抜け、ここに来て存在感を高めているのは皮肉だ。



自分のスピードで熊本の街を走り続けている市電。
今日も、この電車の揺れに身を任せて、通勤をしている人々のなかのひとりとなっている。
帰りの電車が来た……

2010年12月21日火曜日

●嫌われ猫 中嶋憲武

嫌われ猫

中嶋憲武


中学生の頃ラジオを聴いていたら、永六舗がこんな話をしていた。

草野心平が道を歩いていたら、子供達がよってたかって犬をいじめていた。それを見た草野心平は「犬だって人間だよ」と言って、犬を助けてやった。

ぼくはこの「犬だって人間だよ」に大いに感心してしまい、詩人ってやはり発想が違うんだなあとしみじみと思い、優れた詩は心根の優しい人間でなければ書けないのだなあと思ったことだった。

後年、俳句を嗜むようになり俳句関係の本なども読むようになり、ある時読んだ本のなかにとてもショックなことが書かれてあった。それはふらんす堂刊の加藤楸邨の猫の句ばかり収めてある句集で、その句集の末尾に「四十番地の猫」というとてもせつないとてもやるせない文章が載っていた。「しろ」という野良猫が楸邨家に住みつくようになり、その猫との顛末を味わい深い筆致で語り終えたのち、エピローグのようなかたちで書かれてあるこの箇所だ。
この猫が妙に心に残っていたので、後に水原先生にお話してみたら、猫の嫌いな先生は伝書鳩をとられた時の話をした後で、
「空室へ閉じこめてやったが、十日位生きていたよ」
と言われた。
文章はここで終るのだが、そのときの楸邨の些か唖然とするような顔が見えるようである。文中の水原先生とは、水原秋桜子のことだ。事も無げに「十日位生きていたよ」とは何と言う事だろう。あんまりなお人である。

更に数年後、次のような詩を読んだ。
どこへいったの?かわいい赤ちゃん
時計はチクタク
お皿はガチャガチャ
あっちのすみこっちのかげをさがしても
うちじゅうみんな知らん顔
鼠はチュウチュウ

かわいい赤ちゃん水の中
目もあかないですやすやと
バケツの水で眠ってる
これは鮎川信夫の詩である。「自作について」という文章でこう書いている。
大きなお腹をしてよたよた歩きをしていたロリ・ポリ(猫の名)が見えないとおもったら、部屋の隅のラジオの下で仔を産んでいた。プラスチックの臙脂の大皿に、ぶちと白黒の二匹。これでテテがどいつかわかったようなもの。
一晩抱かせて、今夜、ロリ・ポリが魚を食べている隙に、ラジオの音程を上げておいて、二匹を風呂場へ持っていき、バケツの水に漬けてしまった。お母さんネコは、しばらくあちこちさがしているようであった。小首をかしげて、耳をすますような仕科で、ときどき人をうかがうように見つめたりする。
参った。間引きである。これを読んで惨憺たる気持ちになった。思春期の詩人に対する偶像崇拝はどこへやら。草野心平だって犬だから助けたので、猫だったらどうだったろうか。

猫。とかく迫害されやすき生き物である。

2010年12月20日月曜日

●絵の具

絵の具

春寒や絵具の皿のうす乾き  永井龍男

蚯蚓鳴くゑのぐの指を洗ひをり  鴇田智哉

鶴のこゑ繪具をしぼりだすごとく  八田木枯


2010年12月19日日曜日

●俳句と読者

俳句と読者

小林苑を


本日は川上弘美『機嫌のいい犬』、外山滋比呂『省略の詩学』(中公文庫)、岸本尚毅『高浜虚子・俳句の力』を読む。

川上弘美のよい読者ではないけど、小説と同じ印象で楽しい句集。あとがきで、
句会という場所で、わたしは「作者は読者を信じていいのだ」という、幸福な信頼を手に入れることになりました。
と書き、外山が、
解釈が大きな意義をもっているということは、享受者の理解能力を作者が信頼していることにほかならない。
岸本は、
読者の観念が読者自身に語りかけます。そう仕向けるのが俳句です。
と書いていてるのであった。


2010年12月18日土曜日

●「不健全図書」俳句、締め切らせていただきました

「不健全図書」俳句、
締め切らせていただきました

たくさんのご応募、ありがとうございます。

プロフィール記載のないものは不掲載とさせていただき、また「テーマ・不健全図書」「東京都青少年健全育成条例改正案・可決成立記念」という観点から掲載・不掲載の判断をさせていただきます(エロいことをただ五七五にしてあるだけwwwという句も多かったです。ま、それでもおもしろければいいんですが)。

週刊俳句・第191号のリリースを楽しみにお待ちください。

●楽しいことだけ聞かせて 上野葉月

楽しいことだけ聞かせて

上野葉月


最先端を行くシティギャル(死語)にとって当然「日曜日は週刊俳句の日!!」であるわけだが、最先端でもなければシティギャル(死語)でもない私にとって日曜日は「俳句人口は百万単位で存在するという噂なのに、どうして俳句畑からは『ハートキャッチプリキュア』というようなアナーキーかつデストローイ!な言葉が出てこないのだろう」というような感慨にふける日でもある。まあ言い掛かりのようなもの。アナーキーかつデストローイ!なものを目差しているのなら、もとより嬉し恥ずかしパンクロックなどやっていればいいので俳句を選択する理由がないのは自明だ。



さてプリキュアシリーズと言えば、小さなお友達(の保護者)にはアクセサリや衣装を購入させ大きなお友達にはDVDを購入させる地上最強とも言われる無敵のビジネスモデルとして世界的に有名だが、今期のプリキュアが触手を封印しているのは放送開始当時ずいぶん話題になった。プリキュアと言えば触手、触手といえばプリキュアなのに!である。(反対とかそういう以前に口にするのも汚らわしいようにすら感じられる、あの)東京都青少年保護条例の改正案成立を見越しての措置という推測が一般的だったが、まあ外れてはいないのだろう。

出版各社はそれなりに大きな声で反対表明しているけど、玩具メーカーとしてはスタンスが違うのは当然と言えば当然のような気もする。

条例のことはとりあえず脇に置いておくとしても、触手は現代日本が世界に誇る(ちょっこしどころかかなり恥ずかしい)文化であることは疑いない。本当にどうしてこんなことに?

まあ噂によると、今期プリキュア各話の締め、「こころの種」を小動物が生み出す場面も不健全だと怒る人達がいるらしい。なんかもう、際限ないとしか言いようがない。



プリキュアシリーズのエンディングは一貫して現代日本アニメの水準の明確な指標として推移しているので、今期のエンディングでのキュアムーンライトの大きさというのは衆目を引いて止まないのは想像に難くない。というかわざとやってるだろ、あれ>スタッフ

最近月影ゆりに対してプリキュア5の秋元こまちと水無月かれんが「高校生にもなって。プリキュアって中学生までよね」とねちねち苛めるプリキュアパロディをあちこちで見かける。プリキュア5でババア呼ばわりされた鬱憤を数年後の今はらしている図。こういう二次創作に走る気持ちはよくわかる。プリキュア5の開始時、今回はババア枠が二人!とずいぶん話題になったものだった。

それにしてもババア枠って。いくらなんでも。六歳前後の女児を対象とした番組だからって、十五歳でババア呼ばわり。SWのミーナ・ヴィルケ中佐やハヤテのマリアさんが十八歳でババア呼ばわりというのも有名で同情を禁じ得ないわけではあるが、十五歳でともなると開いた口が塞がらないというか、こまちに憧れて小説を書き始めた私としては混乱は計り知れないというか。

幼稚園児にとって中学生は圧倒的に大人の範疇であることは疑いないが、十五歳でババア呼ばわりはやはり止めて欲しい。もしうちにも孫娘がいたらその辺の感覚を細かく問いただして実際どう感じているか知ることもできるのだが(やっぱり今回もそこが着地点だったか)。

ていうか『海月姫』のあの(眼鏡の)お兄さんがあまりにも素敵すぎるという話をするつもりだったのに前振りだけで終わってしまった(しまった)。

2010年12月17日金曜日

●手紙 山田露結

手紙

山田露結



隣町の住宅街の中にぽつんと立っている昔ながらの郵便ポスト。
以前からこのポストの前を通る度に「古いポストがあるなぁ。」と気にはしているのだが、利用したことはない。
裏側にはちゃんと回収時刻が書いてあるから、おそらく、今も現役だと思う。

一度、このポストへ手紙を投函しようと思って、でも、本当に手紙が届くかどうか不安になってやめてしまったことがある。
もしかしたら、これは昔のポストだから、ここへ投函した手紙はタイムスリップして、昔へ届いてしまわないだろうか、などとあり得ない心配をしたりして。

今日、久しぶりにこのポストの前を通りかかって、ふと小学生の頃のタイムカプセルのイベントのことを思い出した。
子供たちが未来の自分へ手紙を書いて、それをタイムカプセルに入れ、何十年か後にそのカプセルを開いて大人になった子供たちがそれぞれ自分宛の手紙を読むという学校の行事だったと思う。

あのときは未来の自分へ手紙を書いた。
でも、もしこのポストへ投函した手紙が昔の自分へ届くとしたら、さて、オレは子供の頃の自分へどんな手紙を書くだろうか。

火曜日は手紙のつく日冬籠  高野素十


2010年12月16日木曜日

●「不健全図書」俳句募集

東京都青少年健全育成条例改正案・可決成立記念
「不健全図書」俳句募集
■テーマ:不健全図書  ※広く捉えてください。
■おひとりさま 1句  既発表句・可 当季以外・可
■締切 12月18日(土)20:00
■掲載(予定) 週刊俳句・第191号(2010年12月19日)
■投句先 tenki.saibara@gmail.com

【追記】
簡単なプロフィールを添えてください(週刊俳句に初寄稿の場合)。 ≫参考
ハンドルネーム・仮名等はご遠慮ください。ふだんお使いの俳号でお願いいたします。

句会ではありません依頼作品と解して、御自身で出来映えをお確かめください。
※誠に勝手ながら、こちらの判断で不掲載とさせていただく場合がございますことをご了解ください。

松本てふこ 不健全図書 10句 :週刊俳句 第52号

2010年12月14日火曜日

●炭火

炭火

老人の春機炭火の匂いして  斉田 仁

雪の降る夜握ればあつき炭火かな  上島鬼貫

くらがりに炭火たばしる雨月かな  石田波郷

2010年12月13日月曜日

●おんつぼ37 うめ吉 さいばら天気


おんつぼ37
うめ吉(UMEKICHI)

さいばら天気


おんつ ぼ=音楽のツボ




芸者さんボーカル+三味線+ビッグバンド。そう聞いて、キワモノ、ゲテモノと思う人がきっと多いでしょう。しかし、キワモノ、ゲテモノも、腰が入ったスウィングなら、球は遠くへ飛ぶ。UMEKICHI「蔵出し名曲集~リローデッド」(2004年)は、アレンジやバックの演奏も含め、なかなかのアルバムです。

収録曲は、服部良一によるブギ(昭和20年代)をはじめ多彩。そのなかから「家へおいでよ Come On A My House」。




うめ吉のボーカル、魅力的です。清水哲男さんは「高田みづえに似ているのでは?」とおっしゃっています。これは鋭いかもしれませんが、もっとばっちり「これとそっくり!」という先例がありそうな気もします(ああ、思い出せない、思いつかない)。

いずれにしても声や発声法に独特のコケトリーがある。発声法という点では、うめ吉の先達ともいうべき市丸をまっさきに思い出します。それも聞いてみましょう。



テレビの映像ですが、レコードとほぼ同じか、まるっきり同じ(いわゆるクチパク)。いやあ、三味線のリフとビッグバンドの音は、ほんと、よく合いますねえ。

60年前で、このファンキーさ加減。あらためて服部良一の凄さに唸らざるを得ません。日本のポップ・ミュージックの歴史のなかで、ベストワンの作曲家を挙げるなら、迷うことなく、服部良一です。こうした遺産は、きちんと継承していくべきもの。うめ吉による一連のカヴァーは、たいへん意義深いものですね。

忘年会シーズンもたけなわ。うめ吉のCDを鳴らして、みなさんで盛り上がってみてはいかがでしょうか。


キュート度 ★★★★
ハイブリッ度  ★★★★☆



2010年12月12日日曜日

●にんじん

にんじん

春めく灯あすの人参けふ洗はれ  中村草田男

にんじんをやわらかく煮て安楽死  斉田 仁

人参の掘り出してある夕日かな  大串 章

人参の人参らしいめざめかな  河西志帆

人参を並べておけば分かるなり  鴇田智哉


2010年12月11日土曜日

2010年12月10日金曜日

●テーマ 山田露結

テーマ  山田露結


父が手術室に入っている間、休憩室のソファーに座って週刊誌を読んでいると、同じ部屋いた初老の男性とその男性の息子らしき人が話をしていた。
話をしていたといっても男性は手術で声帯を切除してしまっていたらしく、筆談で受け答えをしていた。
どうやら、癌の転移が見つかったので再手術の必要があるという内容の話のようである。

何となく、その場所にいてはいけないような気がして別の休憩室へ移動すると今度は30代くらいの女性とその女性の母親が話をしていた。
「○○ちゃん。海の見える景色のいい場所にマンションを買ったから。あとはあなたの好きなように使っていいのよ。」
「お母さん、どうしてそんなことをするの?私はそんなことをして欲しかったんじゃないの。」
「じゃあ、どうすればいいの?私に何が出来るの?」
二人とも泣いていた。
おそらく、彼女は余命を宣告され、今後の過ごし方について母親と話し合っていたのだろう。

ここにいる人たちは皆、癌患者とその家族や関係者である。
癌を治して退院する人もいれば、もちろん、治らない人もいる。

病院の中はとても清潔で、静かで、時間の経過さえあまり感じられないほどであった。
病院というよりは、まるで美術館の中にいるようでもある。

私がコーヒーを買いに1階の売店へ行くと、点滴の袋のぶら下がった器具を引っ張っている女性と一緒に小学生くらいの女の子がお菓子を選んでいた。
「お母さん、早く元気になってね。」と女の子が言う。
頭髪の抜けてしまった頭にニット帽をかぶった女性は女の子の言葉を聞きながら静かに笑っている。
ここでは、ごく日常的な光景だ。
しかし、どこか現実のものではないような不思議な光景でもある。

もしかしたら、本当にここは病院ではなく「病院」という名の美術館なのではないか。
父と私を含め、ここにいる人たちはみな「死を待つ」というテーマの作品なのではないか。
私は父の手術が無事に終わることを願いながらも、ふとそんなことを考えていた。


冬日影人の生死にかかはらず  飯田蛇笏

2010年12月9日木曜日

●漱石忌

漱石忌

硝子戸の中の句会や漱石忌  瀧井孝作

漱石忌戻れば屋根の暗きかな  内田百閒

干魚の歯の美しや漱石忌  秋元不死男

漱石忌猫に食はしてのち夕餉  平井照敏

切り抜きのたちまち古ぶ漱石忌  宮坂静生

2010年12月8日水曜日

●12月8日〔3〕

12月8日〔3〕

中嶋憲武


「樹の花」へ行く。

そのまえに何か食べようと思って、煉瓦亭のポークビーンズ載せハンバーグが食いたくなり、八丁堀で降り新富町の「煉瓦亭」を目指したところ、店のあったところは花屋になってしまっていた。がっかりして、宝町の「煉瓦亭」を目指したところ、「さとう」とかいう変なメンチカツ屋になってしまっていて、店の前で店員が呼び込みをやっていたので聞いてみると、「うちが煉瓦亭さんを買わせていただきました。昭和通りを一本入ったところで営業してると思いますが、どこだかわかりません」などとぬかす。木枯のなかにその店員を置き去りにして、煉瓦亭を探しに行く。無い。分からない。とぼとぼとだいぶ歩き回ったので、非常にハングリータイガーになってしまった。

気がついてみると木挽町の交差点に立っていたので、市川海老蔵さんもよく行く「ナイルレストラン」に決める。ナイルレストランといえばナイルロジャースがもとシックのひとだと分かったのは、マドンナがデビューしたときにそのプロデュースを担当していたからだった。と、今日「小島慶子キラ☆キラ」を聞いていたときに西寺豪太さんがシック特集をやっていたので、ふと思ったことだった。シックの4枚組のボックスセットが出るらしい。ちょっと心が動く。シックといえば、大学に入学して最初に口を効いた女の子が、シックをよく聴くと言ったので、ぼくは「おしゃれフリーク」と「グッドタイムズ」くらいしか聴いたことがなかったので、その夜A&Iでレコードを借りて勉強したなんてことを思い出す。故ルーサー・ヴァンドロスもヴォーカルで参加してたことがあったらしいよね。

で、なんのはなしだったっけ?ああ、ナイルレストランね。ムルギランチ食ってそそくさと出る。また大通りを渡って、歌舞伎座の裏の「樹の花」へ。ここはジョンとヨーコがひっそりとお茶を飲んだ店だ。そのいきさつは、枝川公一の本に詳しい。

この店では毎年12月8日になると一日中ジョンの曲をかけている。何年か前、ある女の子と行ったときなどはジョンとヨーコの坐った席に座って、ジョンとヨーコの吸い殻(灰皿にラップがかけてあり大切に保管してあった)を見せてもらった。去年は来れなかった。おととしは山本勝之氏が物故して、そのショックが拭いきれないまま樹の花に来た。ジョンと勝之氏とジョンと勝之氏とぐるぐると交差して、カウンターで涙ぐんじゃったりしたのだった。

コロンビアコーヒーとアーモンドクッキーのレノンセットというメニューがあるのだが(このことはいつかの「豆の木」のアンソロジーのエッセイに書いた) 、今日はなんだか声に出して「レノンセット」と頼むのが気恥ずかしく、チョコレートケーキと樹の花ブレンドをオーダーした。BGMにずっとジョンの曲。

ジェラス・ガイ
パワー・トゥ・ザ・ピープル(Live)
ヤー・ブルース(Live)
冷たい七面鳥
ラブ
マインドゲームズ
真夜中を突っ走れ
♯9ドリーム
スタンド・バイ・ミー
スターティング・オーヴァー
ウーマン
ビューティフル・ボーイ
ウォッチング・ザ・ホイールズ
などかかる。

あれから2年経ってしまったのだな、と思う。

帰ってきて「未完成第2番 ライフ・ウィズ・ザ・ライオンズ」「平和の祈りを込めて プラスティック・オノ・バンド」「ジョンの魂」聴く。

●12月8日〔2〕

12月8日〔2〕

『古川ロッパ昭和日記・戦中篇』(晶文社1987年)より。昭和十六年十二月八日の日記。
十二月八日(月曜)
 日米開戦 米英両軍と戦闘 宣戦布告。
 昨夜十二時に床に入ったが寝られない、朝起きつゞきで悪いくせがついた。今日がゆっくり故、薬はのまぬことにして、ガンばったが二時すぎ迄知ってゐた。十一時起される。起しに来た女房が「いよいよ始まりましたよ。」と言ふ。日米つひに開戦。風呂へ入る、ラヂオが盛に軍歌を放送してゐる。食事、ラヂオは、我軍が既に空襲や海戦で大いに勝ってると告げる。一時開始といふことで十二時半迎への車で出る。砧へ行く迄の道、ラヂオ屋の前は人だかりだ。切っぱつまってたのが、開戦ときいてホッとしたかたちだ。砧へ行くと、今日は大衆でエキストラの汚い爺婆がうようよしてる。平野・斉藤・堀井・上山と出張して来て、相談--然し、正月興行も、日米開戦となっては色々考へねばならないし、今日の気分では中々考へがまとまらず。所前のしるこ屋でくず餅を食ひ、ラムネのみて話し、それから三時迄待たされ、三時から支度して、芝居小屋のセットへ入ったら、暫くして中止となる。ナンだい全く。昨日の大衆撮影で、二階のセットが落ちて、怪我人を出した。エキストラが怪我したので、今日はコールしても恐がって来ないさうで、大入満員の芝居小屋が、エキストラ不足のため、一杯にならないため、中止となったのであるが、何もそれが分っていれば、僕までカツラつけさしたり、衣裳つけさせたりしなくてもよさゝうなものだ。こゝらが撮影所のわけの分らぬところである。此うなると、たゞ自動車賃貰ひに来たやうなもの。開戦の当日だ、飲みにも出られないから、山野・渡辺を誘って家へ帰る、途中新宿で銀杏その他買ふ。燈火管制でまっくら。家で、アドミラルを抜き、僕はブラック・ホワイトを抜いて、いろいろ食ふ。ラヂオは叫びつゞけてゐる。我軍の勝利を盛に告げる。十時頃皆帰り、床へもぐり込む。

徳川夢声『夢声戦争日記』(中央公論社昭和35年)より。昭和十六年十二月八日とその翌日の日記。
十二月八日
(月曜 晴 温)岸井君が、部屋の扉を半開きにしたまま、対英米宣戦のニュースを知らせてくれる。そら来た。果たして来た。コックリさんの予言と二日違い。
 帳場のところで、東条首相の全国民に告ぐる放送を聴く。言葉が難しすぎてどうかと思うが、とにかく歴史的の放送。身体がキューッとなる感じで、隣りに立つてる若坊が抱きしめたくなる。
 表へ出る。昨日までの神戸と別物のような感じだ。途から見える温室の、シクラメンや西洋館まで違つて見える。
 阪急会館は客席ガラ空き、そこでジャズの音楽など、甚だ妙テケレンだ。花月劇場も昼夜ともいけない。夜は芝居の途中から停電となる。客に演説みたいなことをして賛成を得、蝋燭の火で演り終る。
 街は警戒管制で暗い。ホテルに帰り、今日の戦果を聴き、ただ呆れる。

註 岸井明君は阪急会館に映画「川中島」のアトラクションで、谷口又士の楽団と出演。私は若原春江嬢と共に「隣組鉄条網」という軽喜劇で湊川新開地の花月劇場へ出演。「斯うなると敵性の唄なんか具合が悪いですよ」と岸井君はこぼしていた。コックリさんは十二月十日頃米国と戦争が始まると予言していた、と私は誰かに聴いていた。

十二月九日
(火曜 雨)いつになく早く床を離れ、新聞を片はしから読む。米国の戦艦二隻撃沈。四隻大破。大型巡洋艦四隻大破。航空母艦一隻撃沈。あんまり物凄い戦果であるのでピッタリ来ない。日本海軍は魔法を使つたとしか思えない。いくら万歳を叫んでも追つかない。万歳なんて言葉では物足りない。(中略)
 風呂に入り、また床に横たわり、窓を眺める。窓一杯に枝を張つて見える樟樹に、細雨が粛々とそそいでいる。私という個人と、日米戦との関係をいろいろと考える。今度のこの大戦果に私という個人が、どういう役目をなしているのか? それとも全然何の役目もなしていないのか?
 閉場後、穴の開いた番傘を借りて、暗い街を石田守衛君に案内され、酒場シルバー・ダラーに行く。ジョン・ヘイグを目の前で抜いてくれた。チーズとサーディンをのせた黒パンの美味いのが出る。但し税共に三十幾円。

●12月8日

12月8日



2010年12月7日火曜日

●毛皮

毛皮

毛皮まくあごのたまたまひかりけり  室生犀星

淋しめば毛皮のきつねコンと鳴く  仙田洋子

毛皮夫人駅の別離をくりかへす  中嶋憲武 ≫毛皮夫人50句

はりがねの塔を見あげてゐる毛皮  鴇田智哉

馬喰横山見知らぬ国の毛皮吊る  山口東人

2010年12月6日月曜日

【裏・真説温泉あんま芸者】詰め合わせ

【裏・真説温泉あんま芸者】
詰め合わせ

さいばら天気



2年前の今日、山本勝之さんが亡くなった。12月6日は彼の命日というわけです。

(ちなみに、この日を仲間内で「無臍忌=むさいき」と呼んでいる。語の由来を説明すると長くなるので、端折る)

勝之氏の週刊俳句での連載「暮らしの歳時記」

訃報をお伝えした「週刊俳句」後記


供養というのではありませんが、冒頭ページに「山本勝之氏の愛とでたらめに捧ぐ」の献辞のある平山夢明『DINER(ダイナー)』を読みました。



470頁。そのあいだ、ずっと、心がひりひりして、じんわりして、そして最後は、わーっ! そののち、きゅうっ。

いいものを読むと、心が音を立てますね。琴線に触れると言いますが、私のはそんな上等なもんじゃない。臓物系(いわゆるハツ)の音です。

 

もうすぐ出る『超新撰21』(邑書林)の出版記念イベント「超新撰21竟宴」(12月23日)は、まだ空きがあるようです。

詳細:邑書林による

週刊俳句・上田信治さんによる「お知らせ」記事

シンポジウムは第1部も第2部も、どんな展開になるのか予想がつかない感じがしませんか。メンバー構成からして。

 

いろいろな話題を脈絡なく。「詰め合わせ」です。

 

すこし前の出来事になりますが、青木亮人さんが授業で関悦史さんの俳句を取り上げたという興味深いお話。
http://togetter.com/li/69368

「セカイ系」という語は、新しい世代、またサブカルチャー系で定着している語らしく、このへんは私、勘が働きません。関心のある方は、ググるなり、本を読むなり。

【参考】週俳で読める関悦史句。
ゴルディアスの結び目 50句
白雲 10句
60億本の回転する曲がった棒 10句

2010年12月5日日曜日

ホトトギス雑詠選抄〔40〕冬日〔下〕

ホトトギス雑詠選抄〔40〕
冬の部(十二月) 冬日 〔下〕

猫髭 (文・写真)


ここからは余談贅言となるが、言葉の意味そのものに関しては、言葉の専門学者である国語学者の辞書に歳時記は及ばない。例えば「水無月」は、国語学では「無(な)」は連体助詞「の」の意味で「水の月」という意味だが、歳時記では「水の無い月」として誤って流布されていることが多い。

虚子は西村睦子の『「正月」のない歳時記』を読めばわかるように、近代季語の枠組みを作ったが、中にはおかしなものもある。

例えば、「秋の燈」を虚子は『新歳時記』では「古人が灯火親しむべしといつた秋の夜のともしびである」と正しく韓愈の「符読書城南詩」の一節「灯火稍(ようや)く親しむ可く」を引いた上で、「灯下親し」という、古典を踏まえれば間違った傍題を立てている。しかし、虚子は知った上でパロディとして立てているので、蝋燭の時代とは違うという現代的な照明器具の下でと、強引に傍題を据えたということにもなるが、これは「ふゆひ」と違って、無理がある。「大辞林」は「補説」として、「灯下親しむべし」と書くのは誤り、とわざわざ断っている。

「ホトトギス」の句会では「灯火親し」と正しく書くと誰も採らないという噂がある。まさかと思うが、いかにもありそうなのが噂であり、句友が調べると、「ホトトギス」の俳人は99%が「灯下」で投句しているとの調査結果だったとか。わたくしは「ホトトギス」関連の俳人で面識があるのは五人ほどだが、佳句は採る見識の持主ばかりなので、所詮噂は噂に過ぎないとは思う。

蝋燭ではなく電球の時代は燈下に実感があり、句柄によって使い分けることは可という意見はあるだろう。

例えば、燈の下という意味での、

河豚の皿燈下に何も残らざる 橋本多佳子
野を焼いて帰れば燈下母やさし 高浜虚子
春燈下紙にいただく五色豆 清崎敏郎

といった使い方は全く問題ない。しかし、韓愈の「符読書城南詩」が出典である以上、「灯火親しむ」には電燈だからどうこうは論外となる。「引用は正しく」は俳句に限らず、すべてに共通な後世の歴史に対する誠実な姿勢というものである。

「ホトトギス雑詠」が一世を風靡したため、虚子も神格化され、虚子先生が使ったのだからという誤表記や文法の間違いが俳句的ということで継承される傾向があり、波多野爽波もまた「灯下親し」と使い、「灯火親し」が正しいと句座で指摘されたと云う。爽波の主宰する「青」には間違った使い方を許さない気骨ある弟子たちがいたということになる。

改めて「燈下親し」を調べると、

火虫さへ燈下親しむべくなりぬ 虚子 昭和17年

と、やっぱり虚子が元凶だったが、この句は明らかに韓愈の詩のパロディとして詠まれている。したがって、虚子は「燈火」ではなく「燈下」とおどけているわけである。虚子のジョー句は余り受けずに、真に受けられたらしい。

2010年12月4日土曜日

ホトトギス雑詠選抄〔40〕冬日〔上〕

ホトトギス雑詠選抄〔40〕
冬の部(十二月) 冬日 〔上〕

猫髭 (文・写真)


大仏の冬日は山に移りけり 星野立子 昭和3年

鎌倉の谷戸から那珂川のほとり那珂湊へ引っ越しのため、蔵書が段ボール箱の中で右往左往しているので、本連載も途切れているが、十一月だけ抜けるのも間抜けだし、いろいろ採りあげたい句もあった。例えば、波多野爽波が抜粋した「十一月の句」二十句を挙げれば、

矢大臣の顔修繕や神無月 泊雲 大正5年

水棹などあづけてあるや神の留守 宮地子鴨 昭和7年

高山と荒海の間炉を開く 未灰 明治42年

ちんちんと黄泉のそこより十夜鉦 河野静雲 昭和12年

茶の花に月より降りし時雨かな はじめ 大正6年

激論をして別る丘の落葉かな 水巴 大正1年

菜畠へ次第にうすき落葉かな 泊雲 大正3年

しぐるゝや灯待たるゝ能舞台 あふひ 大正8年

老僧の恋に華頂の時雨かな 耕雪 大正12年

道端の小便桶や報恩講 鬼城 大正4年

たまに来て熊野山社の留守詣 常紫郎 昭和4年

時雨忌や雫晴れして梅嫌(うめもどき) 静雲 昭和1年

小さうもならでありけり茎の石 鬼城 大正4年

梨棚や潰えんとして返り花 秋櫻子 昭和4年

乗れといふ舟に紅葉のちりつゞく 河村いさむ 昭和11年

木枯の森へゆく木戸押せば開く 池内友次郎 昭和11年

野々宮やさしわたりたる時雨月 花蓑 大正14年

しぐるゝや目鼻もわかず火吹竹 茅舎 昭和5年

祇王寺は茶殻を干してしぐれけり 大森積翠 昭和6年

祝言のあり風除に子供達 家田小刀子 昭和12年

と並び、「時雨忌」は外せないし(梅嫌の写真も新宿御苑まで足を運んで撮ってきた)、未灰の「炉開き」の句柄も大きいし、河村いさむの「紅葉」の句も大好きだし、小刀子の「風除」に至っては目を細めて愛でたいが、クレージーキャッツの「五万節」ではないが、運んだ本が五万冊(サバ読むな、このやろ~)では、時機を逸して是非無し。

番外編として、小西昭夫虚子百句』(創風社出版、800円)と岸本尚毅高浜虚子 俳句の力』(三省堂、1600円)を取り上げたい。

虚子没後五十年を記念して昨年は神奈川近代文学館で「子規から虚子へ」の企画展に始まり、角川文庫からの虚子の俳句入門書『俳句の作りよう』『俳句とはどんなものか』の再刊、西村睦子『「正月」のない歳時記』と、見ごたえ読みごたえのある催しと出版が相次いだ。今年も小西昭夫『虚子百句』、岸本尚毅『高浜虚子 俳句の力』と、その余波を受けて面白い本が出たが、今回は小西昭夫『虚子百句』を取り上げる。

著者は昭和29年生まれ。「船団」会員。四国松山から出ている月刊「子規新報」の編集長。愛媛新聞の俳句欄の選者でもあり、「無季俳句も新興俳句も口語俳句も俳句の財産である」と考える真っ当な選者である。句集に『花綵列島』『ペリカンと駱駝』『小西昭夫句集』、歌集に『煙草吸うとき』がある。わたくしは神戸の酒席で一度お会いしたことがある。

愛妻家小西昭夫氏蠅叩く 小西昭夫 平成11年

といった飄々とした句を詠む。また、NHK「俳句王国」(平成20年7月5日)でも、

悪人の往生したる涼しさよ 小西昭夫 平成20年

と、実に芸達者で小粋なところを見せた。

君に聞くトマトご飯の作り方 小西昭夫 平成20年

といったプリティな句も楽しい。いわゆる「俳句に無理をさせない」詠み方である。

この『虚子百句』は、「表現されているままに読む。虚子を知らなくても読める」という趣旨で、手軽に読めるように、文庫版俳句鑑賞百句シリーズの一環として、今年の1月に出されたものだ。一頁一句鑑賞で、前半は「表現されているままに読む」鑑賞、後半に句の時代考証が簡単に付く、読者に無理をさせない書き方である。間に「水の力」「虚子の推敲」「主宰の役割」「編む虚子」の四編のエッセイを含む。全編着眼が素晴らしいが、就中「編む虚子」は他のエッセイが二頁なのに八頁にわたる力作で、編集者、選者としての虚子の力量を余すところなく簡潔に伝えていて、わたくしがくどくどと余生をかけて書こうとしていることが全部書いてある。

違うのは、わたくしが虚子の句を余り高く評価していないということくらいだが、小西昭夫の読みを見ると、わたくしの俳句を読む力がヘタレなだけではないかという気がしてくる。例えば、

流れゆく大根の葉の早さかな 高浜虚子 昭和3年

という虚子の代表作の一つがあるが、わたくしは大根の葉、殊に茎が好物で、これをざくざく切って胡麻油でジャコと炒めたものなど、酒の肴、飯の友として食卓に欠かせないほどだから、アフリカの環境活動家マータイさんのように「流れゆく大根の葉やもつたいない」と先ず読んでしまう。大根の葉は沢庵にするにしても葉を切らずに二本束ねて干して、漬ける時に間に葉を間に挟んで漬けるから、葉は洗っている時には切らない。したがって、大根の茎のうまさ、葉のうまさを知らない、大根の葉をちょん切って捨てて洗うというバカヤロウな景ということになる。つまり、この句は人間の暮しの中を通らない句であり、それでわたくしの中も通らない。

まあ、これはわたくしの実家が切干大根と納豆を混ぜる「そぼろ納豆」の名産地で、三浦大根の産地のそばに住んでいたことが大きいので、八百屋やスーパーで葉を切り落とした大根などを売っているとケッとなる育ちだから是非無い。

遠山に日の当りたる枯野かな 高浜虚子 明治33年

という虚子の代表作が、雪国で育った人にはぴんと来ないようなものである。

小西昭夫は、この「大根の葉」の句に対して鑑賞されたさまざまな評言、「精神の空白状態に裏付けされている」(山本健吉)、「九十九パーセントまでの人生の痴呆、一パーセントの恐ろしく強靭な自然を凝視する心の強さ」(平畑静塔)、「近くの小川で大根の葉を洗うといった、近世以降の庶民の生活が典型として抱え込まれており、いま自分の目の前にある光景は、遠い昔から四季がめぐり来るたびに必ず繰り返されてきた光景であり、そして昔の人もまた、そこに自分と同じような感慨を味わったに違いないと、虚子はほとんど確信している、歴史的連想の時間」(仁平勝)を一蹴する。
大根の葉や近代庶民の生活などはどうでもいい。「水」という言葉こそ一語も使われていないが、この句に詠まれているのは「水の力」、「水の普遍性」なのだ。その鮮烈で活力のある生命の源としての「水の力」に魅かれるのである。
と述べている。これは固有性を越えた普遍性のある読み方と言えるだろう。大根の葉をちょん切ったとしても、沈むほどの重さのものが「早さかな」という最大の切字で詠み止められた以上、そこに「水の力」を見なければ読みが浅いと言われても仕方がない。
虚子は水に敏感な俳人である。
という小西昭夫の読みは、言われてみれば、

春の水流れ流れて又ここに 高浜虚子 昭和7年(「流れ」は「くの字点」表記)

にしても、

一つ根に離れ浮く葉や春の水 高浜虚子 大正2年

にしても、水の流れの早さやたゆたいを射止めている。殊に「一つ根」の句は『俳句の作りよう』の「じっと眺め入ること」の章で延々「自句自解」を試みていて、多分「自句自解」史上最長だと思うが、余り嫌味がないのは、自句を他人事のように語る虚子の語り口と、小西昭夫の言う「水の普遍性」に浮いている見事な俳句の力によるのかも知れない。

一点、表記の訓みで通常の俳人の訓みと異なる句があるので、そのことに触れたい。

地球一万余回転冬日にこにこ 高浜虚子 昭和29年

五十嵐播水夫妻の結婚三十周年祝句で、小西昭夫は「ふゆび」とルビを振っているが、『新歳時記』では「冬の日」の傍題として「ふゆひ」と濁らずに訓む。虚子編以外の歳時記も、「ふゆひ」と濁らずに訓む。例外はない。したがって、掲出句の立子句も「ふゆひ」と訓む。

逆に、国語辞書では「ふゆび」と訓む。新しい『広辞苑第六版』然り。『言海』には「冬日」すらない。国語辞書と歳時記が真っ向から異なるという珍しい訓みである。小西昭夫は俳人ではなく一般人として、虚子の句を読んでいることになるが、これは作者が「ふゆひ」と詠んでいるのだから、「ふゆひ」と訓んでやるのがよろしいかと思う。

子規も「冬日」という題を立てているが、わたくしがアルス版の全集で調べた限りでは、すべて「冬の日」で詠んでいる。ただし、蕉門の北枝に「稲干のもも手はたらく冬日かな」という句があるから、江戸時代に例句が無いわけではない。ただ「ふゆひ」と訓むか「ふゆび」と訓むかはわからない。

足に射す冬日たのしみをりにけり 立子

など、わたくしは茨城生まれなので、夏目漱石が茨城の赤毛布(田舎者)は芋をエモと妙な発音すると揶揄していたように、「し」と「ひ」も茨城県人には発音が難しいので「ふゆひ」で訓むと、掲出句もそうだが、非常に読みづらい。「ふゆび」という気象予報用語に耳が慣れているせいもあるだろうが、俳人以外は「ふゆび」と訓むと思う。「ふゆひ」の訓みは、俳句では、虚子が定着させた訓みだと思われる。

訓みは違っても意味は同じとはいえ、例えば掲出句は「ふゆひ」だと大仏から山へ移る日差しが「ふゆび」よりも心もち澄んで響く。「ふゆび」だと零℃以下のきっぱりとした日差しの印象が強く感じる。声に出した途端、言葉が意味を持つためだろう。

(明日に続く)


2010年12月3日金曜日

〔暮らしの歳時記〕熱燗 山田露結

〔暮らしの歳時記〕
熱燗

山田露結


熱燗を飲むとつい「嗚呼」と言ってしまう。
お猪口を啜るたびに「嗚呼」と言うオレの真似をして2歳の次男がジュースを飲んでは「嗚呼」とやる。
これは溜息ではない。

溜息でなければいったい、熱燗を飲むときに出るこの「嗚呼」は何なのか。
酒が体に染みていく感じを人は無意識に「嗚呼」と表現してしまうのだろうか。
熱燗を飲むときには、この「嗚呼」も酒の味わいの要素のひとつとして、かなりの割合を占めているような気もする。

試しに熱燗を飲んだ後、「嗚呼」を我慢してみる。
すると「嗚呼」の代わりに鼻から息が抜ける。
何度か試してみたがやはり同じことである。
鼻から抜ける息を仮に「鼻嗚呼」と名づけてみる。

で、今度はその「鼻嗚呼」も我慢してみる。
ところがどうだろう、苦しくてたまらない。
やはり、何度やってもおなじことである。
その度に息を止めた状態になって、そのまま我慢し続けると窒息してしまいそうだ。

なるほど、熱燗を飲んだときに出る「嗚呼」は酒の旨さを体が表現しているのではなく、人体の仕組みとして飲み物を飲んだ後には必ず洩れてしまうものなのだろう。

さて、人は一生にいったい何度「嗚呼」を洩らすのだろう。
きっと今夜も日本中で数え切れないほどの「嗚呼」が洩れていることだろう。


熱燗のいつ身につきし手酌かな  久保田万太郎

2010年12月2日木曜日

●宇宙人

宇宙人

ブタクサに宇宙の電波飛来せり  桑原三郎

末黒野に捨つるほかなき宇宙船  太田うさぎ ≫出典

灯火親し英語話せる火星人  小川軽舟

宇宙是れ洗濯板にヒヤシンス  攝津幸彦

かはほりは火星を逐われ来しけもの  三橋鷹女

枇杷の実のお尻宇宙の涯は此処  正木ゆう子

夏の星どれか故郷だと思ふ  中嶋憲武 ≫出典


2010年12月1日水曜日

●火事

火事

赤き火事哄笑せしが今日黒し  西東三鬼

映画出て火事のポスター見て立てり  高浜虚子

火事を見る胸裡に別の声あげて  加藤楸邨

一月の火事いきいきと風下へ  三橋敏雄

胸にまだ火事の火の燃え詩集買ふ  皆吉司

暗黒や関東平野に火事一つ  金子兜太

鶏と鶏ぶつかり遠き春の火事  正木ゆう子

地底ですか地底ですねと火事の客  佐山哲郎

ガラス戸の遠き夜火事に触れにけり  村上鞆彦

2010年11月30日火曜日

●When We Was Fab 中嶋憲武

When We Was Fab

中嶋憲武


帰ってきてランちゃん(三毛猫)とかくれんぼ、キャッチボールなどして遊ぶ。ランちゃんは、かくれんぼのとき俺をみつけると得意げに、どや顔をする。こういうどや顔ならば、許す。

昨日はジョージ・ハリソンの命日だったので、朝からジョージのCD聴く。帰ってきてからも聴く。Wonderwall, LIVE IN JAPAN, GONE TROPPO, GEORGE HARRISON, Living in The Material World, BRAINWASHED, THIRTY THREE&1/3, CLOUD9, ALL THINGS MUST PASS, SOMEWHERE IN ENGLAND, DARK HORSE, EXTRA TEXTUREなどバラバラに聴く。GONE TROPPOなど松村雄策氏はけなしていたけれど、キュートでポップな曲ばかりで楽しい。

俳句をやっている人たちは、ビートルズをそれほど聴いてないような人までもジョン・レノンの命日の句はよく作るが、ジョージ・ハリスン誰それってなもんである。微苦笑するのみである。

ALL THINGS MUST PASSのOriginal Jam を聴いていると、ビートルズはジョージひとりでたくさんという気になってくるくらい、ジョージはビートルズっぽい。降参。


2010年11月29日月曜日

●今日は「いい肉」の日

今日は「いい肉」の日

ろくぐわつをあくせくと生き獣肉(ももんじい)  八田木枯

肉皿に秋の蜂くるロツヂかな  中村汀女

弁当の本質は肉運動会  宮本佳世乃

らあめんのひとひら肉の冬しんしん  石塚友二

十二月肉屋に立ちて男の背  正木浩一

ちちははの呼ばわり亡ぶ肉うどん  竹本健司


2010年11月28日日曜日

〔暮らしの歳時記〕初雪 山田露結

〔暮らしの歳時記〕
初雪

山田露結


名古屋から新幹線に乗り、東京駅で中央線に乗り換え、中野駅に到着。
さっそく、駅前の電話ボックスからYの家に電話をかけた。まだ携帯電話のない時代だ。

ところが、いくら電話をかけてみても何故かYの家にはつながらない。
番号の控えてあるメモを見直してもう一度かけ直してみる。
しかし、何度かけてもダメだった。

「Yさんのオタクですか?」

「いえ、違います。」

「そちらの番号は5×6×ですよね。間違いないですよね。」

「はい、間違いありません。」

「すみませんでした。」

「0」を「6」と書き間違えたかと思ってみたり、下一桁に違う数字を書いてしまったのかと思ってみたりして何件も何件も別の番号にかけてみたが、やはりYの家にはつながらなかった。

何時間くらい電話をかけ続けていただろうか。
せっかく東京まで出てきてこのまま帰るのか。
焦る気持ちを抑え、最後にもう一度だけメモにある番号にかけてみることにした。

「すみません、もう一度だけ確認させてください。そちらの番号は5×6×で間違いないですよね。」

「はい、間違いありません。」

「そうですか、すみませんでした。」

がっかりして受話器を降ろした。
テレフォンカードを吐き出して鳴る電話機のピーピーピーという音がむなしく響いた。

途方に暮れるとはこんな気分なんだろう。
あきらめて帰るか、それともどこかで一泊してYの電話番号を調べる方法を考えるか。
しかし、オレとYとの共通の友達はたぶん、今はもう東京にはいない。
いたとしても、やはり連絡先がわからない。

外はすでに暗くなりかけていた。
おまけに雪でも降り出しそうなどす黒い雲が空全体をおおっていた。
寒い。

オレは電話ボックスから出ようと回れ右をして、ガラスの扉を押し開けた。
すると、見覚えのある顔が電話ボックスの前を通り過ぎようとしていた。

「あれ?」

「おう!」

お互い、すぐに気が付いた。
Yだった。

「何だよー、連絡がないからもう来ないのかと思ったよー。おかしいなあと思ってさぁ、駅まで見に来たんだよ。」

Yはそう言いながら、ニコニコ笑ってオレの肩を抱き寄せた。
Yの煙草臭いダウンジャケットに抱き寄せられるとオレの目の奥から一気に熱いものが込み上げてきた。

「何だお前、泣いてるのか。しょーがねえなあ。」

Yはまだニコニコしている。

電話ボックスから何度も何度も電話をしていたことを話しながらYに番号の書いてあるメモを見せた。
どうやら、局番の最初の数字を書き間違えてしまっていたようだった。

「どうせそんなことだろうと思ったよ。あいかわらずバカだなあ。さ、飲みに行こうぜ、飲みに。」

オレたちは駅近くの居酒屋へ入るとすぐに熱燗を頼んだ。
その冬一番の冷え込みだという東京の夜空にはチラチラと初雪が舞いはじめていた。


うしろより初雪降れり夜の町  前田普羅

2010年11月27日土曜日

●パチンコ

パチンコ

パチンコに毒消売の立ちどまる  阿波野青畝

パチンコ店瀧の音なす終戦日  大木あまり

わが貌を映しパチンコ玉冷ゆる  藤田哲史


2010年11月26日金曜日

●コモエスタ三鬼24 凶兆

コモエスタ三鬼 Como estas? Sanki
第24回
凶兆

さいばら天気


昭和12年(1937年)は盧溝橋事件の年。その年のこの一句。

  兵隊がゆくまつ黒な汽車に乗り  三鬼

歴史的事実を抜きにしても不吉な響きをもつその理由は「まつ黒な」あたりにあるのでしょうか。〈兵隊がゆくくろがねの汽車に乗り〉ではまったく違った雰囲気の句になります。

三鬼が戦争を直接詠んだのは、おそらくこの句が最初。〈機関銃熱キ蛇腹ヲ震ハスル〉に始まる「戦火想望」の連作「戦争」はこの句の2年後、昭和14年の作。

この句を読んで思ったのは、ユーリ・ノルシュテイン「話の話」に出てくる汽車の音のこと。



未見の方、パート1からどうぞ。必見のアニメです。


※承前のリンクは 貼りません。既存記事は記事下のラベル(タグ)「
コモエスタ三鬼」 をクリックしてご覧くだ さい。

2010年11月25日木曜日

●鯨



曳かれくる鯨笑つて楽器となる  三橋敏雄

ことごとく老いて鯨の煮ゆる昼  攝津幸彦

情事に似たりこもりて鯨煮ることよ  草間時彦

さらしくじら人類すでに黄昏れて  小澤 實

寝物語りに鯨の声の小さかり  大石雄鬼

気絶して千年氷る鯨かな  冨田拓也

2010年11月24日水曜日

●映画へゆくのさ 中嶋憲武

映画へゆくのさ 中嶋憲武


今日は映画を観に行った。

ゲゲゲの女房」。つまらなかった。監督は鈴木卓爾という脚本家でもあり俳優でもあるという才能を持て余しているような人。知らなかったので検索してみると、なんと、かの「うた魂♪」にも出ている。金町高校合唱団の顧問という役だ。どこに出てたのか、とんと思い出せない。

音楽が鈴木慶一さん。貸し本屋のおやじの役で出演もしている。ラストのテーマが、ムーンライダーズ。慶一さんが「♪ゲゲゲのゲったらゲゲゲのゲ~」という調子で歌う。これはよかった。

欲張ってもう一本観る。ほんのお口直しのつもりであった。

ノーウェアボーイ」。つまらなかった。かのジョン・レノンがビートルズになる前の物語という触れ込みであったが、物語の年代を考えるとシルバービートルズとして活動を始めたころまでの物語ではないだろうか。つまり1956年頃から1960年頃までの話と思える。撮影期間が短かったと見えて、初秋から晩秋の風景が美しい。どう考えても4年間くらいの話であるが、秋に全部撮っている。服装もあまり変らない。潔い。

そこへ行くと、「ゲゲゲ」は予算も撮影期間も少なかったと見えて全シーン冬の撮影であるにも関わらず、さむざむとした風景の中で、夏を現すために出演者が半袖、ノースリーブなどを着用に及んでいる。変。それに昭和30年代の話なのに、現在の東京駅と現在の調布駅前などが出て来る。出演者は昭和30年代のコスチュームで、周囲の通行人は現代の服装。変。このふたつのシーンはストーリー上、さほど必要なシーンとも思えない。

朝、雨が降っていたので映画を観たい気持ちになった。
♪今日はひどいから
 雨もひどいから
 映画へゆくのさ
てなもんである。


「ゲゲゲの女房」⇒公式サイト
「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」⇒公式サイト

●第3回 俳文コンテスト

第3回 俳文コンテスト

趣旨&募集要項

2010年11月23日火曜日

●労働

労働

月見草勤労の歩のかく重く  竹下しづの女

鋼鉄の昼の暗さを働く頸  鈴木六林男

労働歌蚯蚓うるほひ身を進む  津田清子

労働祭赤旗巻かれ棒赤し  三橋敏雄

2010年11月22日月曜日

●尻



学問は尻からぬけるほたる哉  蕪村

湯上りの尻にべつたり菖蒲哉  一茶

尻据ゑし厠の屋根の瓢かな  青嵐

貝掘りの尻を数へん豊後灘  飴山 實

朝日あり童貞の尻固すぼみ  金子兜太

一行の詩があり朱夏の豚の尻  高野ムツオ

尻さむし街は勝手にクリスマス  仙田洋子


2010年11月21日日曜日

●帽子

帽子

炬燵にて帽子あれこれ被りみる  波多野爽波

草も生えぬ島に忘れてきた帽子  橋 閒石

三島忌の帽子の中のうどんかな  攝津幸彦

2010年11月20日土曜日

●カーテン

カーテン

カーテンの隙一寸の初明り  瀧 春一

カーテンの波うちぎはへ春の雪  生駒大祐

カーテンの折り目の固き帰省かな  岡本飛び地

カーテン吹かれ虫籠に届かざる  藤田哲史

どの窓もカーテン吹かれ卒業す  榮 猿丸

カーテンのはさまつてゐる扉かな  山口東人

2010年11月19日金曜日

●ラジオ

ラジオ

手まくらにラヂオ快調蝿うまる  飯田蛇笏

歯車になつた心地で聞くラジオ  相原左義長

雪降るとラジオが告げている酒場  清水哲男

父の思想の櫻の国のラヂオ商  攝津幸彦

ブエノスアイレス遠いラジオに降り積む雪  長谷川裕


2010年11月18日木曜日

〔暮らしの歳時記〕初しぐれ 山田露結

〔暮らしの歳時記〕
初しぐれ

山田露結


「ゴムしてるのにイク前に抜くの?」
ユカリが少し不思議そうな顔で言った。
「え?だって、万が一ってこともあるだろ。」
オレがそう答えるとユカリは
「ふーん、優しいんだ。」
そう言って、ティッシュペーパーを三枚ほど抜いてオレに渡した。
「何だよそれ。どういう意味?」
オレは苦笑いしながら言った。
「だって、私のこと人間扱いしてくれてるんだって思って。」
「だから、何だよそれ。」
ユカリは何も言わずに俺の腕にそっと抱きついてきた。
「どうしたの?」
「ううん、うれしいの。」
そのとき、ユカリは少し涙ぐんでいるようにも思えた。
外は雨らしく、かすかな雨音を窓越しに聞いていた。

初しぐれ今日菴のぬるゝほど  高井几董

2010年11月17日水曜日

●運河

運河

花種買ふ運河かがよひをりしかば  石田波郷

草摘に光り輝く運河かな  川端茅舎

裁判や冬の運河に花流れ  島津 亮

夾竹桃運河一本鉄のごと  永方裕子

行春や機械孔雀の眼に運河  中村安伸



2010年11月15日月曜日

●電車

電車

電車行くそばに祭の町すこし  高浜虚子

手のアネモネ闇ばかりゆく灯の電車  中村草田男

日脚伸ぶ電車の中を人歩き  神蔵 器

百年後のいま真白な電車がくる  小川双々子

アフリカ飢餓ここに電車に藻のように  高野ムツオ

葉桜の頃の電車は突つ走る  波多野爽波

春昼の廊下のごとき電車かな  仁平勝

天道蟲宵の電車の明るくて  田中裕明

桃咲くやこの世のものとして電車  山口優夢


2010年11月14日日曜日

●九官鳥

九官鳥

紙漉いて九官鳥も可愛いがり  京極杞陽

眼の澄める九官鳥に日除かな  大木あまり

九官鳥同士は無口うららけし  望月 周

2010年11月13日土曜日

●地球

地球


地球凍てぬ月光之を照しけり  高浜虚子

マリが住む地球に原爆などあるな  渡辺白泉

家毎に地球の人や天の川  三橋敏雄

金色に茗荷汁澄む地球かな  永田耕衣

煩悩も地球も古き秋の暮  攝津幸彦

蝌蚪滅ぶのち満水の地球かな  仁平勝

ハッピーニューイヤーレタスのごとき地球浮き  和田耕三郎

湯たんぽの地球に落ちておりにけり  五島高資

手花火の君は地球の女なり  高山れおな


2010年11月12日金曜日

〔人名さん〕半開き

〔人名さん〕
半開き


紅葉散るモンローの口半開き  鳥居真里子



2010年11月11日木曜日

●荻窪

荻窪

昼顔のここ荻窪は終の地か  角川源義

さやうなら笑窪荻窪とろろそば  攝津幸彦

荻窪に茣蓙屋があればこそ涼し  筑紫磐井

荻窪や屋根のあはれの桐の花  永島靖子

2010年11月10日水曜日

●目玉焼

目玉焼

吾が英語通じて春の目玉焼  鈴木鷹夫

ひとりなれば法然忌にも目玉焼  星野麥丘人

新緑に置き完璧な目玉焼  小久保佳世子

冬晴や醤油をはじく目玉焼  彌榮浩樹




2010年11月9日火曜日

〔人名さん〕木葉髪

〔人名さん〕
木葉髪


木葉髪あはれゲーリークーパーも  京極杞陽

ゲーリー・クーパー1901年5月7日生まれ。京極杞陽1908年2月20日生まれ。7つ年長でゲーリークーパーは京極杞陽のお兄さん世代。木葉髪は、自分の近未来でもあろう。

(さいばら天気)

2010年11月8日月曜日

●熊本電停めぐり08 新町 中山宙虫

熊本電停めぐり 第8回 洗馬橋(せんばばし)

中山宙虫

3号線上熊本駅前~健軍町の8番目の電停。
上熊本から所要時間10分。

10月27日(水)
16時。
所用で仕事を休む。
その帰りにやってきた。
専用軌道を抜けて出てくる電停がここ「洗馬橋」。










ここは、あの童謡「あんたがたどこさ」の舞台とされているところ。
正式には「肥後手毬唄」というそうで、全国的に知られているまりつき唄。
そんなわけで周辺には狸の像があちこち。







郵便局のポスト。










画材店にも。










もちろん電停にも。
この狸の像「ふれあい親子狸」には御利益がありそうな看板も。


そして、電停の名になっている橋にも。










しかし、よく見てみるとこの橋の反対側には、へんてこな海老が乗っている。
「あんたがたどこさ」に海老が出てくるらしい。
記憶をたぐってみると、そのような気がする。
船場橋の案内板のうえのへんてこな格好をしているのが海老。












歌詞をたぐってみると。
♪あんたがたどこさ 肥後さ 肥後どこさ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場さ 船場山には狸がおってさ それを猟師が鉄砲で撃ってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ それを木の葉でちょいと隠せ♪
狸が出てくる。
これにあわせて女の子たちはまりをついた。
「ちょいと隠せ」でまりを背面キャッチしていた記憶がある。
スカートの時代はスカートのなかに隠してフィニッシュもあったような話だ。
さて、えびはどうなのか?
もうひとつの歌詞。
♪あんたがたどこさ どこさ 肥後さ 肥後どこさ 熊本さ 熊本どこさ 船場さ 船場川にはえびさがおってさ それを漁師が網さでとってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ♪
えびが出てくる。
こういう歌詞があったのだ。
ところで、この唄は埼玉県川越が発祥とする説がある。
考えてみれば、熊本にいて、「あんたがたどこさ?」と問われ、「肥後・熊本」と答えるのも変な話。
旅先で、問われ答えた話とすればわからなくもない。
真相は狸と一緒に藪のなかでいいか。
それに橋の名は「船場橋」と明記されている。
昔、このあたりが船着き場だったようで、この名がついたという。
電停の名は「洗馬橋」。
船着き場で荷を運ぶ馬を洗ったからなのだろうか?
もうひとつ、船場橋が渡る川は「坪井川」。
船場川はない。
ましてや、山があるような場所ではない。
船場山はどこだったのだろうか?
案内板には藪だったという記述があるが、今はもうすっかり市街化してしまって、狸の住める場所はない。
電車はこの「船場橋」を渡って、熊本市の中心部へ。
ここまでは、古い街並みが続いていたが、随分にぎやかになっていく。
電車がきた。
右側の電車が「建軍町」行き。


橋を渡るとき気づいたことがある。
熊本城が見える。
ほんの一瞬だが。
この路線でここがまず最初に熊本城の天守閣を見ることができる場所だったのだ。
坪井川に沿った熊本城の石垣。
手前は、今は県立高校が建っている。
この石垣にひょっとして狸は棲んでいるのかもしれない。
そう思う。


次回の電停は「西辛島町」。

2010年11月7日日曜日

●窓



江戸住や二階の窓の初幟  一茶

夕顔や酔てかほ出す窓の穴  芭蕉

窓の燈の草にうつるや虫の声  正岡子規

雪隠の窓から見るや秋の山  夏目漱石

玻璃窓に来て大きさや春の雪  高浜虚子

窓にすぐひろがる港金魚玉  木下夕爾

日のあたる窓の障子や福寿草  永井荷風

窓々の灯のおちつきのすでに冬  久保田万太郎

しやぼん玉窓なき厦の壁のぼる  橋本多佳子

王(ワン)氏の窓旗日の街がどんよりと  西東三鬼

ジプシーに占はせをり窓の春  高野素十

窓あけて虻を追ひ出す野のうねり  富澤赤黄男

窓も句集も四角なりけり暑気中り  池田澄子

火事跡に焼けのこりたる窓のあり  藺草慶子

万緑も窓も無傷と思ふなり  櫂未知子

花町の窓なり魚の飛ぶひかり  宇多喜代子

初夏に開く郵便切手ほどの窓  有馬朗人


2010年11月6日土曜日

●おんつぼ36 テッサの歌、灰色のワルツ、アデルの恋の物語 四ッ谷龍


おんつぼ36
テッサの歌、灰色のワルツ、アデルの恋の物語

四ッ谷 龍


おんつ ぼ=音楽のツボ




秋の雨が降りつづきます。
中庭の木が濡れてひかりをこぼしています。
景色を見ている私の心も、しとしとと雫していくようです。
こんな日は、窓辺に灯をともしてレコードに針を落としてみましょう。「テッサの歌」を聴くために。静かな悲しい曲です。雨だれがガラス窓を伝うのにつれて、音符も上から下へとしなだれていきます。
もし私が死んでも 鳥たちが囀りを止めるのは一晩だけ。
もし私が死んだら 別の人が現れ あなたはいつか私を忘れるでしょう。
そして生のよろこびがあなたの視線を
また洗い清めることでしょう。
朝 あなたは見るでしょう
山が明るみ 私の墓に幾千もの花がひらくのを。
私はいなくなり 美しきものはよみがえる。
私のただ一人の恋人よ!
作曲者のモーリス・ジョベールはフランス人。戦前、おもに映画音楽の分野で活躍した人です。『舞踏会の手帖』の主題曲「灰色のワルツ」は、曲を後ろから前に向けて演奏し、レコードを逆回転させて再生するという、前衛的な手法を駆使したユニークなワルツとして有名です。
第二次世界大戦が起きるとジョベールは軍隊に志願しますが、1940年に戦場で銃弾を受けて死去してしまいます。40歳でした。
戦後になると、ジョベールの名は忘れられていきました。しかし彼の音楽を大事に思っている、ひとりの映画監督がいました。フランソワ・トリュフォーです。彼は、「映画に合わせて音楽を付けていく」のではなく、「ジョベールの音楽に合わせて映画を撮る」ことを思い立ちます。ジョベールのいくつかの音楽作品を選び、それに合うように画面を作っていこうとしたのでした。
こうして完成した映画が、ヴィクトル・ユゴーの娘アデルを主人公とした名作「アデルの恋の物語」です。
トリュフォーは、続く映画「緑色の部屋」でもジョベールの音楽を使用します。亡き妻のために礼拝堂を建立しようとする男についての映画です。完成した礼拝堂には、妻や大切な人たちの写真が飾られます。そこにはジョベールの肖像もあり、トリュフォー自身が演じる主人公は、作曲家について語ってみせるのです。

演奏者についてひとこと触れておきます。歌手のイレーネ・ヨアヒムは、名ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムの孫に当たります。(ヨーゼフはブラームスの若き日の親友でした)
ドビュッシーの歌曲を歌わせたら、彼女の右に出るものはいないでしょう。弱音が続く部分に熱い情熱を込めて表現することを得意とする、名歌手でした。

雨の日に似合う度 ★★★★★
いまどき共感されやすい度 ★★★



2010年11月5日金曜日

●ペンギン侍 第41回 かまちよしろう

連載漫画 ペンギン侍 第41回 かまちよしろう

前 回


つづく


【再・告知】
ペンギン侍でおなじみのジョーが、『早稲田OB漫』に出張出演!
かまちよしろう「沈思犬ジョー」(p135-)
豪華執筆陣によるこの本、週俳・ウラハイでおなじみの長谷川裕さん、上田信治さんも登場。

2010年11月4日木曜日

●誌上句会「福助」・選句一覧(4)

誌上句会「福助」・選句一覧(4)

選句一覧と作者です。句数が多いので、1日1題ずつ、4日間にわたって発表させていただきます。

誤記・漏れ等お気づきのときは、tenki.saibara@gmail.com まで。

感想その他なんでもコメント欄にどうぞ。≫コメントの書き込み方



【足袋・靴下・ストッキング・下着関連】  

替への足袋入れてすなはち旅の荷に  小川春休
■読者は「そうですか」としか言いようがない。(るる)
■芸人さん? 中原さんならそんな事も。(痾窮)

儚いとつぶやくことも夜の下着  sono
○沖らくだ
■詩的なんだか下世話なんだかよく分からないところが好き。(沖らくだ)
■諦念諦観、歳と共に不如意に。(痾窮)
■下着は儚い、下着を脱いで現れ出でた真のリアルをただ耐えよ。(知昭)

海からの霧シュミーズのような霧  天気
○信治○藤幹子
■白黒の怪談映画のような景。(信治)
■しっとりすべすべで少し冷たくてその奥は見通せない。素晴らしい。(藤幹子)
■悪くないが、リフレインが効いていない。「海からの霧シュミーズのごときかな」だったら採る。(るる)
■直喩の説明。(痾窮)
■薄い生地のような霧、との見立てはなかなか。(知昭)

靴下を重ねてまるめ露時雨  どんぐり
○中村遥○岡本雅哉
■〈露〉といえば儚さを思うが凛とした美しさもイメージする。靴下をきちんと重ねて丸めて畳む人の凛とした姿が目に浮かぶ。そしてその人の生き様まで伺えるよう。(中村遥)
■露時雨の中に帰ってくる人のために、 靴下をセットしてあげているのかな?(岡本雅哉)
■結果、原因。(痾窮)

秋風やドロワーズ穿く偽メイド  るる
○内田董一
■原因・結果か? しかし「偽メイド」という言葉、俳句にするなら今のうちでしょう。先を越されました。(内田董一)
■メイド喫茶、ご愁傷様。(痾窮)

ブリーフは履かずに蚯蚓鳴きにけり  知昭
○山田露結○真冬○廣島屋○痾窮○岡本雅哉
■パンツをはかない人がいる。学生だった頃(約20年前)、あるブティックのオーナー主催の忘年会(ブティック主催とは言っても普通の居酒屋の座敷だったが)に出席したところ、なんと甲本ヒロト氏が来ていた。歌ったり踊ったりと賑やかな宴会だったが、場が盛り上がってきたところで、誰かがヒロト氏に「ヒロトさん、パンツはかないって本当ですか。」と聞いた。するとヒロト氏は「はかないよ。」と言いながらジーンズのファスナーを下ろしたのだった。確かにはいていなかった。そこにいた全員がヒロト氏のありがたいものを拝ませていただいた。掲句の、ブリーフをはかない理由はよくわからないが、その意味不明な行為と「蚯蚓鳴く」という風変わりな季語との取り合わせが面白い。あれ?でもこれ、単なるエッチのあとの自虐的シモネタか?
■ブリーフこそ鳴く蚯蚓と類想される質感なのですね。季語の嘘を嘘にさせないように嘘をついています。(真冬)
■ブリーフは「履く」のではなく「穿く」のが正しいと思います。でも面白い。(廣島屋)
■ミミズにブリーフは無理。(痾窮)
■秋なのに、ブリーフを履いていないのは情事のあとか。 ブリーフに中年の哀愁が。(岡本雅哉)
■ブリーフを穿かずにGパンを穿いている感じか、それこそフルチンなのか。蚯蚓鳴くでどう繋がるのか、思いを巡らすのにはいいのですがちょっと遠 いでしょうか。(小早川忠義)

五本指ソックス左だけに穴  沖らくだ
○sono○埋図○小早川忠義○正則○風狂子
■五本指ソックス愛好者としては外せません。あれは穴が空きやすいのです。ただのソックスと違って左右がはっきりしています。先に穴が空く側は決まっています。納得の一句。(sono)
■右とか左とかはっきりしないのが靴下なのだが、そうとは行かないいやな奴がある。困ったものだ。国家賠償が嫌だとか、財政負担が嫌だとか、銭を何かに使いたいと思っている連中がそんなことばかり云うんだ。(埋図)
■左に重心がかかって擦り切れている靴下。それも五本指とは。仕事に真面目でちょっと癖のある姿勢の男なんかを思い浮かべます。一読してなんでも ないところが逆に興味を引きます。(小早川忠義)
■最近では、5本指の靴下も、作業用以外にもよく見かけるようになった。私の作業用の靴下も洗濯して穴が開くことがあり、これには右左があるのがよくいえている。(正則)
■実景にして色々な深みを感じさせる(風狂子)
■左側の靴下に穴があると云う内容では、五本指の靴下と云う設定に意味がない。指のところに穴がある、という内容にしたらいかが(るる)
■ま、そういうものです。(痾窮)

身分証明書入りTシャツ2月後悔する新年  埋図
■確かに大変。でも、報告を越えてほしい。(るる)
■不勉強につき読解不能。(痾窮)

足袋履いて辻中に木の実落ちたる  宮本佳世乃
○文香
■「たる」でわかる、しばし驚いたままの彼。彼の目は木の実のように丸く。(文香)
■「辻中」が解らない。(痾窮)
■「辻中」が妙味、そうそうこの言葉は出てきませんよ。(知昭)

ストッキング破らふ秋の虹すぐに消え  近恵
○痾窮○知昭
■あせりなさんなって!(痾窮)
■わざわざ「破らふ」と言うにはよほどの訳があるのか、それとも秋の虹が早々消えてしまっていらいらしてしまうのか。ストッキングも秋の虹も、どこかはかない。(知昭)

靴下の見得を切つたる村芝居  義知
○文香○鈴木不意○猫髭○中村遥○恵
■君の靴下にくぎ付け。靴下しか見えない。(文香)
■役者の足元を見たら足袋ではなくて普通の靴下だったという、まことしやかな句。でも村芝居なら許せる。(鈴木不意)
■村芝居だからこそ足袋を履くだろうから作り過ぎの感もあるが、どこにも粗忽者はいるのだろう。(猫髭)
■靴下が面白い。かわいい子供歌舞伎の役者を思う。(中村遥)
■足袋に替えるのを忘れちゃったんでしょうね。見てるこっちはもうそれに気がついたらそこばかり気になってしまう。可笑しいです(恵)
■「靴下を履いたまま」は「靴下の」に省略できない。(るる)
■時代劇で衣装をけちった。(痾窮)

銀杏もみぢ足袋に込めたる指ゆるぶ  文香
○宮本佳世乃
■ちょっとゆるんだ感じがいいと思います。(宮本佳世乃)
■私自身で言えば靴を履かない生活が続くと足指は成長します、足袋の方が伸びたのでしょう。(痾窮)

秋の夜のズロース踏んで帰りけり  山田露結
○小川春休○天気
■部屋の情景やその持ち主、持ち主と作中主体の関係性などなど、「ズロース」から連想がぐんぐん広がります。他の下着類にはないパワーが「ズロース」にはある。ズロースパワー。(小川春休)
■これ、相手はクロウトですね(天気)
■こういう、ロマンなき四畳半ちょんの間も、また良し。(藤幹子)
■洗濯物が落ちているのはあり得ること、でなければ事件。(痾窮)

高西風や絹の靴下たくし上げ  小早川忠義
■「や」切りの必然性が不明。(痾窮)

ランニングシャツ干してある秋桜  信治
■風景。(痾窮)

肉まんにふんどし遠く落葉掃く  真冬
○文香
■まさか、肉まんが何かのメタファーなはずがない。まさか。(文香)
■物ABCの自己主張強し。(痾窮)
■きりっとふんどし締めて、新蕎麦をさらりとすすりこむ、いやあ男の句だねえ。(知昭)

ストツキングはいて始まる愁思かな  中村遥
○風族○山田露結○鈴木不意○中塚健太
■おかまさんの句として戴きました。(風族)
■おそらく、ストッキングをはいているのは男性だろう。ストッキングの下にはパンツも何もはいていない。股間には網で救い上げたモズクのような盛り上がりが見える。この情けない男性の姿を言い止める季語は、やはり「愁思」なのだろう。(山田露結)
■朝の出勤の支度だろうか。普通に読めば朝のOLさんの憂いかな。これを、夜の出来事と深読みしたら、話は違ってくるのだが。(鈴木不意)
■出社前の景とすると、会社へ行くのイヤだなあと思いつつ、ストッキングを履いて戦闘モードに切り替わるという心理はよくありそうです。が、心底イヤな場合、行かなくちゃと思って起きたものの、何かの行為で、この場合ストッキングを履いたところで、急に辛くなるということもありそうに思います。(中塚健太)
■作中主体が男性なら当たり前。女性なら、読者に愁思の理由がわからない。(るる)
■敢えて無季にしたのか?朝より夜の不首尾な逢瀬の後のストッキング。(痾窮)

秋雲のあたり靴下干しにけり  中塚健太
○宮本佳世乃○義知
■こういう生活がしたいもんです。(宮本佳世乃)
■靴下を干そうとしたらその先に秋の空。雲に洗濯物をひっかけたよう。(義知)
■風景。飛行機雲にでも干してほしい。(痾窮)

前貼りの君ピースする夜食かな  藤幹子
○廣島屋○痾窮
■下着関連という兼題で「前貼り」とは……やられました。(廣島屋)
■「かな」止めは厭だけど。AVの撮影現場が見えるよう…(痾窮)
■「君」が男性なら、前貼りが取れてしまう事を心配した方が良い。食べている場合でない。女性なら、男性が襲ってくる事を心配した方が良い。魅力的な光景だが、公序良俗的に問題。(るる)
■スゴイ図柄だ。下着じゃないし^^;度胸に一票入れたいところですが、次点でスミマセン。(沖らくだ)

靴下を脱ぎ散らかして三島の忌  内田董一
○埋図○小早川忠義
■そう言えば、そんな名前の人がいた。大政奉還とか云って、天皇を担ぎ出したのもいたが、アメリカ政治家も、天皇を利用したっけ。それを三回も持ち出したなんて信じられるか。まるで靴下を履き替えるようにだ。でも思い出すなあ、中学生の時、天皇に手紙を出したいと思いたった。宛て先が分からんから、担任の教師に聞いたが、知らないようだった。いや、校長まで出て来て、どんなことを書くのかと言う。天皇になるのはどうしたらいいか直接聞きたいと正直に云った。呆れたという顔で、勉強が足らんぞと云われ、諦めた。世襲じゃんか。担ぐしかないじゃんか。(埋図)
■憂国忌であるならば、講堂に集団で正座しながら黙祷をといったところでしょうか。我先に並ぼうとして脱ぎ散らかされた靴下の先にはこの上ない静寂が。(小早川忠義)
■自刃する時は靴はそろえる、靴下も。(痾窮)

菊月のガーターベルト爆ぜにけり  猫髭
○真冬
■菊月が効いて「太ったので爆ぜた」という線が和らぎます。駆逐艦「菊月」を遠望してしまいました。(真冬)
■はぜる、が肉感的で好きです。(藤幹子)
■なぜ菊月?(るる)
■馬も女も肥える秋。(痾窮)

靴下の片われさらば雁渡し  風族
○義知
■靴下の形が雁行の鉤型に似るか。(義知)
■季語との関連理解不能。(痾窮)

下着まで取替え本家の墓参り  正則
○風族○岡本雅哉
■こういう嘘は好きです。(風族)
■下着まで取り替えるのは奥さんか。 本家と分家の相容れなさ、よそよそしさを感じました。(岡本雅哉)
■なかなか良い句。知りたくない内容だが、面白い。(るる)
■「本家の」で無くても良い事も悪い事も何時何が有るか解らないので外出時の下着は…(痾窮)

十六夜の軍足干され足二本  鈴木不意
■3本なら怪奇、1本なら痛ましい、2本で結構。(痾窮)

新蕎麦や六尺締めてゐるといふ  廣島屋
○内田董一○真冬○藤幹子○どんぐり○恵
■季語と六尺は近いかも? しかし下五で伝聞にしたことで、ソバも褌も句そのものも、のびてしまったような、面白いイメージが生まれていました。(内田董一)
■「といふ」が作者とふんどし男子との距離をささやき、その実感を新蕎麦がほどよく湿らせています。(真冬)
■ちょっと驚きが感じられるのが良いです。蕎麦屋という舞台も効いている(藤幹子)
■職人はこれでなくちゃあ。(どんぐり)
■そんなどうでもいい情報いらないとか思いながらも話を広げて盛り上がってしまう、そんな蕎麦屋でのワンシーン。ネタとして面白すぎです(恵)
■「六尺締めてゐるといふ」が巧い。(るる)
■「新蕎麦」なので、かくしゃくとしたお爺さんを連想しました。蕎麦屋の常連なら、こういう人いそう。(沖らくだ)
■蕎麦を喰いながらの話題としては不適切か?(痾窮)

行く秋のパンツの内のわだかまり  痾窮
○信治○sono○沖らくだ○小川春休○風狂子
■「行く秋」が動かないw(信治)
■「わだかまり」とはパンツに仕舞われているもの、ということを学ばせていただきました。(sono)
■なんというか…^^;笑ってしまったので一票。いつでもありそうで、やっぱり「行く秋」だからこそ「わだかまり」なのかも、と妙な納得。(沖らくだ)
■パンツの内のわだかまりは、性や排泄、あと病、などなど様々なものを思わせます。程よい生々しさに好感を持ちました。(小川春休)
■冬に向かうアンニュイな感じを絶妙に表現(風狂子)
■季語の斡旋により、生理現象が起こす喪失感とフラストレーションがうまく出ている。ただ、「よくわかります」以上の反応を期待できない。(るる)
■これ、女の子の作品だったら魂消ますが、「内」より「中」ってやった方がとことん下品になって良かった気がします。(小早川忠義)
■永遠の「わだかまり」。生きていくかぎり逃れられない「わだかまり」(天気)

 

ご参加のみなさま、ご観覧のみなさま、お疲れさまでございました。ご参加のみなさまには、選句要領等、ご協力いただき、ありがとうございました。

また、時機を見て、やりましょうか。誌上句会。(当番・天気)


2010年11月3日水曜日

●誌上句会「福助」・選句一覧(3)

誌上句会「福助」・選句一覧(3)

選句一覧と作者です。句数が多いので、1日1題ずつ、4日間にわたって発表させていただきます。

誤記・漏れ等お気づきのときは、tenki.saibara@gmail.com まで。

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【上or下】  

「上を向いて歩かう」聞こゆそぞろ寒  廣島屋
○風狂子
■選曲が良い(風狂子)
■歌謡曲の幻聴句は類想の山。(るる)
■何故あの曲が全米1位に?(痾窮)

オートバイ事故皿の上の焼秋刀魚  内田董一
■そんなこと言っている場合でなく、救急車を。(るる)
■炎上悲惨な事故。(痾窮)

きよみづにこれは上田の足袋の秋  文香
○廣島屋○知昭
■まるでとってつけたような下五の「秋」には笑ってしまいました。そしてこの句の場合「上田」という名前が外せないような気がしてきました。(廣島屋)
■京の「きよみづ」に落ちているの「上田の足袋」。上田さんの足袋なのか、それとも信州上田の足袋なのか、とにもかくにも深まりゆく京の秋の風情にあふれた一句。(知昭)
■いいリズムなんだけど…(痾窮)

ふぐり来て高さ生まるる橋の上  真冬
○藤幹子
■ふぐりを意識してしまうお年頃ですね。(藤幹子)
■身長を測る器具と相似。<「ふぐり」は睾丸、陰嚢、きんたまの意の古語(hatena)>(痾窮)

ヘアスタイルなぜならば資本主義墓地下  埋図
■なぜだろう、なんとなくわかるようでわからない。(るる)
■読解不能。定型じゃないからではなく、です。(痾窮)
■「なぜならば」って「だって資本主義だから」と続く終わりなき禅問答。(知昭)

やや寒のトイレの蛇口上げをれば  どんぐり
■「トイレの蛇口」が乱暴な省略。(るる)
■若しかしてチン×コ?…私もう極寒。(痾窮)

以下同文ひるすぎ野分現れて  知昭
○るる○廣島屋○鈴木不意
■初五が面白いです。野分による広範囲に渡る被害を描いています。(るる)
■下五「現れて」はひらがなに開いた方が好みですが。(廣島屋)
■何が「以下同文」なのかは知らぬが、午後から野分という関係のなさに不思議な戸惑を覚えた。(鈴木不意)
■「現れて」?人の名前みたい。(痾窮)
■「ひるすぎ野分現れて以下同文」なら「階段を濡らして昼の来てゐたり 攝津幸彦」の本句取りとして頂く。(猫髭)

黄落や兄あちこちに土下座して  小早川忠義
○sono○正則○中塚健太○知昭
■こんな悲しい句は初体験。ほんとうに悲しい。(sono)
■私には兄はいないが、まじめな兄と、やんちゃな弟の姿が見える。(正則)
■肉親のことは心が痛みます。悲しいけどハラハラと涙のような黄落がせめてもの慰めということでしょうか。中七下五は虚構と推察しますが、上五の効果か、物語のように共感できました。(中塚健太)
■「土下座の兄」の姿はこの弟か妹にどう映るのか、ひたすら頭を下げ続けるのが情けないのか、自分たちのせいでと申し訳なく思うのか。「黄落」のわびしさで一句が引き立つ。(知昭)
■黄落というより、木の葉髪になりそう。(るる)
■弟の不始末で。(痾窮)

雅樂の荷解くや返り咲く下に  中村遥
■他の荷物でも成立してしまう句。(るる)
■読み切れない。(痾窮)

銀漢や上水道と下水道  山田露結
○内田董一○埋図○猫髭
■景の大きい、わかりやすい取り合わせ。乱暴なようで意外に繊細、潔さもあります。(内田董一)
■融資を頼む際、誰だって正門から行くバカはいない。誰かを頼んで護衛を前後に配置して、ちゃんと管径を調べた上で、貸し剥がしとかさせん様に手を打つさ。第三のルパンはちとまずったな。(埋図)
■観月時に酔って短冊回しをやると、空を見たら地べたを見ろという取り合わせで遊ぶ奴が必ず出てくる。誰が詠んだか忘れたが「名月や風呂の流るる下水道」というのがあった。「銀漢」は上・下水道の水音が聞こえるようで面白い。(猫髭)
■川崎展宏の「天の川水車は水をあげてこぼす」があれば十分。(るる)
■天の川と水道、そう見ると近すぎる。(痾窮)

行く秋の屋上に出る出口かな  信治
○宮本佳世乃○義知○るる○中塚健太○猫髭
■開放感と、ともにある一人のよろしさ。(宮本佳世乃)
■秋日和や秋晴れだと普通か。白色系の屋上への出口とその中の暗闇が冬。(義知)
■屋外に出られるようで、屋上にしか出られないところが面白いです。季語と合っています。(るる)
■「出る出口」は拙い言い方にも思えますが、平素の口語感覚がこの言い方の唯一無二性(今っぽさ)を支持。秋の空の遠さ、取り残される感覚を味わいました。(中塚健太)
■「天高し」で、屋上の出口に広がる空はやはり秋天だろうと納得する。デパートの屋上の小さな遊園地も見える。秀逸。(猫髭)
■回りくどい言い方。(痾窮)

蛇穴に上下左右がわからない  近恵
■上下は解る筈です。(痾窮)

秋のあまつぶあしたラの下の音  宮本佳世乃
○埋図
■まず音程を確認する。秋の発表会の日程も、確認する。そして今日は雨だが、あしたの天気もさらに確認する。ララ ラララの他にはソラソラ、ミラミラ、ドラドラとかやるだろが。(埋図)
■ソぉ、ですか。(痾窮)

秋の暮灯台下を浸しけり  中塚健太
○痾窮
■「灯台もと暗し」は海の灯台でなく室内の灯りの下らしい。「秋の暮」は一寸重いが。(痾窮)

松茸の誰が上様領収書  痾窮
○沖らくだ○中塚健太○岡本雅哉
■最高です!ドサクサ紛れになんという!こういう人が一人ぐらい職場にいて欲しい。経理担当の呆れた顔が見えるようです。(沖らくだ)
■複数人で誰が支払うか決まっていない場合、すごく複雑微妙な心理の交錯する場となります。まして松茸。思う以上に高かった?(笑)。「誰が上様」に座布団一枚!(中塚健太)
■松茸の(誰が上様)領収書、という構造でしょうか? 「オレが払うよ」、「いやオレが」、と領収書を取り合う姿が微笑ましい。(岡本雅哉)
■川柳。(るる)

上巻読了夜仕事とせる下巻かな  義知
■状況説明、俳句的小細工を!(痾窮)

福助のやうな上司でおでん鍋  天気
○真冬○小早川忠義○小川春休○正則○中村遥
■「上司と」ではなく「上司で」。この「で」のあしらいに惹かれたのです。(真冬)
■これまた頼りなく見える上司です。お辞儀ばかりしているように見えますか、そうですか。たまに折れることもあなたの身を守るために必要な時もあ るのです。お辞儀なんかしないでいられる仕事なら、あなたと一緒にてっちりなどを突付けるくらいになれるのでしょうか。おでんだっていいじゃない ですか。温かいのに変わりは無いわけですし。(小早川忠義)
■おっさんなのにベイビーフェイスでおちょぼ口、いつもにこやかで無口、気の利いたことを言う訳でもないのに場を和やかにしてしまう、そんな福助係長、良いですね! 最初「で」が無造作な感じがして気がなっていたのですが、二読三読するうちに気にならなくなりました。これも福助係長の御利益か。(小川春休)
■会社ではよくあると思う。(正則)
■こんな上司はいいなあ。おでん鍋がぴったりと当てはまる。只、〈で〉が気になった。型に収まり過ぎるかも知れないが〈や〉ですっきり切った方が理屈っぽくなくて私はいいと思うのですが。(中村遥)
■どのように福助に似ているのでしょう。容貌、性格、ご利益?(るる)
■円満な関係のようで、呑むのも上司とではサラリーマンも大変。(痾窮)

上手より吹かれてきたる紅葉かな  鈴木不意
○信治○痾窮
■ぱっと、その場が「舞台」に。(信治)
■ぼろ芝居小屋、桜吹雪のはずが紅葉。(痾窮)
■舞台の紙の紅葉なのか、木々と木々のあいだを舞台と見立てたのか、ふたつの読みが同時に訪れる。いただきたかった句(天気)

上人のすぐには泣かず秋の蝉  知昭
○小川春休
■「すぐには」ということは、泣きやすい人たちが落ち着いてきた頃にほろり、と来る訳ですね。ありがたやありがたや。ただ、「泣く」で「蝉」はちょっと利がつく気もします。もったいなや。(小川春休)
■「鳴かず」じゃないから泣くのは上人?高僧ふ~ん。(痾窮)

上野から下谷界隈まで月夜  sono
○宮本佳世乃○山田露結○沖らくだ○正則○猫髭○恵
■界隈、で成功ですね。(宮本佳世乃)
■「上野から下谷界隈」に月夜を限定しているところがミソ。「界隈」がいい。もちろんその他の場所に月が出ていないわけではない。その夜の作者の行動範囲を言っているのである。(山田露結)
■きれい。イイひととそぞろ歩きたい。(沖らくだ)
■上、下の使い方がいい。(正則)
■江戸の下谷根岸界隈に住んでいた鵬斎・詩仏・五山・南畝・文晁・抱一・米庵らを偲ばせる粋筋の佳句。(猫髭)
■本当はもっと遠くも月夜に決まっているのに、自分の今いるあたりが月夜だというこの狭い世界がいい(恵)
■月夜はその区間以外にも見えるはず。自分が月夜にその区間を歩いたのだとすれば、推敲の余地あり。(るる)
■本人が移動しているわけです。(痾窮)

星月夜見上げて靴の踏める星  るる
■コンバースも★だけど、靴は「月星」と。(痾窮)

天高しカリカリ揚る上天丼  風族
○どんぐり○痾窮○中村遥
■美味しそう(どんぐり)
■食欲の秋。(痾窮)
■美味しそう。上天丼ですからね。大気が澄み空が高く感じられる趣の季語〈天高し〉との取り合わせが上手い。只、〈天高し〉〈天丼〉の〈天〉、〈天高し〉の高いと〈上天丼〉の値段が高いは意識的?偶然? 偶然であってほしい。また、〈カリカリ〉は常套かと。(中村遥)

年下の上司に苦言そぞろ寒  正則
○風族○義知
■そぞろ寒に実感があります。(風族)
■他人事じゃないなと。(義知)
■わかる内容だが、こういう寒さは超季。「そぞろ寒」の本意と違う。(るる)
■季語にくっ付き過ぎかな。(痾窮)

箱根路を下に下にと鰯雲  猫髭
○小早川忠義
■鰯雲が、毛槍に見えたのでしょう。鰯雲を見て横に逸れて平伏するということは無いけれど、ロマンチックに感じましたので。(小早川忠義)
■下り坂で下を向いていたら、鰯雲は見えない。(るる)
■鰯雲を大名行列と見る。箱根があるから突飛でも無い。(痾窮)

福助が下に見てゐるおでん屋内  小川春休
■風景として解るから「内」は不要、「下に見ている」は一寸変。(痾窮)

蓑虫や下校下駄箱下衆な唄  藤幹子
○どんぐり○風狂子
■下駄箱の埃と汗の匂いも(どんぐり)
■全句中、最も気持ちのイイ韻律(風狂子)
■蓑虫で意味性が強くなってしまったような。(宮本佳世乃)
■楽しい句ですが、季語が付き過ぎかも。(るる)
■ゲスな唄に蓑虫は聴きたくない聴きたくない、と。(痾窮)

夜学子や下敷きおけば消える色  沖らくだ
○風族○山田露結○鈴木不意
■夜学子まで消えてしまいそう。(風族)
■半透明のプラスティック製の下敷きだろうか。「下敷きおけば消える色」という小さな発見が夜学に励む静かな景を映し出している。
■書かれた文字の色、あるいは印刷してある大事な部分の色は、同じ色の透ける下敷きをあてると消えてしまう。大事な事って思い出せなかったり、見失うんだよなあと実感。(鈴木不意)
■「色の消え」や「色消えて」、「文字の消え」の方が広がりがあったかもしれません。ああ、あの頃が懐かしい。(小早川忠義)
■そういうからくり勉強具が有りました。(痾窮)

綺羅星の上から目線が癪くしゃみ  岡本雅哉
○sono
■「くしゃみ」がよいです。リアルです。「癪くしゃみ」の語呂とリズムもよいです。(sono)
■「上から目線」は使って欲しく無い日本語。(痾窮)

  

2010年11月2日火曜日

●誌上句会「福助」・選句一覧(2)

誌上句会「福助」・選句一覧(2)

選句一覧と作者です。句数が多いので、1日1題ずつ、4日間にわたって発表させていただきます。

誤記・漏れ等お気づきのときは、tenki.saibara@gmail.com まで。

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【頭】  

ケチャップを吸ひつくしさて膝頭  真冬
○信治
■一分の隙もなく、へんな人である。なにが「さて」かw(信治)
■全然分からないんですが、気になってしょうがない句。(沖らくだ)
■ズボンに付けちゃった。(痾窮)

そぞろ寒頭痛到頭歯に到り  小川春休
○るる
■「到頭」が巧いです。(るる)
■頭痛も歯痛も「そぞろ寒」位なら大したことではない(痾窮)
■頭痛も歯痛もたまらない、それで寒いからもっとたまらない、実感の一句。(知昭)

ひよんの実や頭が高い頭が高すぎる  廣島屋
○信治○文香○藤幹子○鈴木不意○沖らくだ○天気○中塚健太
■錯乱している。(信治)
■二度目の「頭が」に心打たれました。図々しい。(文香)
■言い回しが面白い面白すぎる。(藤幹子)
■「頭が高い」で終わらせず、「頭が高すぎる」と高飛車に言い放ったのが良かった。「ひよん」の仮名表記も生きている。漢字にしたら重くなり野暮ったくなったろう。(鈴木不意)
■子どもの遊びの時代劇みたいに、罪がなくて、でも大仰な感じがあって、そこが滑稽。くり返しのダメ押しがいい。(沖らくだ)
■繰り返しの威力。季語は、まあ、どうでもいい感じでしょうか。でも「ひよんの実や」は、いいです(天気)
■ほんと、どうしてこうもついつい頭が高くなってしまうのか。自戒の念を呼び覚ます句です。(中塚健太)
■すみません。(宮本佳世乃)
http://blogs.yahoo.co.jp/biroochana/37718101.html写真でも初めて見ました。(痾窮)

福助の頭のなかのきつねうどん  天気
○sono○風族○宮本佳世乃○山田露結○知昭
■脳味噌の代わりとして「きつねうどん」は素敵だ。福助の頭を見たら、きつねうどんしか浮かばなくなる忘れられない句。(sono)
■意味不明だけど楽しい。(風族)
■骨をあけたらうどんが出てくる。うどんがちょっと脳みたいでおかしい。(宮本佳世乃)
■福助はそもそも茶屋や遊女屋などで祀られた福の神らしい。どこか神秘的な印象があるのはそのためか。あの大きな頭の中に何が詰まっているのか、たいへん興味深いところではある。「きつねうどん」と言われて「なるほど」とは思わないものの、何となくしっくりくるような、こないような。福助の神秘性からすれば当たり前のものが詰まっていては駄目なのだろう。(山田露結)
■頭を揺らすときつねうどんがたぷんたぷん・・・とするのか、この福助。帽子の中にうどんがあるという句があったが、脳がうどんというのはさすが福助というべきか。(知昭)
■あの姿勢のままでは腹もすく、きつねうどん6音がな~。(痾窮)

園丁の頭に落ちる青虫は  どんぐり
■園丁(えんてい)=庭師。そういうことも有るかと。(痾窮)

楽譜読む目頭はるかすすきはら  宮本佳世乃
■目頭=目の鼻に近い方の端、では変。(痾窮)

汗頭相談する外科医アダプター  埋図
■3物衝突?じゃないな<多汗症を診て貰う医者は社会との接続補助具>と、意味は通るが…(痾窮)

秋時雨ラムプの頭たァ黒帽よ  文香
■煤で黒く成って。(痾窮)

初嵐薄き頭の解説者  正則
○藤幹子○風狂子
■地肌をそよぐ残んの髪を激しく意識します。(藤幹子)
■問答無用で笑わせられた(風狂子)
■言ってやんなさんなっ、本人が誰より気にしてる筈。(痾窮)

大いなる頭とれたる案山子かな  るる
○義知○埋図○鈴木不意○小川春休○岡本雅哉
■案山子をそのままどうかすると言うのはありますが、「頭とれたる」が妙。(義知)
■雀等に少しはにらみを効かしたものだが、道路に警察官の看板とかパトカーの図があったりと人間にも多少は巾を効かせたもんだが、今は、すっかり見透かされてしまった。頭があっても、取れたとか大いなる取れとか云われっぱなしだ。(埋図)
■転がっている頭を想像すると、けっこう怖い。(鈴木不意)
■頭だけがアンバランスにデカかった案山子。その大頭が取れたときの印象の変わりよう、ヒョロヒョロした頭の無い案山子が目に浮かぶ。(小川春休)
■案山子は頭がすべて、ということに気付かされました。(岡本雅哉)
■頭が取れったって案山子は案山子、かもめはかもめ、人は屍。「大いなる」が非凡。(痾窮)

剃りたての頭に哀蚊のとまる月夜  風狂子
■定型に出来ると思う。「剃りたての頭に秋の蚊や月夜」破調季語2入り例。(痾窮)

天高し頭上注意を励行す  中塚健太
○小川春休○正則
■素朴な内容の句ですが、これぐらい素朴な方が、「天高し」という大らかな季語が生きてくるように思いました。(小川春休)
■工事現場では、注意を喚起するべく多くの看板が掛けられている、頭上注意もよく見かける看板で、近親感が湧く(正則)
■却って危険なのでは。(痾窮)

盗品に頭蓋骨一(いち)秋日濃し  内田董一
■まぬけなドロボーと言うか、思わぬ所で悪事がバレタと言うか。隠し財産を盗まれて脱税がバレタと言った風情。(痾窮)

燈火親し白頭だけとなつてをり  鈴木不意
○どんぐり
■残業は管理職ばかり。(どんぐり)
■能の?(痾窮)

頭から食べられてゆく羊かな  sono
○信治○山田露結○天気
■かわいいです。(信治)
■な、なんだ、これは!ローリング・ストーンズのアルバム『山羊の頭のスープ』 (Goats Head Soup)のジャケットには皿の上に盛り付けられた山羊の頭の写真が載っていたけれど、そういう類の料理だろうか。まさか、恐竜のような巨大生物が羊を食べているとは考えにくい。羊の列が建物か何かの陰に入っていく様子を描いたのか。しかも無季?この訳のわからなさに降参。(山田露結)
■食べちゃいますか。意表。すごい悪魔性を感じました(天気)
■ゲームのような世界。(宮本佳世乃)
■誰が(動物?)がどのように頭から羊を食べてゆくのかわからない。(るる)
■羊が1匹羊が2匹…(痾窮)

頭から生えてゐるなりケムール人  信治
○埋図○真冬○廣島屋
■ケムール人に昨日合った時、何で頭から映えて居るんだと云われて、面食らった。だって、その通りではないか。生まれたてのようにだ。いつものようにだ。(埋図)
■この文脈で言うと頭からケムール人が生えていて。ただならぬことです。(真冬)
■「ゐるなり」というあまりに冗長な措辞が気になりますが、やはりケムール人が。(廣島屋)
■ウルトラマン・ネタは面白いが、描写がわかりづらい。(るる)
■どんな状況かしらん、と小一時間はニヤニヤできます。上半身だけ斜めに突き出てるんだろうなあ(藤幹子)
■作者の頭からなら面白い。<ケムール人は、特撮テレビ番組『ウルトラQ』を始めとするウルトラシリーズに登場した架空の宇宙人。別名「誘拐怪人」。 体色は殆ど黒に近い濃紺で頭部が長く、その表面に亀裂のように走るラインから左右非対称の高さで各方面から三つの目が露出している(Wiki)>(痾窮)

頭より腹に落ち来る秋思かな  小早川忠義
■あざとい。類想あり。(るる)
■神経性胃炎と診断。(痾窮)

頭骨から尾骨まで蛇穴に入る  風族
○義知○真冬○小早川忠義○鈴木不意
■背骨を蛇に見立てた印象句。(義知)
■句を作るには対象をよく見て、といわれて、とてつもなくよく見てしまいました。(真冬)
■ヘビには、頭骨とか尾骨とかあったんでしたっけ。頭蓋骨や尾椎はあるでしょうけど。しかしながら説得力のあるところは発想の勝利のように思えま す。蛇穴に入る、ときたところで「頭の先からつま先まで」ではなしに骨に着目したのですから。(小早川忠義)
■X線によるレントゲン写真を見ている思いがする。おもしろい見方だ。(鈴木不意)
■そりや冬眠するのですから。(痾窮)

頭数足りずに広い三遊間  岡本雅哉
○正則○知昭
■私どもでも、少人数で句会を行うが、時に会場がことのほか人数より必要以上に広いときもある。実感があると思います。(正則)
■一打サヨナラ負けという場面で、外野手を内野に置くというシフトは見たことがありますが、この句は人数不足がありあり。チームの無事を祈る。(知昭)
■無季なのは良いが、広い理由を説明しては駄目。(るる)
■草野球は足りなくても構わずやっちゃうんですね。いないところは気力体力で補ってください^^;(沖らくだ)
■草野球では良くあること。(痾窮)

頭部抜け出てセーターてふ毛の塊   近恵
■巧いけど、あざとい感あり。類想あり。(るる)
■縮んだセーターからやっと首を出してこれも毛の塊と。(痾窮)

頭文字ひとつ花野に捨てにゆく  沖らくだ
○内田董一○どんぐり○中塚健太○猫髭
■おしゃれすぎる内容? でも、静かな雰囲気が好きでした。(内田董一)
■こんなはずじゃなかったのになあ。頭文字捨てたらきっと。(どんぐり)
■婚姻による改姓か、俳号を付けたのか、などとお名前のこととして読んでしまいました。喪失感とヒロイズムが、歳時記の世界に欧文文字が捨ててあるシュールな景に結晶。(中塚健太)
■何の頭文字を捨てに行くのかと想像させる作りが面白い。(猫髭)
■去って行った恋人の。(痾窮)

福助の夜霧へ垂らす頭蓋かな  藤幹子
○sono○恵
■これは忘れられた福助だと思う。哀愁の福助。(sono)
■おじぎ福助でしょうか。福助も夜霧で幻想的に(恵)
■夜霧と福助の照応。いただきたかった句。「こうべをたれる」という慣用句を呼び寄せてしまうところが難か(天気)
■夜霧よ今夜も有難う…。(痾窮)

豊年や首で支へてゐる頭  山田露結
○るる○文香○沖らくだ○小川春休○正則○恵
■当たり前の事に深い意味があると思わせる初五の季語が見事です。(るる)
■首までが体で、その本体。案山子とは言わないのが、巧み。(文香)
■確かに。当然っちゃ当然ですが、「豊年や」と置かれるとなんだか説得力があります。一票。(沖らくだ)
■「豊年」という季語には、収穫の豊かさと、万物への感謝が感じられます。重い頭を年中無休で支えている首にも、よくがんばったな、と一声かけてやりたいようなそんな気持ち。(小川春休)
■賄金スーツを新調し、ワイシャツも寸法取りした。肥満体?のせいか、首回りが大きかった。この句にはその哀愁感があるように感じた。(正則)
■当たり前のことなんだけど、そういわれるとドキッとする。豊年がどっしり感を与えている(恵)
■稲穂。(痾窮)

門扉閉ざして裏の畑の八つ頭  義知
○猫髭○岡本雅哉
■「八つ頭」の「つ」は不用。「門扉閉ざして」も冗長に詠む必然性は感じないが、八頭がぼこぼこ地中に蔓延るイメージが、今年は里芋が豊作だっただけに面白い。(猫髭)
■門の前から家の上を通り裏の畑に。 視点が俯瞰的に移動する気持よさ。(岡本雅哉)
■こっそり喰すわけですな。(痾窮)

野分して頭の内の吹きだまり  痾窮
○どんぐり
■吹きだまりのもやもや感がいいです(どんぐり)

林檎酢のたらりとかをる氷頭膾  猫髭
■美味しそう。報告で終わらせるなんてずるい。(るる)
■食べたことないんですが、これは美味そう。(沖らくだ)
■食べたことないからな~。<氷頭なます(ひずなます)は、北海道地方、青森県および岩手県の沿岸部、新潟県に伝わる郷土料理である。 氷頭とは鮭の鼻先の軟骨の部分のことを指す。氷のように透きとおっているためこのように呼ばれる。(Wiki)>(痾窮)

曼珠沙華ではおさまらぬ頭痛かな  知昭
○内田董一○廣島屋○中村遥
■ストレートな取り合わせではなく、因果関係の一句に仕立てています。それが成功していました。(内田董一)
■おさまらないだろうな、曼珠沙華では。と納得してしまったので。(廣島屋)
■曼珠沙華と頭痛の取り合わせ絶妙。只、曼珠沙華の赤は一層頭痛を増幅しそうな。(中村遥)
■神経毒なので民間療法は危険。歴史的に頭痛薬ネタの類想句多し。(るる)
■曼珠沙華は薬になるらしい。(痾窮)

曼珠沙華満開頭痛薬飲まな  中村遥
○風狂子
■彼岸花の赤い花が割れた頭蓋の中身を連想(風狂子)
■歴史的に頭痛薬ネタの類想句多し。(るる)
■これも曼珠沙華に薬効が有るとの(どんなか知らんけど)発想。(痾窮)