2010年12月31日金曜日

2010年12月30日木曜日

●週刊俳句2011年回顧

週刊俳句2011年回顧


一月

「ウラハイ」「毎日が忌日」に続くスピンオフ第3弾「夕刊俳句」がツイッター上でスタート。「ツイッターのマガジン化」「俳句だう」「140字の破調」などの謳い文句がことごとくスベり、低空飛行の1カ月を余儀なくされる。

二月

石原ユキオの双子の妹を名乗る石原クニオが中篇小説「有季定型ボーイと自由律ガール」を週俳誌上に発表。大きな話題となる。

三月

伝統系の新ユニット「俳句そのもの」による「まるごとプロデュース号」リリース。巻頭特集に「俳句に似たもの徹底研究」を置く意表。ほかにも「季語脳」「虚子20万句を暗誦できますか?」など、エッジの利いた記事に注目が集まる。

四月

週俳による電子書籍・第1弾「もうどうでもいい すべては終わった」(週刊俳句編集部編)を刊行。「なに、これ?」(購入者Aさん)、「俳句の極北だ!」(謹呈先Bさん)など多くの声が寄せられる。

五月

連休を利用して「六大学俳句リーグ戦」開催。全試合をU-Stream中継。東大が野球の憂さを晴らすかと予想されたが、優勝はダークホースと目された立大。東大主将・村越君の敗戦の弁「団のめんぼくまるつぶれ」が流行語に。

六月

関悦史が「俳句人類学・序説」の連載を、9年後の結社「大傘 oo-karakasa」創設を射程に開始。初回は「人類学を超えて~カンブリア紀の俳諧三葉虫」。あまりのスケール感に全読者唖然。関自身「序説さえいつ終わるとも知れぬ。正直えらいものを始めてしまったな、と」とツイート。

七月

石原クニオ「有季定型ボーイと自由律ガール」が異例の芥川賞候補に。石原審査員に「社会・風俗が描けていない。有季定型ボーイが自由律ガールに浣腸をされるがままというのはどうにもいただけない。同じ石原なのに俺とは月とすっぽんだ」と酷評され、受賞は果たせず。

八月

颱風による記録的暴風雨のなか決行された俳句甲子園。予定していたU-Stream中継を一部断念。優勝は沖縄県立首里高校。「風は僕たちに吹いていましたね」と優勝の弁。

九月

「常磐ハワイアンセンターと東北のパワースポットをめぐる吟行ツアー」を開催。8名の参加を見て成功裡に終わる。「行く先々がアニミズムそのものでした」(59歳・女性・会社役員)など、参加者たちの興奮醒めやらぬコメントが続く。

十月

経済産業省クールジャパン振興助成を受け英語版ミラーサイト開設。

十一月

iPhone向けアプリ「俳句っち」をインド・バンガロールのIT企業と共同開発。エサをやるなどすると、一句、尻から生むというキュートなサイバー・ペットには俳号も付けられ、オンラインで句会もできる。エサの種類によって作風も変わるという懲りよう。

十二月

2009年12月の『新撰21』、2010年の『超新撰21』に、これでもかと続く『極撰21』が刊行される。その関連企画が目白押し。


(さいばら天気)


2010年12月29日水曜日

●喜劇

喜劇

天井に風船つかえ喜劇満員  平畑静塔

水羊羹喜劇も淡き筋ぞよき  水原秋櫻子

背後より薔薇の一撃 喜劇果つ  楠本憲吉

栗飯と湯気と吉本新喜劇  野口る理(*)



(*)「実家より」10句 週刊俳句・第121号

2010年12月28日火曜日

●暖房

暖房

暖房のよく利いてゐる赤子かな  橋本榮治

暖房にビールの酔のいまださめず  久保田万太郎

暖房に毛皮とそれのレヂスター   中村汀女

暖房機しくしくふうと止まりたる  太田うさぎ


2010年12月27日月曜日

●スーパーマン

スーパーマン

疲れきるまで描きし小鳥とスーパーマン  八木三日女


2010年12月26日日曜日

●映画

映画

ロシヤ映画みてきて冬のにんじん太し  古沢大穂

接吻もて映画は閉ぢぬ咳満ち満つ  石田波郷

映画の死者にまた葬送の楽おなじ  林田紀音夫

糞のごとひかるビフテキ アメリカ映画  島津 亮

映画出て火事のポスター見て立てり  高浜虚子

土砂降りの映画にあまた岐阜提灯  攝津幸彦

とつくりセーター白き成人映画かな  近 恵

2010年12月25日土曜日

●クリスマス海峡

クリスマス海峡




クリスマスカード消印までも讀む  後藤夜半

女学生の黒き靴下聖夜ゆく  桂信子

へろへろとワンタンすするクリスマス  秋元不死男

クリスマス馬小屋ありて馬が住む  西東三鬼


ウラハイ・2009年のクリスマス
ウラハイ・2008年のクリスマス

2010年12月24日金曜日

●『超新撰21』竟宴・速報

『超新撰21』竟宴・速報

シンポジウムのトピックを断片的に。

アフォーダンス(affordance) ギラギラした意図を感じる編集 日本語の可塑性 俳壇は自分でつくればいい コトバは二階・季語は三階 俳句人類学 ノーバディな私による「私」語り 帰納的分類 俳句はいまここにない 牧羊社 俳句形式の引力 …

詳しくは、来たる12月26日午前零時リリースの「週刊俳句」第192号に!

超新撰21 邑書林オンラインショップ

●COOL YULE!

2010年12月23日木曜日

●LA FEMME CHINOISE 山田露結

LA FEMME CHINOISE

山田露結


「昨日一緒に楽しく過ごして ありがとう 早い帰りました 悪い ごめんね 本当に一緒に少しでもいてほしいなのに……」

マリ子からメールをもらった。

マリ子は日本の大学に通うという中国人の女の子。
四川省出身で父親は日本人なのだと言う。
大学では心理学を専攻していると言っていたが、こんなカタコトの日本語しか話せない彼女に、はたして日本の大学で心理学を学ぶことなんて出来るんだろうか、とも思った。

「四川省 近いよ ひこきで3時間。」

あどけない笑顔が、若い頃の本田美奈子に似ていた。
少しだけ、四川省に行ってみたいと思った。


中国の茶の淹れらるるクリスマス  後藤夜半


〔中嶋憲武まつり・第12日〕かしつぼ LA FEMME CHINOISE/中国女(1978)


2010年12月22日水曜日

●熊本電停めぐり09 西辛島町 中山宙虫

熊本電停めぐり 第9回 西辛島町(にしからしまちょう)

中山宙虫

熊本市交通局路面電車の路線図

3号線上熊本駅前~健軍町の9番目の電停。
上熊本から所要時間10分。


12月14日(火)
16時。
日暮が早くなったため、仕事を終えてからではなかなかうまく撮影ができない。
この季節、街にはいろんなイルミネーションがきらめいているが、繁華街はすぐそこなのに、なんとも地味な電停がここ「西辛島町」。
熊本市の古い町並みは姿を消し、この電停のまわりは立体駐車場やホテルといったビルが立ち並んでいるところだ。
線路が中央を走る道路はここから片側二車線となり、広くなっていく。






この電停は、3号線単独の電停としては、最後の駅となる。
次の電停「辛島町」との間で、2号線田崎橋・熊本駅~健軍町と合流することになり、辛島町から終点の健軍町まで2号線と併用されている。
ちょうど、その分岐点を2号線の電車がすれ違っていた。













地味な景色のなかにもこういった呉服屋や飲食店などがこじんまりと存在する「西辛島町」。
もうすぐクリスマスといった風景も。


また、この電停では、熊本駅方面への乗り継ぎができない。
乗り継ぎは次の「辛島町」で可能となるうえ、熊本駅方面へ電車を利用するとすれば、2号線の電停が別れてすぐの場所にある。
そのうえ、バスセンター「熊本交通センター」がすぐそばにあるため、利用者がそう多くはない印象。
乗客の乗降がなく通過することも多い電停だ。


















さて、熊本の市電の運行系統が2号線と3号線となっているが、過去この運行系統は最大で7系統を有していた時代があり、そこから利用者の減少などで廃線が進み、現在はこの2系統が残されているのである。
ちなみにかつて存在した1号線は、田崎橋 - 熊本駅前 - 辛島町 - 水道町 - 子飼橋という系統で、水道町-子飼橋間が廃線されて消えてしまった。
2011年3月には、九州新幹線の開業に併せ、路線や電停が改名されることが発表されている。
その時点で2号線はA、3号線はBと改名されるようで数字での表示はなくなるようである。
また、現在熊本市は2012年に政令市への移行を目指していて、都市交通の中心的存在として市電の延伸なども検討されている。
モノレールなどの新交通を検討したが、予算的な問題などで立ち消え、この市電が重要な存在となっている。
道路の中心を走る路面電車が交通渋滞を引き起こす悪者とする時代を潜り抜け、ここに来て存在感を高めているのは皮肉だ。



自分のスピードで熊本の街を走り続けている市電。
今日も、この電車の揺れに身を任せて、通勤をしている人々のなかのひとりとなっている。
帰りの電車が来た……

2010年12月21日火曜日

●嫌われ猫 中嶋憲武

嫌われ猫

中嶋憲武


中学生の頃ラジオを聴いていたら、永六舗がこんな話をしていた。

草野心平が道を歩いていたら、子供達がよってたかって犬をいじめていた。それを見た草野心平は「犬だって人間だよ」と言って、犬を助けてやった。

ぼくはこの「犬だって人間だよ」に大いに感心してしまい、詩人ってやはり発想が違うんだなあとしみじみと思い、優れた詩は心根の優しい人間でなければ書けないのだなあと思ったことだった。

後年、俳句を嗜むようになり俳句関係の本なども読むようになり、ある時読んだ本のなかにとてもショックなことが書かれてあった。それはふらんす堂刊の加藤楸邨の猫の句ばかり収めてある句集で、その句集の末尾に「四十番地の猫」というとてもせつないとてもやるせない文章が載っていた。「しろ」という野良猫が楸邨家に住みつくようになり、その猫との顛末を味わい深い筆致で語り終えたのち、エピローグのようなかたちで書かれてあるこの箇所だ。
この猫が妙に心に残っていたので、後に水原先生にお話してみたら、猫の嫌いな先生は伝書鳩をとられた時の話をした後で、
「空室へ閉じこめてやったが、十日位生きていたよ」
と言われた。
文章はここで終るのだが、そのときの楸邨の些か唖然とするような顔が見えるようである。文中の水原先生とは、水原秋桜子のことだ。事も無げに「十日位生きていたよ」とは何と言う事だろう。あんまりなお人である。

更に数年後、次のような詩を読んだ。
どこへいったの?かわいい赤ちゃん
時計はチクタク
お皿はガチャガチャ
あっちのすみこっちのかげをさがしても
うちじゅうみんな知らん顔
鼠はチュウチュウ

かわいい赤ちゃん水の中
目もあかないですやすやと
バケツの水で眠ってる
これは鮎川信夫の詩である。「自作について」という文章でこう書いている。
大きなお腹をしてよたよた歩きをしていたロリ・ポリ(猫の名)が見えないとおもったら、部屋の隅のラジオの下で仔を産んでいた。プラスチックの臙脂の大皿に、ぶちと白黒の二匹。これでテテがどいつかわかったようなもの。
一晩抱かせて、今夜、ロリ・ポリが魚を食べている隙に、ラジオの音程を上げておいて、二匹を風呂場へ持っていき、バケツの水に漬けてしまった。お母さんネコは、しばらくあちこちさがしているようであった。小首をかしげて、耳をすますような仕科で、ときどき人をうかがうように見つめたりする。
参った。間引きである。これを読んで惨憺たる気持ちになった。思春期の詩人に対する偶像崇拝はどこへやら。草野心平だって犬だから助けたので、猫だったらどうだったろうか。

猫。とかく迫害されやすき生き物である。

2010年12月20日月曜日

●絵の具

絵の具

春寒や絵具の皿のうす乾き  永井龍男

蚯蚓鳴くゑのぐの指を洗ひをり  鴇田智哉

鶴のこゑ繪具をしぼりだすごとく  八田木枯


2010年12月19日日曜日

●俳句と読者

俳句と読者

小林苑を


本日は川上弘美『機嫌のいい犬』、外山滋比呂『省略の詩学』(中公文庫)、岸本尚毅『高浜虚子・俳句の力』を読む。

川上弘美のよい読者ではないけど、小説と同じ印象で楽しい句集。あとがきで、
句会という場所で、わたしは「作者は読者を信じていいのだ」という、幸福な信頼を手に入れることになりました。
と書き、外山が、
解釈が大きな意義をもっているということは、享受者の理解能力を作者が信頼していることにほかならない。
岸本は、
読者の観念が読者自身に語りかけます。そう仕向けるのが俳句です。
と書いていてるのであった。


2010年12月18日土曜日

●「不健全図書」俳句、締め切らせていただきました

「不健全図書」俳句、
締め切らせていただきました

たくさんのご応募、ありがとうございます。

プロフィール記載のないものは不掲載とさせていただき、また「テーマ・不健全図書」「東京都青少年健全育成条例改正案・可決成立記念」という観点から掲載・不掲載の判断をさせていただきます(エロいことをただ五七五にしてあるだけwwwという句も多かったです。ま、それでもおもしろければいいんですが)。

週刊俳句・第191号のリリースを楽しみにお待ちください。

●楽しいことだけ聞かせて 上野葉月

楽しいことだけ聞かせて

上野葉月


最先端を行くシティギャル(死語)にとって当然「日曜日は週刊俳句の日!!」であるわけだが、最先端でもなければシティギャル(死語)でもない私にとって日曜日は「俳句人口は百万単位で存在するという噂なのに、どうして俳句畑からは『ハートキャッチプリキュア』というようなアナーキーかつデストローイ!な言葉が出てこないのだろう」というような感慨にふける日でもある。まあ言い掛かりのようなもの。アナーキーかつデストローイ!なものを目差しているのなら、もとより嬉し恥ずかしパンクロックなどやっていればいいので俳句を選択する理由がないのは自明だ。



さてプリキュアシリーズと言えば、小さなお友達(の保護者)にはアクセサリや衣装を購入させ大きなお友達にはDVDを購入させる地上最強とも言われる無敵のビジネスモデルとして世界的に有名だが、今期のプリキュアが触手を封印しているのは放送開始当時ずいぶん話題になった。プリキュアと言えば触手、触手といえばプリキュアなのに!である。(反対とかそういう以前に口にするのも汚らわしいようにすら感じられる、あの)東京都青少年保護条例の改正案成立を見越しての措置という推測が一般的だったが、まあ外れてはいないのだろう。

出版各社はそれなりに大きな声で反対表明しているけど、玩具メーカーとしてはスタンスが違うのは当然と言えば当然のような気もする。

条例のことはとりあえず脇に置いておくとしても、触手は現代日本が世界に誇る(ちょっこしどころかかなり恥ずかしい)文化であることは疑いない。本当にどうしてこんなことに?

まあ噂によると、今期プリキュア各話の締め、「こころの種」を小動物が生み出す場面も不健全だと怒る人達がいるらしい。なんかもう、際限ないとしか言いようがない。



プリキュアシリーズのエンディングは一貫して現代日本アニメの水準の明確な指標として推移しているので、今期のエンディングでのキュアムーンライトの大きさというのは衆目を引いて止まないのは想像に難くない。というかわざとやってるだろ、あれ>スタッフ

最近月影ゆりに対してプリキュア5の秋元こまちと水無月かれんが「高校生にもなって。プリキュアって中学生までよね」とねちねち苛めるプリキュアパロディをあちこちで見かける。プリキュア5でババア呼ばわりされた鬱憤を数年後の今はらしている図。こういう二次創作に走る気持ちはよくわかる。プリキュア5の開始時、今回はババア枠が二人!とずいぶん話題になったものだった。

それにしてもババア枠って。いくらなんでも。六歳前後の女児を対象とした番組だからって、十五歳でババア呼ばわり。SWのミーナ・ヴィルケ中佐やハヤテのマリアさんが十八歳でババア呼ばわりというのも有名で同情を禁じ得ないわけではあるが、十五歳でともなると開いた口が塞がらないというか、こまちに憧れて小説を書き始めた私としては混乱は計り知れないというか。

幼稚園児にとって中学生は圧倒的に大人の範疇であることは疑いないが、十五歳でババア呼ばわりはやはり止めて欲しい。もしうちにも孫娘がいたらその辺の感覚を細かく問いただして実際どう感じているか知ることもできるのだが(やっぱり今回もそこが着地点だったか)。

ていうか『海月姫』のあの(眼鏡の)お兄さんがあまりにも素敵すぎるという話をするつもりだったのに前振りだけで終わってしまった(しまった)。

2010年12月17日金曜日

●手紙 山田露結

手紙

山田露結



隣町の住宅街の中にぽつんと立っている昔ながらの郵便ポスト。
以前からこのポストの前を通る度に「古いポストがあるなぁ。」と気にはしているのだが、利用したことはない。
裏側にはちゃんと回収時刻が書いてあるから、おそらく、今も現役だと思う。

一度、このポストへ手紙を投函しようと思って、でも、本当に手紙が届くかどうか不安になってやめてしまったことがある。
もしかしたら、これは昔のポストだから、ここへ投函した手紙はタイムスリップして、昔へ届いてしまわないだろうか、などとあり得ない心配をしたりして。

今日、久しぶりにこのポストの前を通りかかって、ふと小学生の頃のタイムカプセルのイベントのことを思い出した。
子供たちが未来の自分へ手紙を書いて、それをタイムカプセルに入れ、何十年か後にそのカプセルを開いて大人になった子供たちがそれぞれ自分宛の手紙を読むという学校の行事だったと思う。

あのときは未来の自分へ手紙を書いた。
でも、もしこのポストへ投函した手紙が昔の自分へ届くとしたら、さて、オレは子供の頃の自分へどんな手紙を書くだろうか。

火曜日は手紙のつく日冬籠  高野素十


2010年12月16日木曜日

●「不健全図書」俳句募集

東京都青少年健全育成条例改正案・可決成立記念
「不健全図書」俳句募集
■テーマ:不健全図書  ※広く捉えてください。
■おひとりさま 1句  既発表句・可 当季以外・可
■締切 12月18日(土)20:00
■掲載(予定) 週刊俳句・第191号(2010年12月19日)
■投句先 tenki.saibara@gmail.com

【追記】
簡単なプロフィールを添えてください(週刊俳句に初寄稿の場合)。 ≫参考
ハンドルネーム・仮名等はご遠慮ください。ふだんお使いの俳号でお願いいたします。

句会ではありません依頼作品と解して、御自身で出来映えをお確かめください。
※誠に勝手ながら、こちらの判断で不掲載とさせていただく場合がございますことをご了解ください。

松本てふこ 不健全図書 10句 :週刊俳句 第52号

2010年12月14日火曜日

●炭火

炭火

老人の春機炭火の匂いして  斉田 仁

雪の降る夜握ればあつき炭火かな  上島鬼貫

くらがりに炭火たばしる雨月かな  石田波郷

2010年12月13日月曜日

●おんつぼ37 うめ吉 さいばら天気


おんつぼ37
うめ吉(UMEKICHI)

さいばら天気


おんつ ぼ=音楽のツボ




芸者さんボーカル+三味線+ビッグバンド。そう聞いて、キワモノ、ゲテモノと思う人がきっと多いでしょう。しかし、キワモノ、ゲテモノも、腰が入ったスウィングなら、球は遠くへ飛ぶ。UMEKICHI「蔵出し名曲集~リローデッド」(2004年)は、アレンジやバックの演奏も含め、なかなかのアルバムです。

収録曲は、服部良一によるブギ(昭和20年代)をはじめ多彩。そのなかから「家へおいでよ Come On A My House」。




うめ吉のボーカル、魅力的です。清水哲男さんは「高田みづえに似ているのでは?」とおっしゃっています。これは鋭いかもしれませんが、もっとばっちり「これとそっくり!」という先例がありそうな気もします(ああ、思い出せない、思いつかない)。

いずれにしても声や発声法に独特のコケトリーがある。発声法という点では、うめ吉の先達ともいうべき市丸をまっさきに思い出します。それも聞いてみましょう。



テレビの映像ですが、レコードとほぼ同じか、まるっきり同じ(いわゆるクチパク)。いやあ、三味線のリフとビッグバンドの音は、ほんと、よく合いますねえ。

60年前で、このファンキーさ加減。あらためて服部良一の凄さに唸らざるを得ません。日本のポップ・ミュージックの歴史のなかで、ベストワンの作曲家を挙げるなら、迷うことなく、服部良一です。こうした遺産は、きちんと継承していくべきもの。うめ吉による一連のカヴァーは、たいへん意義深いものですね。

忘年会シーズンもたけなわ。うめ吉のCDを鳴らして、みなさんで盛り上がってみてはいかがでしょうか。


キュート度 ★★★★
ハイブリッ度  ★★★★☆



2010年12月12日日曜日

●にんじん

にんじん

春めく灯あすの人参けふ洗はれ  中村草田男

にんじんをやわらかく煮て安楽死  斉田 仁

人参の掘り出してある夕日かな  大串 章

人参の人参らしいめざめかな  河西志帆

人参を並べておけば分かるなり  鴇田智哉


2010年12月11日土曜日

2010年12月10日金曜日

●テーマ 山田露結

テーマ  山田露結


父が手術室に入っている間、休憩室のソファーに座って週刊誌を読んでいると、同じ部屋いた初老の男性とその男性の息子らしき人が話をしていた。
話をしていたといっても男性は手術で声帯を切除してしまっていたらしく、筆談で受け答えをしていた。
どうやら、癌の転移が見つかったので再手術の必要があるという内容の話のようである。

何となく、その場所にいてはいけないような気がして別の休憩室へ移動すると今度は30代くらいの女性とその女性の母親が話をしていた。
「○○ちゃん。海の見える景色のいい場所にマンションを買ったから。あとはあなたの好きなように使っていいのよ。」
「お母さん、どうしてそんなことをするの?私はそんなことをして欲しかったんじゃないの。」
「じゃあ、どうすればいいの?私に何が出来るの?」
二人とも泣いていた。
おそらく、彼女は余命を宣告され、今後の過ごし方について母親と話し合っていたのだろう。

ここにいる人たちは皆、癌患者とその家族や関係者である。
癌を治して退院する人もいれば、もちろん、治らない人もいる。

病院の中はとても清潔で、静かで、時間の経過さえあまり感じられないほどであった。
病院というよりは、まるで美術館の中にいるようでもある。

私がコーヒーを買いに1階の売店へ行くと、点滴の袋のぶら下がった器具を引っ張っている女性と一緒に小学生くらいの女の子がお菓子を選んでいた。
「お母さん、早く元気になってね。」と女の子が言う。
頭髪の抜けてしまった頭にニット帽をかぶった女性は女の子の言葉を聞きながら静かに笑っている。
ここでは、ごく日常的な光景だ。
しかし、どこか現実のものではないような不思議な光景でもある。

もしかしたら、本当にここは病院ではなく「病院」という名の美術館なのではないか。
父と私を含め、ここにいる人たちはみな「死を待つ」というテーマの作品なのではないか。
私は父の手術が無事に終わることを願いながらも、ふとそんなことを考えていた。


冬日影人の生死にかかはらず  飯田蛇笏

2010年12月9日木曜日

●漱石忌

漱石忌

硝子戸の中の句会や漱石忌  瀧井孝作

漱石忌戻れば屋根の暗きかな  内田百閒

干魚の歯の美しや漱石忌  秋元不死男

漱石忌猫に食はしてのち夕餉  平井照敏

切り抜きのたちまち古ぶ漱石忌  宮坂静生

2010年12月8日水曜日

●12月8日〔3〕

12月8日〔3〕

中嶋憲武


「樹の花」へ行く。

そのまえに何か食べようと思って、煉瓦亭のポークビーンズ載せハンバーグが食いたくなり、八丁堀で降り新富町の「煉瓦亭」を目指したところ、店のあったところは花屋になってしまっていた。がっかりして、宝町の「煉瓦亭」を目指したところ、「さとう」とかいう変なメンチカツ屋になってしまっていて、店の前で店員が呼び込みをやっていたので聞いてみると、「うちが煉瓦亭さんを買わせていただきました。昭和通りを一本入ったところで営業してると思いますが、どこだかわかりません」などとぬかす。木枯のなかにその店員を置き去りにして、煉瓦亭を探しに行く。無い。分からない。とぼとぼとだいぶ歩き回ったので、非常にハングリータイガーになってしまった。

気がついてみると木挽町の交差点に立っていたので、市川海老蔵さんもよく行く「ナイルレストラン」に決める。ナイルレストランといえばナイルロジャースがもとシックのひとだと分かったのは、マドンナがデビューしたときにそのプロデュースを担当していたからだった。と、今日「小島慶子キラ☆キラ」を聞いていたときに西寺豪太さんがシック特集をやっていたので、ふと思ったことだった。シックの4枚組のボックスセットが出るらしい。ちょっと心が動く。シックといえば、大学に入学して最初に口を効いた女の子が、シックをよく聴くと言ったので、ぼくは「おしゃれフリーク」と「グッドタイムズ」くらいしか聴いたことがなかったので、その夜A&Iでレコードを借りて勉強したなんてことを思い出す。故ルーサー・ヴァンドロスもヴォーカルで参加してたことがあったらしいよね。

で、なんのはなしだったっけ?ああ、ナイルレストランね。ムルギランチ食ってそそくさと出る。また大通りを渡って、歌舞伎座の裏の「樹の花」へ。ここはジョンとヨーコがひっそりとお茶を飲んだ店だ。そのいきさつは、枝川公一の本に詳しい。

この店では毎年12月8日になると一日中ジョンの曲をかけている。何年か前、ある女の子と行ったときなどはジョンとヨーコの坐った席に座って、ジョンとヨーコの吸い殻(灰皿にラップがかけてあり大切に保管してあった)を見せてもらった。去年は来れなかった。おととしは山本勝之氏が物故して、そのショックが拭いきれないまま樹の花に来た。ジョンと勝之氏とジョンと勝之氏とぐるぐると交差して、カウンターで涙ぐんじゃったりしたのだった。

コロンビアコーヒーとアーモンドクッキーのレノンセットというメニューがあるのだが(このことはいつかの「豆の木」のアンソロジーのエッセイに書いた) 、今日はなんだか声に出して「レノンセット」と頼むのが気恥ずかしく、チョコレートケーキと樹の花ブレンドをオーダーした。BGMにずっとジョンの曲。

ジェラス・ガイ
パワー・トゥ・ザ・ピープル(Live)
ヤー・ブルース(Live)
冷たい七面鳥
ラブ
マインドゲームズ
真夜中を突っ走れ
♯9ドリーム
スタンド・バイ・ミー
スターティング・オーヴァー
ウーマン
ビューティフル・ボーイ
ウォッチング・ザ・ホイールズ
などかかる。

あれから2年経ってしまったのだな、と思う。

帰ってきて「未完成第2番 ライフ・ウィズ・ザ・ライオンズ」「平和の祈りを込めて プラスティック・オノ・バンド」「ジョンの魂」聴く。

●12月8日〔2〕

12月8日〔2〕

『古川ロッパ昭和日記・戦中篇』(晶文社1987年)より。昭和十六年十二月八日の日記。
十二月八日(月曜)
 日米開戦 米英両軍と戦闘 宣戦布告。
 昨夜十二時に床に入ったが寝られない、朝起きつゞきで悪いくせがついた。今日がゆっくり故、薬はのまぬことにして、ガンばったが二時すぎ迄知ってゐた。十一時起される。起しに来た女房が「いよいよ始まりましたよ。」と言ふ。日米つひに開戦。風呂へ入る、ラヂオが盛に軍歌を放送してゐる。食事、ラヂオは、我軍が既に空襲や海戦で大いに勝ってると告げる。一時開始といふことで十二時半迎への車で出る。砧へ行く迄の道、ラヂオ屋の前は人だかりだ。切っぱつまってたのが、開戦ときいてホッとしたかたちだ。砧へ行くと、今日は大衆でエキストラの汚い爺婆がうようよしてる。平野・斉藤・堀井・上山と出張して来て、相談--然し、正月興行も、日米開戦となっては色々考へねばならないし、今日の気分では中々考へがまとまらず。所前のしるこ屋でくず餅を食ひ、ラムネのみて話し、それから三時迄待たされ、三時から支度して、芝居小屋のセットへ入ったら、暫くして中止となる。ナンだい全く。昨日の大衆撮影で、二階のセットが落ちて、怪我人を出した。エキストラが怪我したので、今日はコールしても恐がって来ないさうで、大入満員の芝居小屋が、エキストラ不足のため、一杯にならないため、中止となったのであるが、何もそれが分っていれば、僕までカツラつけさしたり、衣裳つけさせたりしなくてもよさゝうなものだ。こゝらが撮影所のわけの分らぬところである。此うなると、たゞ自動車賃貰ひに来たやうなもの。開戦の当日だ、飲みにも出られないから、山野・渡辺を誘って家へ帰る、途中新宿で銀杏その他買ふ。燈火管制でまっくら。家で、アドミラルを抜き、僕はブラック・ホワイトを抜いて、いろいろ食ふ。ラヂオは叫びつゞけてゐる。我軍の勝利を盛に告げる。十時頃皆帰り、床へもぐり込む。

徳川夢声『夢声戦争日記』(中央公論社昭和35年)より。昭和十六年十二月八日とその翌日の日記。
十二月八日
(月曜 晴 温)岸井君が、部屋の扉を半開きにしたまま、対英米宣戦のニュースを知らせてくれる。そら来た。果たして来た。コックリさんの予言と二日違い。
 帳場のところで、東条首相の全国民に告ぐる放送を聴く。言葉が難しすぎてどうかと思うが、とにかく歴史的の放送。身体がキューッとなる感じで、隣りに立つてる若坊が抱きしめたくなる。
 表へ出る。昨日までの神戸と別物のような感じだ。途から見える温室の、シクラメンや西洋館まで違つて見える。
 阪急会館は客席ガラ空き、そこでジャズの音楽など、甚だ妙テケレンだ。花月劇場も昼夜ともいけない。夜は芝居の途中から停電となる。客に演説みたいなことをして賛成を得、蝋燭の火で演り終る。
 街は警戒管制で暗い。ホテルに帰り、今日の戦果を聴き、ただ呆れる。

註 岸井明君は阪急会館に映画「川中島」のアトラクションで、谷口又士の楽団と出演。私は若原春江嬢と共に「隣組鉄条網」という軽喜劇で湊川新開地の花月劇場へ出演。「斯うなると敵性の唄なんか具合が悪いですよ」と岸井君はこぼしていた。コックリさんは十二月十日頃米国と戦争が始まると予言していた、と私は誰かに聴いていた。

十二月九日
(火曜 雨)いつになく早く床を離れ、新聞を片はしから読む。米国の戦艦二隻撃沈。四隻大破。大型巡洋艦四隻大破。航空母艦一隻撃沈。あんまり物凄い戦果であるのでピッタリ来ない。日本海軍は魔法を使つたとしか思えない。いくら万歳を叫んでも追つかない。万歳なんて言葉では物足りない。(中略)
 風呂に入り、また床に横たわり、窓を眺める。窓一杯に枝を張つて見える樟樹に、細雨が粛々とそそいでいる。私という個人と、日米戦との関係をいろいろと考える。今度のこの大戦果に私という個人が、どういう役目をなしているのか? それとも全然何の役目もなしていないのか?
 閉場後、穴の開いた番傘を借りて、暗い街を石田守衛君に案内され、酒場シルバー・ダラーに行く。ジョン・ヘイグを目の前で抜いてくれた。チーズとサーディンをのせた黒パンの美味いのが出る。但し税共に三十幾円。

●12月8日

12月8日



2010年12月7日火曜日

●毛皮

毛皮

毛皮まくあごのたまたまひかりけり  室生犀星

淋しめば毛皮のきつねコンと鳴く  仙田洋子

毛皮夫人駅の別離をくりかへす  中嶋憲武 ≫毛皮夫人50句

はりがねの塔を見あげてゐる毛皮  鴇田智哉

馬喰横山見知らぬ国の毛皮吊る  山口東人

2010年12月6日月曜日

【裏・真説温泉あんま芸者】詰め合わせ

【裏・真説温泉あんま芸者】
詰め合わせ

さいばら天気



2年前の今日、山本勝之さんが亡くなった。12月6日は彼の命日というわけです。

(ちなみに、この日を仲間内で「無臍忌=むさいき」と呼んでいる。語の由来を説明すると長くなるので、端折る)

勝之氏の週刊俳句での連載「暮らしの歳時記」

訃報をお伝えした「週刊俳句」後記


供養というのではありませんが、冒頭ページに「山本勝之氏の愛とでたらめに捧ぐ」の献辞のある平山夢明『DINER(ダイナー)』を読みました。



470頁。そのあいだ、ずっと、心がひりひりして、じんわりして、そして最後は、わーっ! そののち、きゅうっ。

いいものを読むと、心が音を立てますね。琴線に触れると言いますが、私のはそんな上等なもんじゃない。臓物系(いわゆるハツ)の音です。

 

もうすぐ出る『超新撰21』(邑書林)の出版記念イベント「超新撰21竟宴」(12月23日)は、まだ空きがあるようです。

詳細:邑書林による

週刊俳句・上田信治さんによる「お知らせ」記事

シンポジウムは第1部も第2部も、どんな展開になるのか予想がつかない感じがしませんか。メンバー構成からして。

 

いろいろな話題を脈絡なく。「詰め合わせ」です。

 

すこし前の出来事になりますが、青木亮人さんが授業で関悦史さんの俳句を取り上げたという興味深いお話。
http://togetter.com/li/69368

「セカイ系」という語は、新しい世代、またサブカルチャー系で定着している語らしく、このへんは私、勘が働きません。関心のある方は、ググるなり、本を読むなり。

【参考】週俳で読める関悦史句。
ゴルディアスの結び目 50句
白雲 10句
60億本の回転する曲がった棒 10句

2010年12月5日日曜日

ホトトギス雑詠選抄〔40〕冬日〔下〕

ホトトギス雑詠選抄〔40〕
冬の部(十二月) 冬日 〔下〕

猫髭 (文・写真)


ここからは余談贅言となるが、言葉の意味そのものに関しては、言葉の専門学者である国語学者の辞書に歳時記は及ばない。例えば「水無月」は、国語学では「無(な)」は連体助詞「の」の意味で「水の月」という意味だが、歳時記では「水の無い月」として誤って流布されていることが多い。

虚子は西村睦子の『「正月」のない歳時記』を読めばわかるように、近代季語の枠組みを作ったが、中にはおかしなものもある。

例えば、「秋の燈」を虚子は『新歳時記』では「古人が灯火親しむべしといつた秋の夜のともしびである」と正しく韓愈の「符読書城南詩」の一節「灯火稍(ようや)く親しむ可く」を引いた上で、「灯下親し」という、古典を踏まえれば間違った傍題を立てている。しかし、虚子は知った上でパロディとして立てているので、蝋燭の時代とは違うという現代的な照明器具の下でと、強引に傍題を据えたということにもなるが、これは「ふゆひ」と違って、無理がある。「大辞林」は「補説」として、「灯下親しむべし」と書くのは誤り、とわざわざ断っている。

「ホトトギス」の句会では「灯火親し」と正しく書くと誰も採らないという噂がある。まさかと思うが、いかにもありそうなのが噂であり、句友が調べると、「ホトトギス」の俳人は99%が「灯下」で投句しているとの調査結果だったとか。わたくしは「ホトトギス」関連の俳人で面識があるのは五人ほどだが、佳句は採る見識の持主ばかりなので、所詮噂は噂に過ぎないとは思う。

蝋燭ではなく電球の時代は燈下に実感があり、句柄によって使い分けることは可という意見はあるだろう。

例えば、燈の下という意味での、

河豚の皿燈下に何も残らざる 橋本多佳子
野を焼いて帰れば燈下母やさし 高浜虚子
春燈下紙にいただく五色豆 清崎敏郎

といった使い方は全く問題ない。しかし、韓愈の「符読書城南詩」が出典である以上、「灯火親しむ」には電燈だからどうこうは論外となる。「引用は正しく」は俳句に限らず、すべてに共通な後世の歴史に対する誠実な姿勢というものである。

「ホトトギス雑詠」が一世を風靡したため、虚子も神格化され、虚子先生が使ったのだからという誤表記や文法の間違いが俳句的ということで継承される傾向があり、波多野爽波もまた「灯下親し」と使い、「灯火親し」が正しいと句座で指摘されたと云う。爽波の主宰する「青」には間違った使い方を許さない気骨ある弟子たちがいたということになる。

改めて「燈下親し」を調べると、

火虫さへ燈下親しむべくなりぬ 虚子 昭和17年

と、やっぱり虚子が元凶だったが、この句は明らかに韓愈の詩のパロディとして詠まれている。したがって、虚子は「燈火」ではなく「燈下」とおどけているわけである。虚子のジョー句は余り受けずに、真に受けられたらしい。

2010年12月4日土曜日

ホトトギス雑詠選抄〔40〕冬日〔上〕

ホトトギス雑詠選抄〔40〕
冬の部(十二月) 冬日 〔上〕

猫髭 (文・写真)


大仏の冬日は山に移りけり 星野立子 昭和3年

鎌倉の谷戸から那珂川のほとり那珂湊へ引っ越しのため、蔵書が段ボール箱の中で右往左往しているので、本連載も途切れているが、十一月だけ抜けるのも間抜けだし、いろいろ採りあげたい句もあった。例えば、波多野爽波が抜粋した「十一月の句」二十句を挙げれば、

矢大臣の顔修繕や神無月 泊雲 大正5年

水棹などあづけてあるや神の留守 宮地子鴨 昭和7年

高山と荒海の間炉を開く 未灰 明治42年

ちんちんと黄泉のそこより十夜鉦 河野静雲 昭和12年

茶の花に月より降りし時雨かな はじめ 大正6年

激論をして別る丘の落葉かな 水巴 大正1年

菜畠へ次第にうすき落葉かな 泊雲 大正3年

しぐるゝや灯待たるゝ能舞台 あふひ 大正8年

老僧の恋に華頂の時雨かな 耕雪 大正12年

道端の小便桶や報恩講 鬼城 大正4年

たまに来て熊野山社の留守詣 常紫郎 昭和4年

時雨忌や雫晴れして梅嫌(うめもどき) 静雲 昭和1年

小さうもならでありけり茎の石 鬼城 大正4年

梨棚や潰えんとして返り花 秋櫻子 昭和4年

乗れといふ舟に紅葉のちりつゞく 河村いさむ 昭和11年

木枯の森へゆく木戸押せば開く 池内友次郎 昭和11年

野々宮やさしわたりたる時雨月 花蓑 大正14年

しぐるゝや目鼻もわかず火吹竹 茅舎 昭和5年

祇王寺は茶殻を干してしぐれけり 大森積翠 昭和6年

祝言のあり風除に子供達 家田小刀子 昭和12年

と並び、「時雨忌」は外せないし(梅嫌の写真も新宿御苑まで足を運んで撮ってきた)、未灰の「炉開き」の句柄も大きいし、河村いさむの「紅葉」の句も大好きだし、小刀子の「風除」に至っては目を細めて愛でたいが、クレージーキャッツの「五万節」ではないが、運んだ本が五万冊(サバ読むな、このやろ~)では、時機を逸して是非無し。

番外編として、小西昭夫虚子百句』(創風社出版、800円)と岸本尚毅高浜虚子 俳句の力』(三省堂、1600円)を取り上げたい。

虚子没後五十年を記念して昨年は神奈川近代文学館で「子規から虚子へ」の企画展に始まり、角川文庫からの虚子の俳句入門書『俳句の作りよう』『俳句とはどんなものか』の再刊、西村睦子『「正月」のない歳時記』と、見ごたえ読みごたえのある催しと出版が相次いだ。今年も小西昭夫『虚子百句』、岸本尚毅『高浜虚子 俳句の力』と、その余波を受けて面白い本が出たが、今回は小西昭夫『虚子百句』を取り上げる。

著者は昭和29年生まれ。「船団」会員。四国松山から出ている月刊「子規新報」の編集長。愛媛新聞の俳句欄の選者でもあり、「無季俳句も新興俳句も口語俳句も俳句の財産である」と考える真っ当な選者である。句集に『花綵列島』『ペリカンと駱駝』『小西昭夫句集』、歌集に『煙草吸うとき』がある。わたくしは神戸の酒席で一度お会いしたことがある。

愛妻家小西昭夫氏蠅叩く 小西昭夫 平成11年

といった飄々とした句を詠む。また、NHK「俳句王国」(平成20年7月5日)でも、

悪人の往生したる涼しさよ 小西昭夫 平成20年

と、実に芸達者で小粋なところを見せた。

君に聞くトマトご飯の作り方 小西昭夫 平成20年

といったプリティな句も楽しい。いわゆる「俳句に無理をさせない」詠み方である。

この『虚子百句』は、「表現されているままに読む。虚子を知らなくても読める」という趣旨で、手軽に読めるように、文庫版俳句鑑賞百句シリーズの一環として、今年の1月に出されたものだ。一頁一句鑑賞で、前半は「表現されているままに読む」鑑賞、後半に句の時代考証が簡単に付く、読者に無理をさせない書き方である。間に「水の力」「虚子の推敲」「主宰の役割」「編む虚子」の四編のエッセイを含む。全編着眼が素晴らしいが、就中「編む虚子」は他のエッセイが二頁なのに八頁にわたる力作で、編集者、選者としての虚子の力量を余すところなく簡潔に伝えていて、わたくしがくどくどと余生をかけて書こうとしていることが全部書いてある。

違うのは、わたくしが虚子の句を余り高く評価していないということくらいだが、小西昭夫の読みを見ると、わたくしの俳句を読む力がヘタレなだけではないかという気がしてくる。例えば、

流れゆく大根の葉の早さかな 高浜虚子 昭和3年

という虚子の代表作の一つがあるが、わたくしは大根の葉、殊に茎が好物で、これをざくざく切って胡麻油でジャコと炒めたものなど、酒の肴、飯の友として食卓に欠かせないほどだから、アフリカの環境活動家マータイさんのように「流れゆく大根の葉やもつたいない」と先ず読んでしまう。大根の葉は沢庵にするにしても葉を切らずに二本束ねて干して、漬ける時に間に葉を間に挟んで漬けるから、葉は洗っている時には切らない。したがって、大根の茎のうまさ、葉のうまさを知らない、大根の葉をちょん切って捨てて洗うというバカヤロウな景ということになる。つまり、この句は人間の暮しの中を通らない句であり、それでわたくしの中も通らない。

まあ、これはわたくしの実家が切干大根と納豆を混ぜる「そぼろ納豆」の名産地で、三浦大根の産地のそばに住んでいたことが大きいので、八百屋やスーパーで葉を切り落とした大根などを売っているとケッとなる育ちだから是非無い。

遠山に日の当りたる枯野かな 高浜虚子 明治33年

という虚子の代表作が、雪国で育った人にはぴんと来ないようなものである。

小西昭夫は、この「大根の葉」の句に対して鑑賞されたさまざまな評言、「精神の空白状態に裏付けされている」(山本健吉)、「九十九パーセントまでの人生の痴呆、一パーセントの恐ろしく強靭な自然を凝視する心の強さ」(平畑静塔)、「近くの小川で大根の葉を洗うといった、近世以降の庶民の生活が典型として抱え込まれており、いま自分の目の前にある光景は、遠い昔から四季がめぐり来るたびに必ず繰り返されてきた光景であり、そして昔の人もまた、そこに自分と同じような感慨を味わったに違いないと、虚子はほとんど確信している、歴史的連想の時間」(仁平勝)を一蹴する。
大根の葉や近代庶民の生活などはどうでもいい。「水」という言葉こそ一語も使われていないが、この句に詠まれているのは「水の力」、「水の普遍性」なのだ。その鮮烈で活力のある生命の源としての「水の力」に魅かれるのである。
と述べている。これは固有性を越えた普遍性のある読み方と言えるだろう。大根の葉をちょん切ったとしても、沈むほどの重さのものが「早さかな」という最大の切字で詠み止められた以上、そこに「水の力」を見なければ読みが浅いと言われても仕方がない。
虚子は水に敏感な俳人である。
という小西昭夫の読みは、言われてみれば、

春の水流れ流れて又ここに 高浜虚子 昭和7年(「流れ」は「くの字点」表記)

にしても、

一つ根に離れ浮く葉や春の水 高浜虚子 大正2年

にしても、水の流れの早さやたゆたいを射止めている。殊に「一つ根」の句は『俳句の作りよう』の「じっと眺め入ること」の章で延々「自句自解」を試みていて、多分「自句自解」史上最長だと思うが、余り嫌味がないのは、自句を他人事のように語る虚子の語り口と、小西昭夫の言う「水の普遍性」に浮いている見事な俳句の力によるのかも知れない。

一点、表記の訓みで通常の俳人の訓みと異なる句があるので、そのことに触れたい。

地球一万余回転冬日にこにこ 高浜虚子 昭和29年

五十嵐播水夫妻の結婚三十周年祝句で、小西昭夫は「ふゆび」とルビを振っているが、『新歳時記』では「冬の日」の傍題として「ふゆひ」と濁らずに訓む。虚子編以外の歳時記も、「ふゆひ」と濁らずに訓む。例外はない。したがって、掲出句の立子句も「ふゆひ」と訓む。

逆に、国語辞書では「ふゆび」と訓む。新しい『広辞苑第六版』然り。『言海』には「冬日」すらない。国語辞書と歳時記が真っ向から異なるという珍しい訓みである。小西昭夫は俳人ではなく一般人として、虚子の句を読んでいることになるが、これは作者が「ふゆひ」と詠んでいるのだから、「ふゆひ」と訓んでやるのがよろしいかと思う。

子規も「冬日」という題を立てているが、わたくしがアルス版の全集で調べた限りでは、すべて「冬の日」で詠んでいる。ただし、蕉門の北枝に「稲干のもも手はたらく冬日かな」という句があるから、江戸時代に例句が無いわけではない。ただ「ふゆひ」と訓むか「ふゆび」と訓むかはわからない。

足に射す冬日たのしみをりにけり 立子

など、わたくしは茨城生まれなので、夏目漱石が茨城の赤毛布(田舎者)は芋をエモと妙な発音すると揶揄していたように、「し」と「ひ」も茨城県人には発音が難しいので「ふゆひ」で訓むと、掲出句もそうだが、非常に読みづらい。「ふゆび」という気象予報用語に耳が慣れているせいもあるだろうが、俳人以外は「ふゆび」と訓むと思う。「ふゆひ」の訓みは、俳句では、虚子が定着させた訓みだと思われる。

訓みは違っても意味は同じとはいえ、例えば掲出句は「ふゆひ」だと大仏から山へ移る日差しが「ふゆび」よりも心もち澄んで響く。「ふゆび」だと零℃以下のきっぱりとした日差しの印象が強く感じる。声に出した途端、言葉が意味を持つためだろう。

(明日に続く)


2010年12月3日金曜日

〔暮らしの歳時記〕熱燗 山田露結

〔暮らしの歳時記〕
熱燗

山田露結


熱燗を飲むとつい「嗚呼」と言ってしまう。
お猪口を啜るたびに「嗚呼」と言うオレの真似をして2歳の次男がジュースを飲んでは「嗚呼」とやる。
これは溜息ではない。

溜息でなければいったい、熱燗を飲むときに出るこの「嗚呼」は何なのか。
酒が体に染みていく感じを人は無意識に「嗚呼」と表現してしまうのだろうか。
熱燗を飲むときには、この「嗚呼」も酒の味わいの要素のひとつとして、かなりの割合を占めているような気もする。

試しに熱燗を飲んだ後、「嗚呼」を我慢してみる。
すると「嗚呼」の代わりに鼻から息が抜ける。
何度か試してみたがやはり同じことである。
鼻から抜ける息を仮に「鼻嗚呼」と名づけてみる。

で、今度はその「鼻嗚呼」も我慢してみる。
ところがどうだろう、苦しくてたまらない。
やはり、何度やってもおなじことである。
その度に息を止めた状態になって、そのまま我慢し続けると窒息してしまいそうだ。

なるほど、熱燗を飲んだときに出る「嗚呼」は酒の旨さを体が表現しているのではなく、人体の仕組みとして飲み物を飲んだ後には必ず洩れてしまうものなのだろう。

さて、人は一生にいったい何度「嗚呼」を洩らすのだろう。
きっと今夜も日本中で数え切れないほどの「嗚呼」が洩れていることだろう。


熱燗のいつ身につきし手酌かな  久保田万太郎

2010年12月2日木曜日

●宇宙人

宇宙人

ブタクサに宇宙の電波飛来せり  桑原三郎

末黒野に捨つるほかなき宇宙船  太田うさぎ ≫出典

灯火親し英語話せる火星人  小川軽舟

宇宙是れ洗濯板にヒヤシンス  攝津幸彦

かはほりは火星を逐われ来しけもの  三橋鷹女

枇杷の実のお尻宇宙の涯は此処  正木ゆう子

夏の星どれか故郷だと思ふ  中嶋憲武 ≫出典


2010年12月1日水曜日

●火事

火事

赤き火事哄笑せしが今日黒し  西東三鬼

映画出て火事のポスター見て立てり  高浜虚子

火事を見る胸裡に別の声あげて  加藤楸邨

一月の火事いきいきと風下へ  三橋敏雄

胸にまだ火事の火の燃え詩集買ふ  皆吉司

暗黒や関東平野に火事一つ  金子兜太

鶏と鶏ぶつかり遠き春の火事  正木ゆう子

地底ですか地底ですねと火事の客  佐山哲郎

ガラス戸の遠き夜火事に触れにけり  村上鞆彦