2012年7月2日月曜日

●月曜日の一句〔久保純夫〕 相子智恵


相子智恵








紫陽花のあちらこちらでるみ子死す
  久保純夫

句集『美しき死を真ん中の刹那あるいは永遠』(2012.5/現代俳句協会―現代俳句コレクション・2)より。

誰が書いたのかも、どこで読んだのかも、今となってはまったく思い出せないのに、ディティールだけが妙に心に残っているエッセーがある(たぶんエッセーだと思う…)。出てくる花の名前・人名はすべて仮名でたいへん恐縮だが、たしかこんな話だ。

著者が山へドライブに行ったときのこと。山中で、自分が採ってきた山野草の鉢を並べ売る男がいた。著者は一鉢買おうと、その名前を一つずつ尋ねていく。男は「これはカタクリ」「これはイワカガミ」などと答えるが、いくつか尋ねていくうちに「ええと、これはユミコ」「これは?」「これもユミコ」と答えだす。著者は内心、男が山野草に詳しくなく、知らない花をでたらめな名前で教えられたことに腹が立つのだが、ふと、不器用な男の様子から、男が名前を知らない山野草にはすべて「ユミコ」という忘れられない女の名を付けて呼んでいることに気づき、やるせない気持ちになってそこを立ち去った、という話だった。

掲出の句集は作者の久保純夫が、亡くなった妻で俳人の久保るみ子ただ一人に向けて書いた句日記の、俳句だけを独立させた句集である。2011年1月1日から12月31日まで365日毎日書いたという。妻は1月31日から3月25日まで入院、その後二人の希望で自宅に戻り、6月25日に自宅で亡くなる。妻が亡くなった後も、句日記は書き続けられた。

〈紫陽花のあちらこちら〉に妻はいた。そして死んだ。紫陽花は、ただ紫陽花のみではなく、すべての花のことであり、すべてに妻がいるのだろうと、そう思った。

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