2012年10月31日水曜日

●雑巾

雑巾


雑巾のまだ濡れてゐる落花かな  糸 大八

雑巾をかぶせられたる秋の蜂  岸本尚毅

寒き空より雑巾の落ち来たり  石田勝彦

雑巾が人の顔して凍ててをり  雪我狂流〔*

山笑ふ雑巾のみなあたらしく  津川絵理子〔*

雑巾をはやかけらるるつぎ木かな  一茶


〔*『俳コレ』(2011年12月・邑書林)より



2012年10月30日火曜日

【俳誌拝読】『大』vol.23(2012年秋号』 西原天気

【俳誌拝読】
『大』vol.23(2012年秋号)

西原天気


編集・発行:境野大波。A5判、本文44ページ。

招待席5句より。

  風吹いて芭蕉の骨の鳴る日なり  梅津篤子

同人諸氏作品より。

  猿山の子猿の拾ふ秋のもの  境野大波

  長き夜の旗判定や白二本  青木空知

  雲の峰ざらつく紙に式次第  秋山 夢

  お参りはせぬ人と来て墓洗ふ  安達ほたる

  黒南風のまづ寄るソウル市場かな  荒井八雪

  風の道草の道なる通し鴨  安藤恭子

  ふきの葉の穴すけすけとなる芒種   石田遊起

  熊除けの鈴の聴こゆる緑雨かな  井関雅吉

  ゴーヤつてしみじみ強しうらやまし  市川七菜

  ベランダの芥の中に蛾が白し  榎本 亨

  下闇や竹の持ち手の虫めがね  遠藤千鶴羽

  数百の蝉の震へに目覚めけり  奥村直子

  コカコーラの瓶の流れてゆく夏野  尾崎じゅん木

  廃線の枕木ごとに夏果つる  尾野秋奈

  掬ひては水羊羹の滑り落つ  かたしま真美

  秋風や前三輌は海へ行き  川島 葵

  八月の一合だけの米を研ぐ  きたかさね

  夕立の音のあかるきアーケード  佐山薫子

  雨匂ふ葦簀の匂ふまひるかな  高畑 桂

  すこしづつ祭りの町となりゆける  武井伸子

  朝顔や留守のあひだに交配し  土岐光一

  夏の鳥金属片のごと飛べり  中村瑞枝

  影に入る晩夏のビルの影を出て  花房なお

  前菜のずらり赤くて半夏生  双葉

  お供物を頭で運ぶ素足かな  古瀬夏子

  青嵐渦にあぶくに流れたり  前田りう

  万緑の真中におはす女郎蜘蛛  八重樫闊歩

  花茣蓙の広げしものと巻かるると  山下きさ

2012年10月29日月曜日

●月曜日の一句〔堀本裕樹〕 相子智恵



相子智恵







紀の国の水澄みて杉澄みまさる  堀本裕樹

句集『熊野曼陀羅』(2012.9 文學の森)より。

〈紀の国〉は紀伊の国、現在の和歌山と三重県南部の一帯に当たる。〈紀の国〉は一説には、7世紀に国が成立した当初は「木国(きのくに)」であったとも。雨が多く森林が生い茂っている様子から名付けられたともいわれる。

掲句、まるで国誉めのようだ。天地すべての水が澄み渡る秋の季語〈水澄む〉で、まず〈紀の国〉の水の美しさを讃え、さらにその水を得た杉が〈澄みまさ〉っていくと讃える。この杉に熊野古道を思う。まっすぐ天へ伸び、その尖った天辺に神が降りてくると考えられた神聖な杉だ。水も木も澄む熊野という地への捧げ物のような一句である。

俳句で「風土詠」という言葉、もうあまり聞かなくなった。日本全国が東京のサバービアのようになってしまった現代では、風土といってもピンとこない人も多いだろう。和歌山県出身の作者のように、大振りな風土詠が特徴の作家は、若手俳人を見渡してもほとんどいない。氏の句の中には過剰な演劇性も見られるが、それは神に捧げられた古代の演劇のような、熊野の地霊への身振りにも思われる。多くの若手の作風がサバービア的な軽さに傾くなか、その対極として注目したい作風である。

2012年10月28日日曜日

〔今週号の表紙〕 第288号 紅玉 西原天気

今週号の表紙〕 
第288号 紅玉

西原天気




東京・国立市では毎年11月の初めに「天下市」というお祭りがあります。地元の商店会や企業が歩道のテントに店を出す。あるいは遠い町から物産品を売りにやってきたりもする。人がごった返すなかを見て回るのは、ちょっと骨が折れますが、楽しくもあります。

今年の天下市は次の週末(≫こちら)。



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2012年10月27日土曜日

●十三夜

十三夜


くちびるとジャムのふれあふ十三夜  津久井健之〔*

読まぬ書の砦づくりに十三夜  角川源義

本棚に本の抜け穴十三夜  火箱ひろ

竹寺の竹のはづれの十三夜  岸田稚魚

大皿に蟹のけむりぬ十三夜  村上鬼城

漢方の百の抽斗十三夜  有馬朗人

麻薬打てば十三夜月遁走す  石田波郷

宙吊りの豚はももいろ十三夜  仙田洋子

十三夜畳をめくれば奈落かな  河原枇杷男

立ちざまに足の触れ合ふ十三夜  太田うさぎ〔*


〔*『俳コレ』(2011年12月・邑書林)より 

2012年10月26日金曜日

●金曜日の川柳〔海地大破〕 樋口由紀子



樋口由紀子







回転鮨はこの世の果ての如くあり

海地大破 (うみじ・たいは) 1936~

世の中にはよくわからないものや不思議なものが数多くある。けれども、ふつうは回転鮨をこのようには思わない。作者は色とりどりの鮨が次々とベルトコンベアに乗って運ばれてくるのがこの世の果てに見えたのだろう。

いまでこそ回転鮨は見慣れたものになったが、登場したときは驚いた。現代の知恵と技術を駆使した合理的なものである。それを非合理なものとしてとらえている。すべてのモノやコトは合理的にとらえ切れるものではない。謎がある。「回転鮨は」の「は」で描写に粘着力が出た。

〈はらわたに仏が降りてきて眠る〉<転生のよさこい節を口ずさむ〉 思いや感情を骨格太く描けるのは自己の拘泥と覚悟があるからだろう。世界と向き合っている作者がいる。『現代川柳の精鋭たち』(北宋社刊 2000年)所収。


2012年10月25日木曜日

●きれい

きれい


馬の尻の綺麗に割れて菫咲く  中村和弘

いちばんのきれいなときを蛇でいる  岡野泰輔〔*

竹植ゑてそれは綺麗に歩いて行く  飯島晴子

私より彼女が綺麗糸みみず  池田澄子

至の日きれい植木屋木の上に  山口青邨


〔*『俳コレ』(2011年12月・邑書林)より 
 ●

2012年10月24日水曜日

●肛門

肛門

肛門で腸終りたる初茜  寺澤一雄

肛門を今蔵いけり夏の空  永田耕衣

鮭食う旅へ空の肛門となる夕陽  金子兜太

世界よりマイナスされしアヌス哉  武田 肇

内科歯科風に吹かれて肛門科  山本勝之

烏山肛門科クリニックああ俳句のようだ  上野葉月

凧ぬっと太陽肛門へ  九堂夜想

ゆふがほの路地は胃腸か肛門か  西原天気

人死ねば肛門開く大暑かな  林 雅樹〔*


〔*『俳コレ』(2011年12月・邑書林)より


2012年10月23日火曜日

●2012 落選展作品募集のお知らせ

2012 落選展作品募集のお知らせ
出展50句作品募集!

角川俳句賞角川俳句賞角川俳句賞角川俳句賞角川俳句賞角川俳句賞角川俳句賞
第58回角川俳句賞は、広渡敬雄さん「間取図」に決定いたしました。
おめでとうございます!

さて。

今年も『週刊俳句』では、「落選展」を開催いたします。

【ご参考】2011落選展 ≫読む 2010落選展 ≫読む

落選展から、毎年、多くの話題作が生まれています。

第58回角川俳句賞に応募され、惜しくも受賞ならなかった50句作品を、この落選展にお寄せください。


応募作品の全てを『週刊俳句』第288号(10月28日リリース)誌上に掲載いたします。(10月25日発売の「俳句」11月号誌上に掲載された作品は、発表を見合わせます)

また、掲示板への書き込みの形で、各作品に読者諸氏のご意見・ご感想をお寄せいただくことを、ご了承下さい。

送付〆切 10月26日(金)

送り先
村越 敦 atsushi.murakoshi@gmail.com
村田 篠 shino.murata@gmail.com
上田信治 uedasuedas@gmail.com
西原天気 tenki.saibara@gmail.com

電子メールの受付のみとさせていただきます。

書式:アタマの1字アキ等、インデントをとらず、句と句のあいだの行アキはナシでお願いいたします。

あわせて簡単なプロフィールを、お寄せ下さい。

ご不明の点があれば、上記メールアドレスまでお問い合わせください。
なにとぞ奮って御参加くださいますようお願い申し上げます。

2012年10月22日月曜日

●月曜日の一句〔峯尾文世〕 相子智恵



相子智恵







文語的暗がりに柿灯りゐる  峯尾文世

句集『街のさざなみ』(2012.8 ふらんす堂)より。

暗さに対して〈文語的〉という、飛躍のある機智が面白い句だ。

現代の話し言葉である「口語」に対して、平安時代語を基礎とした古い書き言葉である「文語」。いま作者の目の前にある暗がりとは、そんな文語の字面のように、黴臭くも、たおやかな暗がりなのだろう。実際、古い日本家屋の中の、秋の日差しの届かない場所を眺めているのかもしれない。

その暗がりを明るく灯すように置かれた〈柿〉。古来より日本人に愛されてきた柿という果物が〈文語的暗がり〉とよく響いていて、懐かしさを生んでいる。これがたとえば林檎や梨では、この味わいは出せないのではないか。林檎や梨のようにシャキシャキとストレートな歯ざわりは口語を連想させ、逆に柿のなめらかな歯ざわりは文語的な感じがする。

また、芭蕉に〈里古りて柿の木もたぬ家もなし〉という句があるが、昔の家の庭木にはよく柿が植えられていたということも、この句の機智に説得力を与えている。芭蕉の弟子・去来の草庵、嵯峨野の「落柿舎」も思い出された。




2012年10月21日日曜日

〔今週号の表紙〕 第287号 空は縞柄 矢野玲奈

今週号の表紙〕 
第287号 空は縞柄

矢野玲奈



衣替え完了。

クローゼットに並んだのは、黒や茶の暗い色の洋服ばかり。

花柄や水玉柄が減って、代わりに登場したのは豹柄。

会社に豹柄を着ていくのは難しいけれど、FちゃんのボーダーやMくんのチェックみたいに、着こなせるようになりたい。



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2012年10月20日土曜日

●海底

海底

海底を列車が走る青葡萄  糸 大八

海底のごとくうつくし末枯るる  山口青邨

海底は水にかくれて合歓の花  鳥居真理子

海底の隆起におのが寒き影  佐藤鬼房

海底の戦艦を発つ黒揚羽  高野ムツオ




2012年10月19日金曜日

●金曜日の川柳〔倉本朝世〕 樋口由紀子



樋口由紀子







少年は少年愛すマヨネーズ

倉本朝世 (くらもと・あさよ) 1958~

少女は女のにおいがするが、少年には男のにおいがしないと誰かが言っていた。「少年」という言葉には純粋性が漂う。「少年は少年愛す」のはあるだろう。しかも「愛す」だから、単に好きだというレベルではない。少年の存在そのものに向かっての意識が高まっていく。

が、なぜ「マヨネーズ」なのか。と、考えているうちにチューブからしぼり出る薄黄色のぬるっとした食感を思い出す。べっとりとして、艶々している。「少年は少年愛す」と「マヨネーズ」をぶつける二物衝撃ではなく、アナロジーだろう。二つ並ぶと好奇心とか嫌悪感を相殺して超えていく。二つが似ていると見た作者の知的直観が立ち上がった。

〈グラビアのからだちぎれる天の川〉〈童話のページ深くて桃は冷えており〉〈ふるさとは幾度も河へ倒れ込み〉『硝子を運ぶ』(詩遊社刊 1997年)所収。

2012年10月17日水曜日

●骨壺

骨壺

骨壺をはみだす骨やきりぎりす  杉山久子

眠りては骨壺となる白鳥ら  小林千史〔*〕

骨壺に桜散りこむ怒濤かな  須藤徹

骨壺に追ひすがるもの白き蝶   京極杞陽


〔*〕『俳コレ』(2011年12月・邑書林)より

2012年10月16日火曜日

【俳誌拝読】『絵空』創刊号(2012年10月15日)

【俳誌拝読】
『絵空』創刊号(2012年10月15日)

西原天気



中田尚子、山崎祐子、茅根知子、土肥あき子の4氏により創刊された同人誌。季刊。A5判、本文16ページ。前半に各氏、見開きに12句ずつ、中ほどに2012年8月15~16日の「いわき吟行」の記録。後半は、いわき吟行句を各氏8句ずつを掲載。


始まつたばかりの時間雲の峰  中田尚子

蜻蛉の自在よ豊間中学校  山崎祐子

長き夜のはじめに窓枠のありぬ  茅根知子

咲ききつて蓮に羽音のよぎりけり  土肥あき子


連絡先e-mail esora@sky.so-net.jp

2012年10月15日月曜日

●月曜日の一句〔岩永佐保〕 相子智恵



相子智恵







口中に一枚の舌神の留守  岩永佐保

句集『迦音』(2012.9 角川書店)より。

旧暦なので今からちょうど一ヶ月ほど先のことになるが、旧暦十月の神無月には、八百万の神々は出雲へと旅立ち、出雲以外は〈神の留守〉となる。出雲に一堂に会した神々は、翌年の男女の縁結びを定めると信じられた。

そんな〈神の留守〉を、自身の口の中にある〈一枚の舌〉と取り合わせている。何の関連もない二つのものが響きあって不思議な一句となった。この取り合わせに説明はつかない。

思えば、生まれたばかりの赤ちゃんが泣いて意志表示をしたり、乳を飲むとき。舌はもっとも根源的な器官ではあるまいか。そんな原初の官能を〈一枚の舌〉は持っている。
そして詩もまた、手よりも先に舌とともにあった。いにしえの詩の言葉は舌を通じてうたわれて、神々への祈りとなった。

太々とした原初の感覚と詩の起源を、神無月の〈一枚の舌〉は思い起こさせてくれるのである。




2012年10月14日日曜日

〔今週号の表紙〕 第286号 山頂

今週号の表紙〕 
第286号 山頂

小川由司(写真) 西原天気(文)





「今度いっしょに登りましょう」というメールが数葉の写真付きで、カメラマンの小川さんから届いた。

おお、富士山!


ああ、気持ちいいだろうなあ。登りたい。でも、きついだろうな、体力いるな。


小川由司・ウェブサイト


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2012年10月13日土曜日

【新刊】今井聖『部活で俳句』

【新刊】
今井聖『部活で俳句』


2012年8月22日/岩波ジュニア新書


「男子校の英語教師」の語りでテンポよく始まるが、物語仕立ては第一章のみ。第二章以降は、一般的な俳句入門書のスタイルとほぼ同じ。ただし、切れや季語、定型などの約束事は、あとの章となり、「Ⅱ 俳句は日常だ」「Ⅲ 写す俳句 感じる俳句」の章が前に置かれたところが特徴的。俳句へのスタンスのようなものが重視されているということだろう。

例句として、過去の作家・有名作家の句だけでなく、俳句甲子園に出場した高校生の句も数多く掲げる点がユニーク。 (西原天気・記)



2012年10月12日金曜日

●金曜日の川柳〔井上一筒〕 樋口由紀子



樋口由紀子







警告が出て押す理容院の椅子

井上一筒 (いのうえ・いーとん) 1939~

「理容院の椅子」にドキリとしたが、その意味はよくわからない。ただ、鮮明に情景が浮かび上がった。なぜ「理容院の椅子」なのか。警告が出たら、他にしなければならない大事なことがある。が、ふとそこがこの句のポイントであり、おもしろさなのかと思った。何かへんと思わすところが、いや何かヘンだと思ってしまう深層心理を突いている。

「理容院の椅子」を押す人があってもいいのである。道徳的倫理的に自分勝手だとひと括りされることへの、それこそ警告なのだ。「理容院の椅子」を押すことは定められた世界への反抗である。上からあてがわれた情報や価値観に統一されることへのアイロニカルな視線がある。「第六回浪速の芭蕉祭」(2012年 鷽の会刊)収録。

2012年10月11日木曜日

【俳誌拝読】『都市』2012年10月号を読む 西原天気

【俳誌拝読】
『都市』2012年10月号を読む

西原天気



発行・編集人:中西夕紀。A5判、本文42ページ。巻頭に、筑紫磐井「俳句の歴史入門講座26 季語25 二十四節気インタビュー」、大庭紫逢「現代川柳考3 川柳の成立」。ほか、栗山心「俳句月評(第12回)十年生が読む入門書」では、『十七音の海 俳句という詩にめぐり逢う』(堀本裕樹/カンゼン)、『決定版 俳句入門』(『俳句』編集部/角川学芸出版)の2冊を取り上げる。

以下、会員諸氏の作品から気ままに。

新神輿金銀よりも白木美し  中西夕紀

写真ボックス白靴の足かしこまる  砂金 明

砂浜の荷物の番やサングラス  坂本遊美

孑孒に鉢の深さの足らざるに  田中翔子

なけなしの奥歯削られ青嵐  安藤風林

風鈴や全集すべてばら売りに  栗山 心

蟇歩む金環蝕の小くらがり  桜木七海

走り根の瘤五つ六つ木下闇  高見 悠

聖五月鳥の持ち去る鳥の羽  野川美渦

木漏れ日に日蝕の影風薫る  丸山 桃

亀虫の若葉一枚頼りとし  森 有也



2012年10月10日水曜日

●kisses

kisses

キスする感じかな家人刈る芒  井口吾郎

接吻映画見る黴傘に顎乗せて  清水基吉

目で交はすくちづけよけれ秋扇  大田うさぎ〔*

キス初めて昆虫館の潜む森  坪内稔典


〔*『俳コレ』(2011年12月・邑書林)より



2012年10月9日火曜日

【俳誌拝読】『里』2012年6月号を読む 西原天気

【俳誌拝読】
『里』2012年6月号を読む

西原天気



発行人:島田牙城、編集人:仲寒蟬。A5判、本文36ページ。以下、同人諸氏の作品から気ままに。

饐飯や隣の屋根にいなびかり  狼耳

足で掻く足の裏側明易し  秋山菜穂

つちのこは本当にいる梅雨に入る  洋子

花衣屍のごと重なりぬ  仲 寒蟬

さばへなす神ぞ長湯に居眠るは  島田牙城

ベランダより落ちてブラウス靴その他  谷口智行

無花果の葉のごわごわの母を嗅ぐ  男波弘志

茄子の花ふつうに育ちふつうに嫁ぐ  木綿

半分は自分羊羹切るときも  湾 夕彦

サイダーの泡の向うを影過ぎる  ひらのこぼ

蝌蚪の水生活感のありにけり  きびのもも

六月のととのつてゐる木のかたち  水内和子

しあわせに直径ありぬしゃぼん玉  月野ぽぽな

月夜かな広場におばあさん踊る  小林苑を

日めくりをめくりたそうな冷奴  倉田有希

押す釦押せばカチリといふ薄暑  上田信治

秋の川棒をつかつて渡りけり  佐藤文香

 ●

上田信治「成分表77」は、差異化と価値について。

際限のない差異化のループ(違うから惹かれ、それに慣れる=飽きると、別の差異化を求める)から脱して、パスコの「超熟」を毎朝のトーストにすることとは?


そのうち週刊俳句に転載されるはずですから、そのときまたゆっくり考えてみればいいことですが、自分の言い方で言えば、「パンて、もともと美味しいものだから。美味しくなければ、こんなに長いこと食べてこなかったわけだから」ということでしょうか。「もともと美味しいもの」というのを忘れた人が差異化ゲームに走るのかもね、と。


ちなみに「超熟」って一度食べてみたのですが、私とは相性が悪かったんですよね。だからって、軽井沢からパンを取り寄せたり、フランス人ブーランジェの大きな写真を飾った店にわざわざ買いに行ったりは、絶対にしませんけれど。

2012年10月8日月曜日

●月曜日の一句〔橘いずみ〕 相子智恵



相子智恵







ビーカーの水の沸騰鰯雲  橘 いずみ

句句集『燕』(2012.9 ふらんす堂)より。

ここへ来てようやく秋らしい空を楽しめるようになった。

掲句、学校の理科室での、実験の風景だろうか。ガラスのビーカーの中には、澄んだ秋の水がぽこぽこと、透明な泡を吐き出している。ふと目を転じて窓から見上げた空には、鰯雲。

沸騰したお湯の細かな気泡と鰯雲にはどことなく似た雰囲気があって、透明感のある気持ちのよい取り合わせとなっている。

掲句が見せているのは沸騰したビーカーの水と、鰯雲という「物」だけだが、そこから澄んだ気持ちのよさや、学生時代の懐かしい日々、その頃の“ここではないどこか”を夢見るような心が、次々と引き出されてくる。

「俳句は物に託して詠む」と当たり前のように語られたりするが、物だけを詠み、そこに“陳腐”と“独りよがり”のどちら側にも落ちない“一本の共感の稜線”を見出すことは、意外と高度なバランス感覚を要するのだと、あらためて思う。



2012年10月7日日曜日

〔今週号の表紙〕 第285号 大英博物館のモザイク壁画 橋本直

今週号の表紙〕 
第285号 大英博物館のモザイク壁画

橋本 直




たしかポンペイからもってきたものだったと書いてあったような気がするが、なにせ広すぎる大英博物館のことなので記憶に自信はない。このモザイク、随分緻密できれいだけど、なんとも不思議な画。二隻の舟にそれぞれ裸の男がふたり乗っていて、網を引いている。しかしその網にかこまれて捕まりそうなのは、魚じゃなくてみんな陸の動物ばかり。ヒョウやダチョウやオオトカゲなんかがいるところをみると、どうもアフリカのようだけれども、どういったわけでこんなモティーフなのかは謎です。他にもワニに乗る大道芸人の像とか、こんな(下写真)素敵なおじさんのモザイク画もあり、このコーナーは楽しかった。しかしあのロゼッタストーンの前では何者かにリュックのポケットのファスナーいきなり引っぱられて吃驚。用心して何も入れてなかったけど、そういう所です。ご用心あれ。


 
 
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2012年10月6日土曜日

●鯖




フェリーニの大田区秋鯖買う夫人  近藤十四郎

秋鯖を提げて夕日を滴らす  戸川稲村

戦争よあるな路地さみだれて鯖食う家  橋本夢道

秋鯖や上司罵るために酔ふ  草間時彦

鯖の旬即ちこれを食ひにけり  高浜虚子

去年に似たけふならばこそ鯖くはめ  上島鬼貫



2012年10月5日金曜日

●金曜日の川柳〔小池正博〕 樋口由紀子



樋口由紀子







舞えとおっしゃるのは低い山ですか

小池正博 (こいけ・まさひろ) 1954~

なんともけったいな川柳である。山が人に舞えと言うわけがないと思いながら、ひょっとして山はそう言って人をかどわかしている存在なのかもしれない思った。

「舞え」は舞台で舞を披露することではなく、どこか狂気をはらんだ、逸脱した行為をさしているように思う。それも高い山ではなく低い山が、本心を見透かして、どっしりとして落ち着いて、悪魔のようにささやいてくる。それが「おっしゃる」のだから、諧謔がある。

自意識は物を書くうえでの大きな契機である。低い山は自分のうちにあるもう一つの姿かもしれない。もし舞えば世界はどのように変容するのだろうか。「杜人」2012年夏号収録。

2012年10月4日木曜日

●十月〔続〕

十月


十月は馬糞のやうにやつてくる  阿部青鞋

眼鏡はづして病む十月の風の中  森 澄雄

十月の紺たつぷりと画布の上  福永耕二

こひびとの腕十月のさるすべり  皆吉司

十月の闇の火がつく紙風船  坪内稔典


過去記事 2011年10月1日


2012年10月3日水曜日

●ワイシャツ

ワイシャツ

ワイシャツのひやりと朝の桜かな  林昭太郎 〔*〕

ワイシャツは白くサイダー溢るゝ卓  三島由紀夫

山ふかく誰がワイシャツのボタンかひろふ  篠原梵

ワイシャツ店白鳥よりも白く灯す  田川飛旅子


〔*〕林昭太郎句集『あまねく』より

2012年10月2日火曜日

●胡桃

胡桃

胡桃のなか学僧棲みてともに割らる  関悦史

広瀬川胡桃流るる頃に来ぬ  山口青邨

胡桃割る胡桃の中に使はぬ部屋  鷹羽狩行

しぐるるや胡桃に甲斐の国の音  穴井 太

胡桃焼けば灯ともるごとく中が見ゆ  加藤楸邨

胡桃割るこきんと故郷鍵あいて  林翔

手の中の胡桃しだいにあたたかく  山西雅子

ボール函解くより先に胡桃鳴る  橋本美代子

ことことと胡桃の中のシャイロック  平井照敏

胡桃割る閉じても地図の海青し  寺山修司


2012年10月1日月曜日

●月曜日の一句〔林昭太郎〕 相子智恵



相子智恵







にはとりの千羽鎮もる月夜かな  林昭太郎

句集『あまねく』(2012.8 ふらんす堂)より。

これを書いている9月30日は中秋の名月だが、残念ながら台風が来ていて月を拝めそうもないので、せめて月の句を読もうと思う。

掲句、鶏舎だろうか。夥しい数の鶏たちが、つやつやと白い羽に包まれた体をまるめ、静かに眠っている。

冴え冴えとした月の光が鶏舎に射し込み、鶏たちの体を照らしている。まるで照らされた鶏舎全体が白く発光するようである。ここには月と鶏たちの、静かな光の交歓がある。

静かな月の光はやがて、朝のまぶしい太陽の光に入れ替わってゆく。千羽の鶏たちは一斉に鳴き、夜明けを告げることだろう。

夜の象徴である月と、朝を象徴する鶏。もの静かな一句の奥底には、夜から朝へ、静から動への“時間”というものが、伏流水のように存在している。そう思えてくるのである。