2013年5月22日水曜日

●水曜日の一句〔佐怒賀正美〕関悦史



関悦史








青梅雨や都電に坐る人魚がほ   佐怒賀正美

この句が収録された『天樹』という句集、全体にもののけめいたものがよく登場する。

《秋暑し夜行の百鬼つまずくも》《冥王星目立たぬ金魚のやうに笑む》《土竜叩きいつしかどれも地震(なゐ)鯰》、それから《大挙して文字化けになる蝌蚪の国》の「文字化け」も化け物っぽいし、福島第一原発事故を詠んだ《原子炉の化けものの息さくら闇》でも原子炉が化けている。

化け物が出ていてもどの句も意味がわかりやすすぎるくらい明瞭で、きっぱりした線で描かれた絵巻物の妖怪を思わせる。愛嬌もあり、あまり怖くはない。

その中で、もののけが出そうな気配、空気感にやや踏み込んでいるのが掲句。

都電に何やら怪しげなものが座している。

尋常な長髪の女性なのだろうが、顔が人魚めいているという。

過去の遺物じみた都電は起伏の多い下町の路面を、ときには人の家の裏庭をかすめるようにもして、上下左右に曲がりくねりながら進んでいく。

梅雨の湿り気と生い茂り出した植物の生気が狭い車内に滲み入る。

多少の怪異が起きてもあまり違和感のない舞台装置だが、都電そのものが今ではいささかもののけめいており、唐突な「人魚」の介入で、都電までもが絵巻物の世界に引き入れられて妖怪とされてしまったような風情。

句の言葉が物に向かうよりは、意匠を組み上げることを志向しているので謎には当然乏しい。妖怪絵巻に新たな妖怪を付け足していく楽しみに付き合うようにして、読者は句集を通り抜けていくことになる。


句集『天樹』(2012.10 現代俳句協会)所収。

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