2013年9月2日月曜日

●月曜日の一句〔安井浩司〕相子智恵

 
相子智恵







鵺一羽はばたきおらん裏銀河  安井浩司

「巨蛇抄」(『現代詩手帖』2013.9月号 思潮社)より。

〈はばたきおらん〉だから鵺はトラツグミのことだろうか。夜中にヒョーヒョーと寂しい声で鳴く鳥だ。この句ではもう一方の鵺ーー『平家物語』に出てくる、頭は猿、胴は狸、手足は虎に、声はトラツグミに似ている伝説の妖怪ーーにも思えてくる。その名の二重性が生きている不思議な句だ。

鵺が羽ばたくのは〈裏銀河〉という架空の場所。まばゆい星々が密集する銀河の裏には、逆に濃い闇が密集しているのではないだろうかと鵺から連想する。その闇は何もない「空っぽの闇」ではなく、充填された「満ちた闇」のように思う。なぜなら、たくさんの星が生まれて死んでいく銀河の裏は、たくさんの闇が生まれて死んでいく場所のように感じられるからだ。

現実にいる小さな鳥の大きな羽ばたきのようでもあり、巨大な妖怪のようでもある鵺。空虚なようで満ちている、架空の〈裏銀河〉の闇。目に見えるものと見えないものがぐちゃぐちゃと混ざりあって膨張してゆく、不思議に大きな世界。それでいて、すっきりとした立ち姿の一句に仕立てられている。惹かれる世界である。

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