2014年2月19日水曜日

●水曜日の一句〔仲寒蟬〕関悦史



関悦史








田楽うまし人生観の変るほど   仲 寒蟬

俗に、初物を食べると寿命が七十五日延びるという。

これは何も初物に限ったことではないので、久しく離れて忘れ去っていた美味を口にすると、全身の細胞が驚き、賦活されるようで、同時に過去のさまざまな記憶が呼び起こされたりもし、しみじみ生の豊かさを感じたりもすることになる。

「人生観の変るほど」は、見かけほど大仰ではないのだ。

筆者など、ふだん工業製品のようなものばかり食べているので、たまに普通の家庭料理を口にしたりすると、それだけで記憶に埋もれていた子供のころの暮らしが噴きだしてきたりもする。

國分功一郎『暇と退屈の倫理学』に、「ファスト・フード」というのは早く出来る料理ではなく、情報量が少ないゆえに早く食べることができてしまう料理のことだという知見があって、なるほど、たまに選び抜かれた素材を丁寧に調理されたものなどを食べると舌に押し寄せてくる情報が豊富すぎ、さっさと呑み込んでしまうのがいかにも惜しくなるから、おのずと食事はゆっくりとなる。

しかしこの句の「田楽」はそこまで気難しいものではなく、ごく親しみやすい食べ物である。材料は豆腐と木の芽味噌だ。子供が食べてさほど喜ぶものとも思えない。「変る」ほどの「人生観」がいつの間にか身にしみついてしまってから、その歳月を揺るがせ、新鮮なものとすることができるのは、かえってそうした物なのだろう。

といったような内容が背後に潜んでいないわけではないのだろうが、句の詠み口としては、実感に即して深く説得するというよりは、ごく説明的に感慨を直接言ってしまったもので、句の面白みの中心は「田楽」の軽さと「人生観」の重さの対比というごくわかりやすいものとなる。

つまり、句の作り方としては「ファスト・フード」的な、呑み込みやすい仕上がりになっているのである。一見「ファスト・フード」じみたあっさりした作りによって、逆に季語の含みを引き出すというのがこの作者の特徴なのだろう。


句集『巨石文明』(2014.1 角川学芸出版)所収。

1 件のコメント:

仲 寒蝉 さんのコメント...

作者より。この句については「「ファスト・フード」じみたあっさりした作り」というご指摘通りかと。そうでないものもいろいろあるとは思いますが。