2015年2月6日金曜日

●金曜日の川柳〔山本卓三太〕樋口由紀子



樋口由紀子






ポケットの 底から 雨が降っている

山本卓三太 (やまもと・たくさんだ) 1893~1966

ポケットの外、外界は快晴なのかもしれない。しかし、自分のポケットの中は雨が降っている。私だけに、誰にも気づかれずにしんしんと冷たい雨が降っている。たかが「ポケット」だが、その冷たさはじわじわと身体中に広がり、「底から」の冷たさはじんじんと増してくる。

実際にはポケットの雨は存在しない。心象だろう。精神的なものが肉体に迫ってくる感覚を言葉にしている。一字空けが効果的で、たんたんとリズムを刻み、抒情性を醸し出した。ポケットの中は不可侵の領域になり、手は入れられない。自分自身の存在の不安も感じさせる。

〈真実は帆柱の上 海を殴る〉〈いのち ある日は 切り口をみせて往く〉〈ももいろにこもる倫理は 遠くなる〉 『川柳新書』(昭和32年刊)所収。

0 件のコメント: