2015年7月20日月曜日

●月曜日の一句〔藤井あかり〕相子智恵



相子智恵






せつせつと波打ち寄する蛍かな  藤井あかり

句集『封緘』(2015.6 文學の森)より

読者はまず、せつせつと打ち寄せる波を目にすることになる。そして下五の〈蛍かな〉の転換によって、海は一気に暗い夜の海となり、波は目にするのではなく波音となる。目の前には蛍の儚い光が現れては消える。

最後まで読んでみて、波音が聞こえるところで蛍を見ていることが読者にわかる。海からすぐに山が切り立つような、急な断崖のある海岸地形だ。すべてがなだらかに続くのではないその場所では〈せつせつ〉という、ひしひしと心に迫る海の響きはより強く、哀切をきわめる。

波を見せておいて波は闇に消え、蛍の点滅する光も、光を残して闇に消える。読者の心には残響、残像として、波と蛍の光が残る。音と光が象徴的な強さで描かれながらも、この句に静けさを感じるのは、眼前のものでありながら、それがすべて残像、残響でもあるという不思議さからだ。

無常観と言ってしまえばそれまでだが、掲句のほかにも、眼前のものは移り変わり、やがて無くなることを見通していて、その喪失、流転ごと描こうとする態度が本句集にはあり、静かで美しく淋しく、一句一句が心に残る句集であった。

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