2016年10月10日月曜日

●月曜日の一句〔恩田侑布子〕相子智恵



相子智恵






落石のみな途中なり秋の富士  恩田侑布子

句集『夢洗ひ』(2016.08 角川文化振興財団)より

景は明瞭でありながら、哲学的な味わいのある句だ。

富士山の均整の取れた美しい姿。そこにごろごろとある岩石は、みな落ちてゆく途中にあるというのである。

富士の名前の由来のひとつ「不死」という語にも象徴されるが、富士は不老不死の、永遠の美しさを持つ山と思われている。が、実際には今は休んでいるものの、火が吹いて形が変わることも考えられなくはない。

それでなくとも、長くその場にあるように見える岩石は、今その場所にあるだけで、いつ転がりだすかわからない。斜面にある石はみな落ちる途中なのだ。石が落ちていくだけでも、富士の輪郭は変わるだろう。不死の山でさえ、永遠ではなく変化の中に置かれている。

同様に哲学的な句といえば永田耕衣の〈いづかたも水行く途中春の暮〉を思い出すが、こちらは春の柔らかさがあり、恩田の「落石」と「秋の富士」には、くっきりした固さと清々しさがあって、どちらもとても魅力的だ。

掲句は、他の季節の富士ではだめで、「秋の富士」でなければ出ない味わいだと思う。空気の澄んだ秋の富士は岩石の固さも際立つ。さらに移ろいを感じさせる秋が「みな途中なり」を感慨深いものにしてくれるのである。

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