2017年5月29日月曜日

●月曜日の一句〔長谷川晃〕相子智恵



相子智恵






玉葱の薄皮ほどの今朝の夢  長谷川 晃

句集『蝶を追ふ』(2017.05 邑書林)より

玉葱が夏の季語であることで、この句の背景が夏の朝であるとの連想が働く。夏の夜明けは早い。目が覚めて、まだ眠れるな…と二度寝した時に見た夢が〈今朝の夢〉だと想像される。

〈玉葱の薄皮ほどの〉によって、その短さ、儚さが質感として伝わってくる。薄いヴェールのような夢だ。夢の内容は思い出せないけれど、何か夢を見ていたことだけは覚えている……後にはそんな感覚しか残らないくらいのぼんやりとした夢なのだろう。

〈玉葱の薄皮ほどの〉が〈今朝の夢〉につながることの意外性と、それがすっと詩になったときの静かな快さ。

儚く寂しい、けれどもほの明るい朝の夢である。

2017年5月28日日曜日

●新幹線

新幹線

新幹線待つ春愁のカツカレー  吉田汀史

頬かぶり新幹線にて解きにけり  和田耕三郎

みかん置く新幹線の小さき卓  齋藤朝比古〔*〕


〔*〕『豆の木』第21号(2017年5月5日)より。

2017年5月26日金曜日

●金曜日の川柳〔柏原幻四郎〕樋口由紀子



樋口由紀子






人を焼く炉に番号が打ってある

柏原幻四郎 (かしはら・げんしろう) 1933~2013

言われてみて、はっとした。確かに火葬場の炉には生前の名前ではなく、番号が表示されている。何番のところに来てくださいと係りの人は言う。「炉に番号が打ってある」というだけで、とやかくは言ってないが、人と番号の見えなかった関係性を気付かせる。物を入れるコインロッカーのようである。しかし、そこには死んだとはいえ、人がいる。

柏原はよみうり時事川柳の選者で、「川柳瓦版の会」の代表であった。共通番号(マイナンバー)制度を政府は導入した。国民一人一人に12桁の番号が与えられ、ついに生きているうちにも番号が付けられてしまった。行政の効率化、国民の利便性の向上のためだというが、人はますます管理され、モノ扱いされる。共謀罪法案が衆議院を通過した。このような現状を柏原ならどう詠むだろうか、私も声をあげなくてはと思う。〈われもまた中流なれば貧しきよ〉〈人の世の重い電話が不意に鳴る〉〈霊柩車の屋根に此の世の雨が降る〉〈銭の音 人はやさしい顔にする〉

2017年5月24日水曜日

●水曜日の一句〔山口昭男〕関悦史


関悦史









一本の線より破れゆく熟柿  山口昭男


エロティックなようでもあり、不穏なようでもあり、何かが開示される啓示的瞬間のようでもある。

熟柿といえば〈いちまいの皮の包める熟柿かな 野見山朱鳥〉のように、破れやすさをはらみつつも、全き姿のままに描かれる句が多い気がする。食べられたり鳥につつかれたりしている場面を詠んだ句をべつにすれば、みずから破れていく局面を掬った熟柿の句というのは、案外少ないのではないか。

その破れも、この句では一本の「罅」や「裂け目」ではなく、一本の「線」からはじまり、広がってゆく。三次元の具体物に走る裂け目というよりは、それを絵に描くときの二次元的に抽象化の度合いを上げた認識法が、具体物たる熟柿にじかに貼りついているのである。その抽象化がはさまっているからこそ、逆に「熟柿」の物体としての存在感が際立ってくる。

物と認識のはざまを高速で揺れ動きながら、熟れきったゆえに自壊してゆく熟柿は、現前と絵画的な再表象の境目で引き裂かれてゆきながら、そのこと自体を深く愉しんでいるようで、在ること自体の恐怖と快楽が、あまり観念化されることなく、静かに、しかし激しく句に書きとめられている。


句集『木簡』(2017.5 青磁社)所収。

2017年5月23日火曜日

〔ためしがき〕 滑って転んじゃった話 福田若之

〔ためしがき〕
滑って転んじゃった話

福田若之


「有馬朗人氏に反対する」について書くなら、要するに、公衆の前で滑って転んじゃった、ということなのだろう。ほんとうに、それだけの話だ(だっせーっ)。

ただ、何がどう滑って転んじゃったのかということについては、他のひとたちの話を見聞きしていると、どうも見方が違っているようなので、ちょっと書いておくことにした。

  ●

僕が、何をとちったと自分で思っているのかというと、政治的な意見表明をうまくできなかったということではなく、むしろその逆で、柳本々々さんが「個人の感想」と呼ぶものの側に踏みとどまることができなかったということだ。

要するに、一歩踏みとどまるつもりだったはずのところで、変に足を踏み出してしまったものだから、おっ、おっと、おっとっと、と、滑って転んじゃったわけだ。これは、ほんとうに、それだけの話でしかないと僕は思う。

そう、僕が書かずにはいられなかったもの、書いておきたかったものは、出来事や状況に対する僕の「個人の感想」であって、政治的な意見や立場ではなかった(ただし、ここで言う「感想」は、決して、傍観者のものではありえないことに注意してほしい。逆に、政治的な意見や立場は、必ずしもそうではない)。その意味では、「有馬朗人氏に反対する」という題目を掲げてしまったときに、僕のしくじりは決定的なものになってしまったといえる。

  ●

だから、小津夜景さんは「福田若之「有馬朗人に反対する 俳句の無形文化遺産登録へ向けた動きをめぐって」について思ったこと。」(夜景さんのブログ記事のタイトルでは、このとおり、「有馬朗人氏」の「氏」が抜けて呼び捨てになっている)に、僕の文章について「あまりに等身大の〈僕〉が好んで演出されている」と書いているけれど、むしろ、僕のしたかったことは、はじめからそっちにあったと言っていい。「個人の感想」が書きたくて書いていたのだから、それは、「演出」というよりも、むしろ、自然にそうなっていたわけだ。

夜景さんは、僕の書いたものの最後の一文について、「周囲に対して有害な、ひどい学級会臭がある。去勢の匂い、と言ってもいい」とも書いている。これもまったくそのとおりで、「学級会臭」というのが何なのかというと、おそらく、それはきっと幼い政治の臭い、失敗を決定づけられた政治の萌芽の臭いだ。それは、「個人の感想」がそれとしてありつづけることができずに、去勢されてしまった匂いでもあるだろう。

だから、僕もまた、夜景さんのように、「……について思ったこと。」 と題して切り出しておけばよかったのかもしれない。どうして「個人の感想」の側に踏みとどまれなかったのか、それは「不安」のせいだったと思う。今回についていえば、なんだかとんでもないことが公共性をまとった俳句の定義になろうとしていて、でも、それについて誰も大きなアクションを起こしそうには見えない、というこの出来事と状況とに対する「不安」だ。「不安」が祟ると、「個人の感想」は中途半端に政治的になってしまう。 こころぼそいと、「個人の感想」は群れようとしてしまう(だから、個々人の感想のそれぞれが充分な大きさを獲得することなく発散されてしまっているように見えることについて批判的に書いたのも、協会を抜けるというアクションを起こしていた四ッ谷龍さんについては追記して、そもそも協会に入っていない西原天気さんについては何ら追記しなかったのも、結局は、ひとえに僕個人のこの「不安」に関わってのことだったと今にして思う。そりゃ、たしかに「大笑い」だ)。それは、あるいは「自然詩」としての「俳句」という定義づけに公共性を与えようとする有馬さんのこころにも、実のところ、かなり似たものかもしれない。

  ●

ついでに書いてしまうと、僕は「俳句を無形文化遺産にすること」についての話がしたかったわけではなかった。書きたかったのは、むしろ、「俳句を、ある公共性のもとで、「五・七・五の有季定型」を「基本」とする「自然詩」とみなしていこうとする動き」についての「個人の感想」だった。この状況下では、両者が決して無関係ではありえないことがややこしいのだけれども。

ちなみに、有馬さんは、たしかに、他の機会に、俳句の題材が「人間だけ」の場合もある、という趣旨のことを発言している。でも、そこで「人間」と呼ばれているのは、あくまでも「自然」との「共生」を前提ないしは目的化された「人間」なので、結局はぜんぶ「自然詩」に回収されてしまう。有馬さんは「俳句」とは「自然詩」であるということにいっさいの例外を認めていない、と僕が指摘したのは、そういう意味でのことだ。

そして、現状において僕が危惧するのは、俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会をその発信源とした、上述の定義の蔓延だ。

たとえば、俳句ユネスコ無形文化遺産登録推進協議会には、設立の段階ですでに松山市が加盟している。そしたら、たとえば、松山市が共催している俳句甲子園は、きっと、これからすこしずつ「五・七・五の有季定型」を「基本」とする「自然詩」の大会になっていくのだろう。無季の句が含まれる作品には新人賞を与えないという俳人協会の方針も、この動きによって、いっそう覆しにくくなったんじゃないだろうか(だって、そこで簡単に有季も無季も関係ないってことにしちゃったら、組織の見解として矛盾をきたすことになるから)。

僕の見方では、そうした変化や膠着の果てに俳句が無形文化遺産になるかならないかは、予想されるさまざまな変化や膠着そのものに比べれば、現段階では、まだほとんど重要ではない。そして、もし今後、現状の方針のもとで俳句が無形文化遺産になることが現実味を帯びることがあるとしたら、それは、もはや、ユネスコの客観的な判断のもとでさえ、俳句が実質的に「五・七・五の有季定型」を「基本」とする「自然詩」であるということについて疑いの余地がなくなってしまったということなのだから、そのときには、もう、実際にそれが無形文化遺産に登録されるかどうかは問題ではないだろう。だから、僕の関心は、さしあたり、「無形文化遺産」という題目そのものよりは、むしろ、その前段階において生じることが予想されるもろもろの事態のほうにある。

  ●

とはいえ、夜景さんが僕の記事のコメント欄に書いた要約(「俳句の魅力がきちんと定義される(例えば「自己同一化をすり抜ける詩的容器」とか?)ならば無形文化遺産に登録してもよい」)は、夜景さんが引用している本文に照らしあわせても、ちょっと見過ごしてはおけないかたちで誤読されていると思うので、それについては、ここで説明しておく。

まず、僕が「定義」を問題にしているのは、「俳句の魅力」ではなく、「俳句」そのものだ。そして、「「俳句」という名は、意味しない」という一文は、「俳句」が「きちんと定義される[……]ならば」、という議論の前提自体がそもそも成立しえないということを言っている。「意味しない」のだから、「きちんと」した「定義」なんてものがそもそもありえない。

だから、僕としては、ここは、「俳句がきちんと定義されるなんてことはそもそもありえないのだから、すくなくとも登録のためになんらかの定義が必要とされる限りは、俳句を無形文化遺産にしていいわけがない。僕はそんなのはいやだ」と要約されることを書いたつもりだ。

  ●

それから、天気さんは僕の書いたものに「《名誉欲にまみれた老人・中年 vs 俳句をことをマジメに愛する》という構図の絵」を見てとろうとしているけれど、これはあまりにもプロレス化しすぎじゃないだろうか。天気さんは、ときどき、世界に対してこんなふうに明快なスペクタクルの構図を与えることで、世界をあまりにレッスルさせてしまうように思う。たしかに、それがとても愉快なこともある。けれど、有馬さんって、ほんとうに「名誉欲にまみれた老人」だろうか(いや、まあ、天気さんとしては、冗談のつもりなんでしょうけども)。むしろ、見境なしに夢を追っかけちゃってるだけで、善意のひとだと僕は信じていて、僕は、有馬さんのこと、そこだけはまるで疑ったことがない。その信頼なしには、僕は、おそらく、こんなふうに「有馬朗人氏に反対する」ことはできなかったとさえ思う。

たまたま、僕がいま別のところで読んでいるアンドレ・バザンの文章に、次の言葉がある。
現実を糾弾するからといって悪意をぶつける必要はないのだ。世界は非難される以前に「存在している」ことを、イタリア映画は忘れていないのである。それは愚かで、ボーマルシェ〔一七三二‐一七九九年。フランスの劇作家〕がメロドラマ〔原義は伴奏つきの通俗劇〕が流させる涙を称賛したのと同じぐらいナイーヴな態度かもしれない。だが、ぜひ私に聞かせてほしい。イタリア映画を見たあとでは、私たちはより良い気分にならないだろうか。世の中の仕組みを変えたい、それもできれば人々を説得することで――少なくとも説得可能な人々、つまり無分別や偏見、不幸のせいで、自分たちの同胞に害を与えてしまっていた人々を説得して――変えていきたいとは思わないだろうか。
(アンドレ・バザン「映画におけるリアリズムと解放時のイタリア派」、アンドレ・バザン『映画とは何か』、下巻、野崎歓ほか訳、岩波書店、2015年、84-85頁)
これは、数々のイタリア映画に対するバザンの「個人の感想」を含んだ言葉でもあったのだと思うのだけれど、とにかく、僕はバザンのいう説得みたいなものを、有馬さんに向けて書きたい、有馬さんの賛同者に向けて書きたいと思っていた。あなたがたを僕は決して悪人だとは思わない、けれど、僕にとってそれは苦しい、と。その説得の言葉が「個人の感想」だったならどんなにかすばらしいだろうと思って、書いてるうちに、滑って転んじゃったわけだ。

  ●

僕がなんでそんなに「個人の感想」にこだわるのかというと、結局、僕は、それが全体主義的なもの(忘れないでおきたいのは、それがしばしば善意の塊によって発生するということだ)の一切に対する反対物になりうると信じているからだ。それは、結局、まだ信じている。
イエスタディ・ワンスモアの思想の虜になり家族を捨てようとしたひろしはしんのすけから自分の靴の臭いをかがされて、はっとして正気にかえります。それは「イエスタディ・ワンスモア」の「20世紀の匂い」という大きな歴史の匂いに拮抗する、小さな個人の「靴の臭い」です。そこでひろしは気づくのです。ああ、どんなに普遍化された「匂い」も、「※個人の感想です」という小さな私の「臭い」に過ぎないのだと。
柳本々々「【短詩時評30回(※個人の感想です)】〈感想〉としての文学――兵頭全郎と斉藤斎藤」) 
だから、僕は、「臭い」の側に立って、有馬さんたちにどうか届くまで、「臭い」を嗅がせようとしたわけだ。まあ、滑って転んじゃったわけだけれど。

  ●

ここに、柳本さんの次の言葉を引用したら、僕はまた滑って転んじゃうことになるだろうか。
「まだ奥があるよ。でも続きはあなた自身で考えてね。あなたがいま立っているその場所であなた自身のもっているすべてでこれからのことを考えてみてね」。それが「※個人の感想です」なのです。
(同前)
うん、これで終わるのはやっぱりまずいだろうな。

  ●

もうすこし違うことを書いておこう。たとえば、ロラン・バルトの『記号の国』は、日本についてあるいは俳句についての、すぐれた「個人の感想」としても読むことができる本だと思うのだけれど、そこには、たとえばこんなふうなことが書いてあったりする。
〔……〕俳句(私は結局、あらゆる不連続な描線、私の読みへとおのずから立ち現れて来るような、日本の生活におけるあらゆる出来事を、このように呼ぶ) 〔……〕
(Roland Barthes, L'empire des signes, Genève, Skira, 1970, pp.112-113. 強調は原文ではイタリック体。日本語訳は引用者による)
じゃあ、僕はいったい何を「俳句」 と呼ぶんだろう。いったい、何をそう呼びたいんだろう。

とりあえずの答え――それは、おそらく、僕がいつか「発句」と呼びたいと思っているものでもあるのだろう()。これはもちろん、あくまでも個人的なとりあえずの答えにとどまるわけだけれども。

  ●

ちなみに、僕が今回の文章を読み返して個人的にいちばん恥ずかしかった失敗は、もとになったインタビュー記事の聞き手である森忠彦さんの名前をコピー&ペーストしたときに、うっかり「氏」をつけ忘れたことです(※個人の感想です)。

2017/5/19

2017年5月22日月曜日

●月曜日の一句〔竹岡江見〕相子智恵



相子智恵






月光をつめたく許し螢とぶ  竹岡江見

句集『先々』(邑書林 2017.04)

太陽の反射光である月光は無機的で冷たく、けれども溢れるほどに降り注いでいる。かたや螢の光はか弱く小さいが、生きている光として明滅している。月の光を降るままに許し、その中で、己が光を明滅させながら懸命に飛び、生きる小さな螢。これは求愛の光だろうか。

〈つめたく許し〉には小さな螢の強さや孤独のようなものが感じられる。一句の中に二つの光を描くのは難しいことだろうが、月光のつめたさと螢の放つ懸命の光の違いに、静かなあわれがある。さらに〈許し〉という踏み込みによって、作者の内面まで感じられてくる。

2017年5月20日土曜日

★週俳の記事募集

週俳の記事募集


小誌「週刊俳句は、読者諸氏のご執筆・ご寄稿によって成り立っています。

長短ご随意、硬軟ご随意。

お問い合わせ・寄稿はこちらまで。


※俳句作品以外をご寄稿ください(投句は受け付けておりません)。

【記事例】

句集を読む ≫過去記事

最新刊はもちろん、ある程度時間の経った句集も。

句集全体についてではなく一句に焦点をあてて書いていただく「句集『××××』の一句」でも。

俳誌を読む ≫過去記事

俳句総合誌、結社誌、同人誌……。必ずしも網羅的に内容を紹介していただく必要はありません。ポイントを絞っての記事も。


そのほか、どんな企画も、打診いただければ幸いです。


紙媒体からの転載も歓迎です。

※掲載日(転載日)は、目安として、初出誌発刊から3か月以上経過。

2017年5月19日金曜日

●金曜日の川柳〔墨作二郎〕樋口由紀子



樋口由紀子






鶴を折るひとりひとりを処刑する

墨作二郎(すみ・さくじろう)1926~2016

〈鶴を折る/ひとりひとりを処刑する〉〈鶴を折るひとり/ひとりを処刑する〉、どこで切るかによって解釈が違ってくる。私は前者を採用する。

あたりまえだが、折り紙は手が創り出すものである。鶴を折るのは千羽鶴に代表されるように、病気回復や成就祈願のことが多い。願いや祈りをこめて、角々を合わせて、きちんと折る。山折り谷折りが効いているほど鶴は見事なかたちに仕上がる。「ひとりひとりを」に指先に力をいれて、丁寧の折る動作を感じる。その手の力の入れ方に災いを処刑し、しいては災いの元凶となった人たちのひとりひとりへ怒りがこめられているような気がする。

墨作二郎が昨年末に亡くなった。墨作二郎の存在は大きく、彼が居てくれたから、彼が立っていたから、書くことができた川柳がたくさん生まれた。川柳を牽引してくれていた人たちが次々と居なくなる。〈飴玉が転ぶとすれば環濠都市〉〈星やがて見事な蛇の皮となる〉〈指人形吊るす月下の靴の紐〉〈ばざあるの らくがきの汽車北を指す〉〈蝉は樹を離れて海を見に行った〉。

2017年5月18日木曜日

●化石

化石

冬晴の化石生臭くはないか  和泉香津子

もう鳴かぬ亀の化石を飾りけり  日原 傅

パラソルの熱つ骨脇に化石館  八木三日女

木の化石木の葉の化石冬あたたか  茨木和生


2017年5月17日水曜日

●砂丘

砂丘

女の素足紅らむまでに砂丘ゆく  岸田稚魚

砂丘なすわが蔵書なり飯の汗  守谷茂泰

昼の虫砂丘の底に鳴きゐたる  有働 亨

砂丘ひろがる女の黒き手袋より  有馬朗人

春の月高き砂丘を離れたり  望月 周〔*〕

うぐひすや砂丘昨日の砂ならず  津田清子


〔*〕『俳コレ』(2011年12月/邑書林)より。



2017年5月16日火曜日

〔ためしがき〕 第二句集の計画 福田若之

〔ためしがき〕
第二句集の計画

福田若之


現在進行中の第一句集については、いまここに書くわけにいかない。けれど、すでに思い描いている第二句集の計画については、ためしにここに書いてみてもいいだろう。

  ●

とはいえ、実現するかどうかはわからない。そもそも、載せる句にしたって、まだどんなものになるかわからない。句は、第一句集が校了してから書く。そうでないと、第一句集に載せたくなってしまうだろうから。

  ●

計画しているのは、二つ折りにされた二枚の紙を重ね合わせて、折り目のところを上下二本のホチキスで留めるだけの、小さな本だ。

  ●

句集の名はすでに決まっている。『二つ折りにされた二枚の紙と二つの留め金からなる一冊の蝶』。鳥でないのはその翅が四枚だからで、蛾でないのは休むときに翅を閉じるからだ。

  ●

構成もほぼ決まっている。表紙には、「第二句集」という文言とともに、句集名、著者名と出版者名を印刷する。表紙をひらいて、最初の見開きの右(表紙裏)は印刷なし、左が扉で、ここには句集名、著者名と出版社名を印刷するか、あるいは、句集名のみを印刷する。扉をめくった見開きの左右に一句ずつ。さらにめくると見開きの右に奥付、左(裏表紙裏)は印刷なし、そして裏表紙。

  ●

上述のとおり、収録句数はたった二句。ノンブルも、句のページだけをカウントして振ろうと思う。総ページ数は、二ページということになる。

  ●

印刷する二句は、いずれも「鱗粉」の句がよいだろう。蝶の翅を彩る黒い鱗粉。これぞという「鱗粉」の二句を仕上げること。それも、できるだけ、たとえば虚子の〈虹消えて音楽は尚続きをり〉と〈虹消えて小説は尚続きをり〉のような、対になる二句が望ましい。

  ●

計画は、「句集」というものの最小形態を実現したいというコンセプチュアルな欲求に端を発している。そこから、句集というものの最小形態にかかわる《二》ということにこだわってみたいという気持ちが出てきた。「第二句集」は、その絶好のチャンスにほかならない。

  ●

《二》へのこだわりによって、この第二句集の計画は、実行されないまま「お蔵入り」になった「植樹計画」と明確に対をなしている。小説を準備しながら、ロラン・バルトは次のように語っていた――「ところで、全体的な〈書物〉とは別のもう一方の極には、短い書物の、濃密で純粋で本質的な書物の可能性がある[……] 」(Roland Barthes, La préparation du roman : Cours au Collège de France 1978-79 et 1979-80, Paris, Seuil, 2015, p.342)。「植樹計画」は、一句から無限性を志向し、それによって植物であろうとするものだった。『二つ折りにされた二枚の紙と二つの留め金からなる一冊の蝶』は、二句という有限性、二枚の紙と二つの留め金という有限性をその身に引き受け、それによって動物であろうとするだろう。

  ●
 
あるひとから、第一句集は俳人としての名刺代わりになるものだ、という話を聞いたことがある。けれど、おもに金銭的な問題から、僕は、これから会うまだ数の知れない人たちにつぎつぎ渡していくほどには、第一句集を自分の手元に置くことはできそうにない。だから、この第二句集を名刺代わりにすることにした。というか、名刺にすることにした。
 
それには、奥付のページに著者名だけでなく、住所、郵便番号、電話番号、メールアドレス、参加している同人誌などを、プロフィールとして記載すればいいだけだ。一般的な名刺入れに収まるような、小さな句集。こうして、純粋に原理的な欲求が、思いがけず、世俗的な有用性に合致することになる。
 
句についてはともかく、この著者プロフィールについては、転居やあらたに別の雑誌に参加するなどした場合、改定する必要がでてくるだろう。名刺として人に渡すのだから、必要に応じて増刷する必要が出てくるだろう。そうした改版や増刷についても、最小限の情報は奥付に掲載しなければならないことになるだろう。
 
  ●
 
フレキシブルな増刷・改版の必要があるから、必然的に、私家版にせざるをえないだろう。そして、名刺として渡そうというのだから、当然、非売品ということになるだろう。ISBNの取得は不要だろう(というか、申請したところで取得できるか、ちょっと疑わしい)。
 
  ●
 
紙もある程度の固さが必要になる。あまり柔らかすぎると、名刺としての保管がうまくいかないだろう。しかし、分厚すぎるとおそらく普通の名刺と同じようには保管できない場合が出てくるので、固いだけでなく、ある程度薄い紙でなければならない。
 
  ●
 
正直、最初に構成を思いついたときには、まったくの思いつきにすぎなかったのだけれど、こう書いてみて、思っていたよりも自分が本気になっていることに、ちょっとおどろいている。

2017/5/12

2017年5月15日月曜日

●月曜日の一句〔金子敦〕相子智恵



相子智恵






ひとすぢの藁の突つ立つ夏帽子  金子 敦

句集『音符』(ふらんす堂 2017.05)

ひと昔前までは素朴な農作業用、あるいは海辺で被るだけという感じだった麦藁帽子も、最近ではおしゃれな夏のファッションとして、街中で普段から被る人が多い。

そういえば、麦藁帽子ほど「素材」をリアルに感じる衣料品・装飾品というものもないな、と改めて思った。掲句、麦藁帽子の麦藁が一本、ぴょこんと立ち上がっている。元はきちんと編みこまれていたのだろうが、使っているうちに藁が一本出てきたのだ。〈突つ立つ〉の力強さには、帽子にまとまり切れない素材の主張が見えてきて、藁の「生きている(た)感じ」にハッとさせられる。

既製品の中にある、むき出しの野生。その力強さが〈突つ立つ〉に凝縮されている。淡々とした描写の中に、写生の力を感じさせる句だ。

2017年5月12日金曜日

●金曜日の川柳〔西秋忠兵衛〕樋口由紀子



樋口由紀子






母の箸から金時豆がころがった

西秋忠兵衛 (にしあき・ちゅうべえ) 1928~

母が金時豆を落した。が、「金時豆がころがった」と書く。今、そういうことがあったのではなく、過って、そういうことがあったことを思い出しているのだろう。それはずいぶん昔の出来事。ふいにそのことを思い出したのか、あるいは何度も反芻しつづけているのか。その頃からお母さんの老いが顕著になってきたのかもしれない。そして、作者もその年齢に近づいてきた。自分が今どこにいるのか、自分の位置に気づく。そして、母を思い出す。

「金時豆」はお母さんの好物でよく食べていたのだろう。丸くて甘くてやさしい味がする。「金時豆」の字面も「きんときまめ」という響きもいい。手ざわりと温もりがある。〈足をとめたのは五月が笑ったから〉〈千円がぬくい コロッケがうまい〉〈トンネルに宇野重吉が佇っている〉 「スパナーの詩」(1994年刊)収録。

2017年5月10日水曜日

●水曜日の一句〔山中正巳〕関悦史


関悦史









夢精てふ言葉は美しき桃の花  山中正巳


夢精という現象が、ではない。言葉「は」である。

この語が何を指すかを知らなかったとして、その内容を想像し、夢の精と取った場合、たしかにファンタジー的な美しさを持った言葉と捉え得るだろう。

ただしこの句は、ひるがえってその実態の汚さを皮肉に笑うことが主眼といった作りにはなっていない。「桃の花」が情調を決めており、その桃色が句の方向を夢精自体から逸らし、くつろげさせ、夢精ひいては生そのものまでをも桃源郷的な華やかな明るさに染め上げていくからである。

実態としての夢精の情けなさ、汚さも、そのなかに巻き込まれ、肯定されていく。遠く離れて見れば、すべてが美しく見える。その遠さを組織しているのが季語の「桃の花」と「言葉は」という迂回路なのであり、この句は言葉と実態のずれに興じて事足れりとしている句ではないのだ。

かくして軽い皮肉さや余裕の向こうに、若い身体が桃の花そのもののように浮かび上がる。修辞や詩形式を扱うとはそもそも間接的なわざで、その間接性、倒錯性を介してこそ浮かび上がってくる穏やかな肯定が一句を満たしている。


句集『静かな時間』(2017.4 ふらんす堂)所収。

2017年5月9日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉8 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉8

福田若之


深夜、ふいに、子守歌の詩学というものを夢想する。それを聴くものが、もはやそれを聴かなくなるために歌われる詩について、ひとは何を語りうるのだろう。

  ●

回文が教えてくれるのは、こういうことだ。すなわち、僕たちが来た道を引き返そうとするとき、僕たちはそれでも先に進んでいるのだし、けっして元のところにもどることはないだろうということ。

2017/4/11

2017年5月8日月曜日

●月曜日の一句〔菊地寿美子〕相子智恵



相子智恵






朴の花とは天に向き咲くことよ  菊地寿美子

句集『朴の花』(角川文化振興財団 2017.04)

当たり前のことを当たり前に詠んだ句のようでありながら、「空に向き」ではなく〈天に向き〉であることが、この句の情感を高めていて、しみじみとする。空ではなく天であることで、神々の住む場所、また天国という死後の世界とのつながりが感じられてくるからだ。

朴の木は高くてなかなか花を上から見ることはできないが、それだけに天のためだけに咲いている花のようにも思われる。花の大きさ、白さ、杯のような形も、天へ捧げられる供物のような、人々の天に対する思いのようにも感じられる。

〈天に向き咲くことよ〉の詠嘆によって、そのような情感は高められている。この詠嘆によって、ただの写生ではなくその奥の精神性が感じられてくる。

2017年5月4日木曜日

●文学フリマ東京(5月7日)週刊俳句ブース;出品予定リスト

文学フリマ東京(5月7日)週刊俳句ブース;出品予定リスト

・開催日 2017年5月7日(日)

・開催時間 11:00~17:00予定
・会場 東京流通センター 第二展示場

・アクセス 東京モノレール「流通センター駅」徒歩1分

【話題の句集・評論】
岡村知昭『然るべく』
小津夜景『フラワーズ・カンフー』(サイン本)
田島健一『ただならぬぽ』
中村安伸『虎の夜食』
関悦史『花咲く機械状独身者たちの活造り』『俳句という他界』

【文フリ向け緊急刊行】
手のひらサイズ俳誌『蒸しプリン会議』(太田うさぎ、岡野泰輔、荻原裕幸、小津夜景、西原天気、鴇田智哉)

【俳誌】
俳誌『オルガン』(生駒大祐、田島健一、鴇田智哉、福田若之、宮本佳世乃、宮﨑莉々香)バックナンバー+最新号

業界最小最軽量俳誌『はがきハイク』(笠井亞子+西原天気)バックナンバー数号セット

【週俳編集本】
金原まさ子『カルナヴァル』
『俳コレ』
『虚子に学ぶ俳句365日』(執筆陣:相子智恵 神野紗希 関悦史 高柳克弘 生駒大祐 上田信治)
『子規に学ぶ俳句365日』(執筆陣:相子智恵 上田信治 江渡華子 神野紗希 関悦史 高柳克弘 野口る理 村田篠 山田耕司

2017年5月3日水曜日

●水曜日の一句〔古田嘉彦〕関悦史


関悦史









三角部屋を寒いと言うのは誰か  古田嘉彦


「言った」ではなく「言う」なので、いま現在「寒い」と言う者は同室しているらしい。いや、ひょっとしたらこれから「言う」という未来の事象なのかもしれず、その場合、誰かが「寒いと言う」ことは、まだ起こっていないにもかかわらず確定していることのようなのだが、いずれと取っても奇異な閉塞感が漂う。

原因の一つは言うまでもなく「三角部屋」という奇態な空間であり、しかもそこは寒いらしいということだが、さらに奇妙なのは、そこに誰が誰か互いにわからなくなる程の人数が一緒にいるらしいことである。彼らの関係や、なぜそこにいるのかといった事情は一切わからない。いや、これにも全員がなかに閉じこもっているわけではなく、戸を開けて入った瞬間に「寒い」という言葉を発したと取れないこともない。

だが一句を読み下してみたときの印象として、彼らはずっと三角部屋に閉じこもっているように思える。寒いならば出てゆくか煖房をかけるかすればいいのだが、ここにはそういう選択肢はない。あるならば誰の発言かを詮索している間に然るべき行動を取るだろう。ここには行動の自由はない。さらに、厳密には、発言者が誰かを本当に詮索しているのかどうかも怪しい。この「寒いと言うのは誰か」はそんなことを言ってはならないという禁圧とも取れる。

心象を象徴的に詠んだ句というのが、一応の理解の仕方となるだろうが、「三角部屋」自体にイメージ・シンボル事典の類に載ることができそうな、積み重ねられてきた象徴の歴史といったものがあるとも思えない。ここにあるのは、或る偏波さ、尖鋭さを帯びつつ建築の隅に追いやられた部屋の形象と、そのなかで黙っていつまでとも知れぬ時間をおのおの耐え続ける複数の人たちという状況だけである。この遭難者の群れのような人影に、「三角部屋」という空間が具体性を与える。「三角部屋」から解放された時、彼ら自身もまた雲散霧消してしまうのかもしれない。ここでは拘束、膠着こそが存在に基盤を与えているのである。


句集『展翅板』(2017.3 邑書林)所収。

2017年5月2日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉7 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉7

福田若之


俳句における季について考えるうえで、暦というものが、すくなくとも近代以降、まぎれもなく国家的なものでありつづけていることは、もうすこし念頭におかれてもよいはずだ。有季の立場からも、無季の立場からも、その他の立場からも。

  ●

「風景――パリは、遊歩者にとっては本当に風景となる。あるいは、より厳密に言うならば、遊歩者にとってこの都市は弁証法的な両極に分かれる。この都市は、風景としてみずからを遊歩者に開き、部屋として遊歩者を包み込むのである」(ヴァルター・ベンヤミン「遊歩者の回帰」、『ベンヤミン・コレクション4――批評の瞬間』、浅井健二郎編訳、筑摩書房、2007年、369頁)。この一節に述べられていることは、おそらく、芭蕉が『おくのほそ道』の冒頭部に述べていること、ロラン・バルトが『記号の国』の最後の断章に述べていることと通じている。言ってみれば、移動式住居ならぬ居住式移動――だが、この言葉は正確ではないのだろう。期待されているのは、移ろうことと棲むことのあいだに主従関係を秩序付けることではないはずなのだから。

2017/3/22

2017年5月1日月曜日

●月曜日の一句〔関悦史〕相子智恵



相子智恵






挽肉のパックに「兵」の字や暮春  関悦史

句集『花咲く機械状独身者たちの活造り』(港の人 2017.02)

春も終わりに近づく、ちょうど今時分のスーパーでの買い物。ハンバーグや餃子でも作るのか、ゆったりとした気分で挽肉のパックに手を伸ばす。その平和な風景と地続きにある「兵」の文字のクローズアップによって、日常がいきなり暗転する。

実際には兵庫県とか、産地や加工地が書いてあったのかもしれない。けれどもその中の「兵」の文字だけが句の中で切り取られることは、やはり戦場で粉々に砕かれた兵士の肉体を思わずにいられないのである。

ここで実はひたひたと怖ろしく思われるのは〈挽肉のパックに「兵」の字や〉という中七までで、かなりぎょっとする展開を見せながら、〈暮春〉で、またすぐに駘蕩たる気分に戻ることかもしれない、とも思う。〈「兵」の字〉は、本物の兵ではなく、値札シールに書かれた「情報」だ。一瞬のうちに、兵士の肉体が飛び散るむごさは通過していってしまう。その「他人事(ひとごと)感」を突き付けられてしまうのである。私たちはテレビで日々紛争のニュースを見ながら、それでも一方では温かい晩御飯を食べる、それが日常化しているように。

〈スクール水着踏み戦争が上がり込む〉や、〈「プラチナ買います」てふ店舗被曝の雨に冷ゆ〉の原発事故の帰還困難区域の句。これらの〈スクール水着〉や〈プラチナ買います〉という現代的な薄っぺらい言葉(情報)も、それは記号的に何かを象徴するものでありながら、そのまま私たちの日常生活におけるリアルな皮膚感覚である。現代では肉体と情報は絡み合っていて、引き離せないところまで来ている。情報は肉体化し、肉体は情報化する。

この句集に収録された1402句という膨大な句を読みながら、作者は現代のシャーマンのようだと思う。情報が、彼の元に寄ってくる。それは肉体が寄ってくるのと、現代では不可分だ。情報の痛み(それは肉体の痛みでもある)たちは、それを感受してくれる彼の元にやってくる。忘れっぽく麻痺しやすい私たちの日常に、詩として降りてくるために。

肉体と情報が絡み合う現代のリアルを描ける得難い俳句作家を、私たちは得ているのだと改めて思う。現代における写生を実践する作家、ともいえるのかもしれない。

2017年4月28日金曜日

●金曜日の川柳〔西田雅子〕樋口由紀子



樋口由紀子






鳥籠から逃してあげるわたしの手

西田雅子(にしだ・まさこ)

鳥籠にいるのは鳥である。だから逃してあげるのは鳥のはずである。しかし、「わたしの手」。「鳥籠」は生活全般の比喩で、そこから「わたしの手」、私の一部分を、自由にさせてあげるという意味だろうか。

狭い鳥籠の中を不自由に飛び回る鳥を見ていたら、鳥を鳥籠から逃がしてあげたくなった。手をそっと鳥籠に入れて、鳥を捕まえて、鳥を外に出す。そのときにわたしの手に目がとまった。わたしの手もいろいろと我慢している。鳥と一緒にここではないどこかへ逃がしてあげようと思ったのではないだろうか。そういえば、鳥と手、なんとなくかたちや動きが似ている。

〈バスを待つ秋は遅れているらしく〉〈夕焼けにいちばん近い町に住む〉〈運ばれて十一月の岸に着く〉〈ひとりずつ鏡の中をゆくゲーム〉『ペルソナの塔』(あざみエージェント 2014年刊)所収。

2017年4月25日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉6 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉6

福田若之


遠いむかしに自分なりにけりを付けたはずのことがらが、いまだに僕をえぐり、むしばみつづけているこの感じ。僕は痛々しく生き、痛々しく死ぬだろう。

  ●

あるひとがもし本当に自らの作品の「不滅」だけをひたすらに志すなら、そのひとは、たとえば俳句を書くことなどやめて、いますぐ電波の抑揚によって自らを表現し、宇宙へ向けてそれを発信するほうがよいと僕は思う。たかだか地球が滅んだくらいで失われる作品の「不滅」なんて、そんなものは欺瞞でしかない。

  ●

書かれたものが消え去るということ、それを諦念によって受け入れるだけなら、書くことはニヒリスティックでしかない。消え去るけれども書く、という逆接の虚しさ。そうではなく、書かれたものが消え去るということについての絶対的な肯定から出発して書くこと。すなわち、消え去るからこそ、消え去るためにこそ書く、ということ。真に書くとはそういうことだと僕は信じる。

2017/3/20

2017年4月24日月曜日

●月曜日の一句〔小川軽舟〕相子智恵



相子智恵






耳遠き父を木の芽の囃すなり  小川軽舟

「俳句」5月号(角川学芸出版 2017.04)

加齢によって耳が遠くなることは、ハンディキャップでありネガティブな要素ではあるのだが、〈木の芽の囃すなり〉の、父と木の芽の交流にはファンタジーな味わいがあって、お伽噺の一場面のように感じられてくる。結果として、一句は明るい印象に着地している。

木の芽が囃すというのは、聴覚ではなく視覚に訴える。だから父の現実として無理なく読めつつ、「囃す」という擬人化によって一気に詩の世界、童話的世界に誘われるのだ。

花咲か爺ではないけれど、お爺さんと木の精霊は不思議に似合う。現実に執着せず次第に童話的世界に踏み入れていく老人としての父と、それを肯定しているであろう子の関係もまた、静かに明るい。

2017年4月21日金曜日

●金曜日の川柳〔炭蔵正廣〕樋口由紀子



樋口由紀子






おかしいおかしいと行くゆるいカーブ

炭蔵正廣

私はかなりの方向音痴で、よく道に迷う。目的地に着けないこともたびたびある。もともと方向に自信がないので、途中でおかしいと思っても、それでどうすれがいいのか、その修正の方法がわからない。こっちは北だから、こう行けばいいとかがさっぱり見当がつかない。だから、おかしいと気づいてもただ前を行くしかない。

「ゆるいカーブ」が上手いと思った。カーブだからいままでの道は徐々の見えなくなる。急に見えなくなると一気に不安になるが、まだ振りかえることができる。しかし、すぐに見えなくなる。人生もそうかもしれない。おかしいとおかしいと思っても、そこを進むしかない。なんとかなると信じるしかない。でもおかしいというのはうすうす気づいている。〈画面から消したいカオがふたつある〉〈おそらくは開けたら笑う玉手箱〉〈散らかった数字の中に誕生日〉 「天守閣」(2016年刊)収録。

2017年4月19日水曜日

●水曜日の一句〔関根千方〕関悦史


関悦史









けさ秋や塵取にとる金亀子  関根千方


季重なりの句だが「今朝の秋」が主、「金亀子」が従とはっきり序列がある。単にピントをぼけさせないよう整理がゆきとどいているというよりは、夏のものであるコガネムシが立秋の朝を引き立てるためのダシとして利いているというべきだろう。上五に季語を置いて「や」で切り、下五を五音の名詞で止めるという有季定型句のお手本のような作りも内容に合っている。塵取に落とされた瞬間、コガネムシのかたさが立てる軽い音が、夏から秋へと移行する朝の空気の質感を際立たせ、感覚的な清新さをもたらす。

そうしたことどもの四角四面さが自足に直結し、却って狭苦しさや苛立たしさを引き起こしてもおかしくはないはずなのだが、この句にはどこかいい意味での隙間があり、季語の美しさばかりで一句が満たされきっているというわけではなさそうだ。

音や質感がもたらす即物性が、CGじみた美しい季語の世界の完結感を、外の実在物の世界へと開かせているということもあろうが、「金亀子」が虚子の《金亀子擲つ闇の深さかな》を思い起こさせ、秋朝の空気のなか、塵取に落ちる「金亀子」の体内に「闇の深さ」への通路を感じさせているということもある。しかしそうした間テクスト性による膨らみもまた、日本の古典文学における模範のような四角四面さへと繋がってしまうものではある。

この何から何まで模範的でしかないような作りの句が、それでも成り立っているのは、結局作者の受動性、あるいは出来事と感動の時差によるものなのではないか。塵取にとられた金亀子が立てるかすかな物音は、重く鬱陶しい感動を引き起こしたりすることなく、作者が何を物語るひまもないうちに、俳句の技法が自走するようにして一句に仕上がってしまうのである。この句に描かれた全ては、作者や読者の人格的統合性を斬るように瞬時にとおり過ぎる。そここそが快感なのだ。手練れの俳人であれば、その快感を過不足ない五七五に反射的にまとめ得る。この句の模範ぶりはその結果としてあらわれたものなのだ。


句集『白桃』(2017.3 ふらんす堂)所収。

2017年4月18日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉5 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉5

福田若之


俳句文学館で資料に当たっていたら、偶然、こんな一節を見つけた。
躍進する明治の息吹きが新聞「日本」「小日本」を、後には雑誌「ホトトギス」を生む事により、全日本の俳人は新しい靱帯によつて結ばれた。因習や伝承を乗り越えて、「郵便」と「活字」は普ねく広く俳人をして自己を飛躍せしめる時に遭遇せしめた。
(小田武雄「正岡子規研究(三)」、『天の川』、通巻第270号、1942年9月、22頁。引用の際、漢字はすべて新字に改めた)。
「郵便」と「活字」の婚姻――若いふたりの結婚は誰もがうらやむものだったろう。年月を経て、ふたりは誰もがうらやむ素敵な老夫婦となった。新聞と雑誌は、このふたりのあいだに生まれた子どもたちだったのだ。そして、「郵便」と「活字」の挙式を彩った俳人たちの飛躍。想像してみてほしい、俳人たちが無数の郵便物となって因習や伝承の向こう側へ物理的に飛躍していく姿を。

  ●

「プレーンテキスト」はほんとうにテキストだろうか。それが触れ得ないものであることは明らかだ。てざわり(texture)のないテキスト(text)、幽霊の着ている服――幽霊も服も半透明なのに、幽霊はどうしてあの服で裸を隠せるのだろう――僕はどうしても信じることができない。

  ●

筆跡だけが、言語がまるまる失われてもなお、生きながらえる。テキストに書き手がいたことの証として最後に残るのは、思想でも固有名でもない。筆跡だ。そして、筆跡にはてざわりがある。

  ●

僕は、まちがっても、不滅の筆跡などというものがありうると信じているわけではない。むしろ、筆跡はもっともはかないもののひとつだ。だからこそ、僕は筆跡のことを信じている。

  ●

僕のテキストの表面で、かまきりが他のかまきりのほかに何を食べることができるのか、どうやって生きているのか僕は知らなかった。おそらく、あれは人を食っているんだ。この仮説が正しければ、僕が句に書くかまきりは、自らをとりまくものによく擬態し、そうやって騙した相手を自らの餌にしているということになる。こんなふうに書けば、かまきりは、僕たちが普段「かまきり」と書いてあればその虫を意味するものと思い込んでやまないあの虫を、いよいよほんとうに意味しているかのようだ。

  ●

言葉が植物であるとすれば、意味とは光合成のことだろう(葉緑体ではなく)。まなざしに照らしだされたページのうえでだけ、言葉は意味する。そして、植物が光合成を持っているわけではないのと同じように、言葉は意味を持っているのではなく、意味するのだ。

  ●


2017/3/12

2017年4月17日月曜日

●ビール

ビール

生ビール輝きながら来たりけり  柏柳明子

飲み干せるビールの泡の口笑ふ  星野立子

心昏し昼のビールに卓濡らし   大野林火

浚渫船見てゐる昼のビールかな  依光陽子

浅草の暮れかかりたるビールかな  石田郷子

福引のみづひきかけしビールかな  久保田万太郎


2017年4月15日土曜日

●週俳創刊10周年オフ会は明日4月16日(日)

週俳創刊10周年オフ会は明日4月16日(日)

場所は小石川後楽園・涵徳亭。いろいろなイベントを用意しております。

事前のお申し込みがなくとも、気が向いたらお出かけください。

【昼の部 13:00~17:00】
興行  ≫見る
※全員参加型の楽しい催し。

4つの句会を同時開催

【夜の部 17:30~20:30】
懇親会  ≫見る



2017年4月14日金曜日

●金曜日の川柳〔月波与生〕樋口由紀子



樋口由紀子






花びらは馬のかたちで着地する

月波与生 (つきなみ・よじょう)

今年の桜は開花からあっという間に満開になって、もう散り始めている。「花びら」が「馬のかたち」とはびっくりした。いろいろな花びらのかたちを聞いたことがあるが、「馬のかたち」は初耳である。馬のかたちで準備していた花びらなら着地した途端に颯爽と駆けだしていきそうである。

いろいろと想像してみた。花びらは桜本体から離れるときにやっと自己主張して、自らの意志で馬のかたちを選択したのではないだろうか。咲いているときは毎日が平穏で退屈だったから、自由に颯爽と駆け抜ける馬に憧れていたのだ。だから、馬のかたちになった。花びらは着地して、ここではないどこかへ走り出す。新たな旅立ちである。〈ライオンになる日に丸を付けてみる〉〈あせらない今日はきりんを眺める日〉 「杜人」250号(2016年刊)収録。

2017年4月12日水曜日

●水曜日の一句〔岡田耕治〕関悦史


関悦史









初時雨倉庫の中に椅子を置き  岡田耕治


この句、「倉庫の中に椅子を入れ」ではない。「~置き」である。椅子をしまって去ってしまったわけではない。置いた椅子には自然と腰をおろすことになるだろう。自室や勤務先の椅子ではない、普段はそこでくつろぐことはおそらくないであろう倉庫でのひと時である。

子供のときには家のなかのあちこちに、こうした普段とは違う使い道を発見し、狭いところにも猫のように入り込んでゆくものだ。そこには狭いところに身を隠す安心感と、見慣れたところから不意に引きだされる意外な視野の新鮮さの両方がある。

しかしながら、この句中の人物はおそらくもう子供ではない。季語は「初時雨」である。その年最初の時雨であり、季節は冬に入っている。ここからおのずと、ある程度年齢のいった人物像の落ち着きも浮かんでくる。

倉庫から眺める時雨は、幼時のような心の弾みの影を引きながらも、安息感をもって人を憩わせる。さしあたり、椅子と屋根さえあれば、世界はどこであれ母胎としての貌を見せるのかもしれない。そしてそうした変容の可能性は、何の変哲もない倉庫にもひそんでいるのである。


句集『日脚』(2017.3 邑書林)所収。

2017年4月11日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉4 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉4

福田若之


僕は夢のなかで俳句を書いたことは一度もない。僕の頭のなかだけで終わった言葉が俳句であったことは一度もない。

  ●

僕は夢のそとで俳句を書いたことは一度もない。夢がなければ、僕は俳句を書くことはできない。

  ●

僕は俳句を書いたことがある。少なくとも僕はそう信じている。

  ●

夢うつつ。それは、海岸の名だ。

2017/3/11

2017年4月10日月曜日

●月曜日の一句〔岩津必枝〕相子智恵



相子智恵






向き変へて日あたる方へ花筏  岩津必枝

句集『十日戎』(文學の森 2017.03)

水の流れの穏やかな場所にできる花筏。風が吹いたのだろうか。大きな一枚の布のようにも見える花筏が、ゆっくりと向きを変えて日向の方へ動いていった。日陰から日当たる方へ、見えている花の色もゆっくりと、濃い色から明るい色へ変化する。ただそれだけの風景である。

「ひあたるほうへはないかだ」の「H」「A」の音の多さによって、読んでいるうちに息が抜けていき、何とものんびりした気分になる。あっという間に散ってしまう桜の時間の中で、花筏だけをぼんやり眺めているゆっくりとした時間は幸せだ。そんなぼーっとした幸せを、この句を読んで追体験した。

2017年4月8日土曜日

●週俳創刊10周年オフ会は4月16日(日)

週俳創刊10周年オフ会は4月16日(日)

場所は小石川後楽園・涵徳亭。いろいろなイベントを用意しております。

懇親会  ≫見る
※おおまかな人数を把握したいと存じます。確定でなくてもお申込みくだされば幸甚。

興行  ≫見る
※全員参加型の楽しい催しになりそうです。

句会場を週俳が貸し出します ≫見る
※あと1室、洋室が空いてございます。ぜひご検討ください。


2017年4月7日金曜日

●金曜日の川柳〔渡辺隆夫〕樋口由紀子



樋口由紀子






妻一度盗られ自転車二度盗らる

渡辺隆夫 (わたなべ・たかお) 1937~2017

妻を盗られるという重大事件をヒートアップせずにあっさりと書く。もちろん、意義なども申し上げない。たんたんと自転車と同等のように書く。二度も盗られてしまった自転車の方が大事なようにも読めてしまう。このように書かれる妻も妻を盗られた夫も形無しである。穿ちだろうが、人の価値がますます軽くなっていく世相への批判性を、真正面から声高叫ばずに軽くいなすように書いているような気がする。

渡辺隆夫が亡くなった。彼が川柳界に残した宿題は大きい。彼の第一句集『宅配の馬』は平穏無事に過ごしていた多くの川柳人の度胆を抜いた。あとがきで書いた「川柳という作業は、自家製の爆弾作りの類」の公約通りに多くの自家製爆弾を堂々と発表し続けた。〈天皇家に差し出す良質の生殖器〉〈宅配の馬一頭をどこから食う〉〈八月を泣きたい人は泣いてください〉〈君が代にうどんはのびてしまいまする〉〈はらわたのどのあたりからくそとよぶか〉 『宅配の馬』(近代文藝社刊 1994年)所収。

2017年4月4日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉3 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉3

福田若之


たとえば震災に対して、題詠的な態度で向き合うことがしばしば批判されてきた。けれど、ほんとうの問題は、俳句の書き手たちが、ひとつひとつの題を、そのつど自らにとって重大な事件として受け取ることを知らないできたことなのかもしれないと思う。

  ●

遊びとしての俳句が狭められていくことがあるとすれば、それは俳句が貧しくなっていくことだろう。題詠が気軽な遊びとして今日なおありつづけていることは、俳句にとっての強い支えであるはずだ。

  ●

二つの相反する考えが、想像される他者の考えとしてではなく、僕自身の考えとしてあるということ。波打ち際を裸足で歩くようにして、あせらないでいきたい。

  ●

語を定義して議論を演繹的に展開していくというのは、言葉の紡ぎ方のひとつでしかない。むしろ、語義というのは、そのつど感性的に獲得される言葉の差異と反復のなかで、次第にその姿をはっきりとさせ、はっきりしたように思えたその姿がまた次第に移ろっていくというのが自然なのではないか。一つの語を中心に据えた絶対空間ではなく、複数の文が交わりあいながら絶えず互いの意味を変質させあう相対空間に生きること。そのときには、定義を述べる一文さえも、編みこまれた糸のうちの一本にすぎない。

2017/3/10

2017年4月3日月曜日

●月曜日の一句〔櫛部天思〕相子智恵



相子智恵






相愛といふ距離にして雛あり  櫛部天思

句集『天心』(2016.9 角川文化振興財団)より

「なるほど、雛人形の距離は相愛の者同士の距離感か」と言われてみればそういう気もしてくる面白さがある。

宮中の婚礼の場面が表現されている雛壇飾りだが、その形式の中で、男雛と女雛はつかず離れずの距離で座っている。そこに「相愛の距離」という見方が持ち込まれることで、つかず離れずという距離の中に、互いへの信頼感や安定した関係といった内面が見いだされ、雛人形に命が吹き込まれていく。

この距離は作者自身が思う相愛の距離であり、いたって個人的なものだが、そこに警句のような普遍性を感じる。「あり」の断定が効いているからであろう。

2017年4月1日土曜日

〔人名さん〕坂田三吉

〔人名さん〕
坂田三吉

坂田三吉そつなく亀を鳴かせけり  嵯峨根鈴子

嵯峨根鈴子句集『ラストシーン』(2016年4月/邑書林)所収。



2017年3月31日金曜日

●金曜日の川柳〔番野多賀子〕樋口由紀子



樋口由紀子






どの窓からも馬が覗いている日暮

番野多賀子 (ばんの・たかこ)

「どの窓」だから数頭の馬がそれぞれの窓から顔を出している。「日暮」だから馬は夕焼けを見ているのだろうか。それともただ窓の外を眺めているだけなのか。その景が作者の目に留まった。馬はどうしてと思うぐらい物悲しい目をしている。その目でじっと外を見ている。申し合わせたように、黙って見ている。そして、もうすぐ日が暮れて夜になる。

この馬たちには馬小屋に飼われていて、山々を駆け回わる自由はない。覗くといる行為は一体何を意味しているのか。無音の風景に作者は馬のものがなしさ、不安のようなもの、しいてはこの世の、人生のあやふやさを感じたのだろうか。作者の心象風景かもしれない。その静かな景は気高くてせつない。

2017年3月29日水曜日

●水曜日の一句〔増田まさみ〕関悦史


関悦史









ことだまを二階へはこぶ蝸牛  増田まさみ


「二階」は客間、居間、台所のような、人の出入りや生活の喧噪からは切り離された場所である。そこへ「ことだま」を運ぶ「蝸牛」という奇妙なものが向かってゆく。こうなると家の中のつねのこととは思えなくなる。

ひらがな書きされた「ことだま」は言霊であると同時に、コトリと音を立てて置かれることもできそうな、石の玉のような実体感をかすかに帯びたものともなり、それが蝸牛に運ばれるのである。

蝸牛ははたして自分がそんなものを運んでいることを知っているのか。それとも実体と非実体のはざまにあるのをいいことに、「ことだま」は蝸牛にそれと知られることもないまま、憑りついて運んでもらっているのか。あるいは蝸牛にとってこの「ことだま」は自なのか他なのか。この実体と非実体のはざまならではの曖昧さは、渦巻き状の殻の軽い硬さと、中味の不定形にも近い重い柔らかさとが綯い交ぜになった、蝸牛の形状に見合っている。

蝸牛の遅々とした歩みに分子ひとつひとつが確認され味わわれるようにして、家は二階へいたる一筋の道を分泌していく。進めば進むほどに、上れば上るほどに無限感が湧いて出てくるようでもあり、この句は不思議な明るみを形成している。この「ことだま」が担った霊力に、悪しきものという感じはない。このような微小でひそかな霊的交通の場ともなりうるものとして、家はわれわれを住まわせる。


句集『遊絲』(2017.2 霧工房)所収。

2017年3月28日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉2 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉2

福田若之


僕は、寒いと感じるのであって、「寒さ」というものを感じるのではない。「プレーンテキスト」という概念を僕が容易に認めることができないというのは、つまりはそういうことだ。

  ●

僕がどう感じるかとは無関係に、俳句形式が、あるいは日本語が、僕に対して「寒さ」と書くことを要請するという出来事は、これまでたしかに起こってきたし、これからも起こり続けるだろう。いつになったら、僕は、ただ僕自身の感性のみにしたがって、言葉を書くことができるようになるだろう。理屈では無理だと分かっている。でも、僕はそう感じないし、感じないでいつづけたい。

  ●

オーストラリアガマグチヨタカの顔はピグモンに似ていた。あたらしい思い出と古い思い出が、よく似た顔をしている。

  ●

理科の授業で、スロープを転がる玉の速度を測る実験をしたとき、先生は理論の正しさを教えようとしていた。けれど、僕は理論の不正確さを学んだ。

  ●

僕が自分の句について書くのは、その句を、あなたに、僕と同じように読んでほしいからではない。そのときの僕の問いは、あなたにどう読ませるのか、ではなく、いかにしてともに読むのか、だ。

2017/3/9

2017年3月27日月曜日

●月曜日の一句〔ふけとしこ〕相子智恵



相子智恵






言い忘れしことばのやうに幹に花  ふけとしこ

俳句とエッセー『ヨットと横顔』(2017.2 創風社出版)より

桜の太い幹に直接、二、三輪の花が咲いているのはよく見かける。いわゆる「胴吹き桜」だ。幹から花が咲くのは古木に多いという。通常なら枝の然るべき場所から咲く花が、幹から直接吹き出している様は、見るたびに不思議な感じがする。

「言い忘れしことばのやうに」と言われてみれば、その二、三輪の花は、喉から出るのを忘れた言葉のような気がしてくるから面白い。言い忘れたとはいえ、その言葉は無かったことにはならず、体内でポッと花開いていて「あ、あれ言い忘れたな」と気づくのだ。

胴吹き桜が幹をそこだけ明るく灯すように、言い忘れた言葉は心の一部分をわずかに照らす。この言い忘れた言葉は、きっと(忘れたことも含めて)明るい。

2017年3月25日土曜日

●西原天気 るびふる

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 るびふる    西原天気

てのひらにけむりのごとく菫〔ヴィオレッテ〕
春ゆふべ地図を灯して俺の車〔カー〕
春雨や灯のほとはしる土瀝青〔アスファルト〕
春の夜の洋琴〔ピアノ〕のごとき庭只海〔にはたづみ〕
手術〔しりつ〕してもらひに紫雲英田〔げんげだ〕のまひる
なかぞらに練り物〔パテ〕支〔か〕ふ囀りの穹窿〔ドーム〕
雪花石膏〔アラバスター〕まだ見ぬ夜の数かぞふ
翻車魚〔まんばう〕のゆつくりよぎる恋愛〔ローマンス〕
莫大小〔メリヤス〕にくるまれて海おもふなり
くちびるがルビ振る花の夜の遊び

2017年3月24日金曜日

●金曜日の川柳〔嶋澤喜八郎〕樋口由紀子



樋口由紀子






ついて来たはずのキリンが見当たらぬ

嶋澤喜八郎 (しまざわ・きはちろう) 1937~

「ふらすこてん」12月句会の兼題「消す」の入選句である。キリンがいなくなった。それもついて来たはずのキリンだという。キリンがついてくる? そもそもキリンは犬などのようについて来ないし、連れて歩く動物でもない。それにあの大きさと長い首。もし、ついて来ていたらわかるはずである。それが見当たらないなんて、どういうことなのかと突っ込みを入れたくなるが、それは野暮である。

句のどこにも力が入っていなくて、何を言っているのかよくわからないがしっかりとあと味を残す。なんともすっとぼけた味を醸し出している。時々はうしろを振り返ってみようかと思う。ひょっとしてキリンがついて来ているかもしれない。「ふらすこてん」(第49号2017年刊)収録。

2017年3月23日木曜日

●季語

季語

汝に春の季語貼つてゆく泣き止むまで  中山奈々〔*〕

鮒ずしや食はず嫌ひの季語いくつ  鷹羽狩行

蛇笏忌や子に覚えさす空の季語  上田日差子

心地よき季語の数なり二百ほど  筑紫磐井


〔*〕『セレネップ』第11号(2017年3月20日)

2017年3月22日水曜日

●水曜日の一句〔堀田季何〕関悦史


関悦史









階段の裏側のぼる夢はじめ  堀田季何


夢にあらわれる建築はいま現在住んでいるところよりも、幼時になじんだところのほうが多いらしい。場所の記憶も、自己そのものの一部ということか。

なかでも階段は途中性と幻惑感の強い場だが、この句ではそのさらに「裏側」をのぼっている。遠近法を欠いた夢のなかの空間ならではの魅惑を引きだす混沌ぶりといえる(それにしても「のぼる」とはこの場合、通常な上下軸からみて上にあたるのか、下にあたるのか)。

「夢はじめ」は初夢のことだが、句中に置いたときの効果が「初夢」とはまるでちがう。「初夢」では動きが止まり、ほとんど報告句と化してしまうのである。「夢はじめ」という始動をあらわす単語なればこその湧出感や流動性のようなものがこの句にはある。そしてそのゆるやかな動きは夢のなかにはとどまらない。新年に発し、そのまま現実の一年をも規定してしまうのだ。

階段の裏側をのぼりはじめてしまう新年とは、このとき、夢と現実の関係自体が入り乱れはじめる新年にほかならない。「階段の裏側」という場は夢と現実とが融通無碍に入れ替わる事態そのものである。そこを「のぼる」とは、記憶、無意識、自己の暗部を撹拌し、汲みあげつつの詩的昇華がこれから果たされるということにもつながってゆくのだろう。性的放縦の気配もひそんでいる。


「GANYMEDE」vol.69(2017年4月)掲載。

2017年3月21日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉1 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉1

福田若之


ためしがきというのは、寄せては返すといった体のものであるように思う。

  ●

砂漠の詩を読むたびに感じる、それを書くことへの強いあこがれ。けれど、僕は草のない詩には住まうことができないだろう。

  ●

「私性」というとき、「性」という接尾辞は、一般化によって個別の「私」を殺す。僕は僕の「私性」によって僕であるわけではない

  ●

俳句の総合誌は売るために「詠い方」の特集を組む。「書きぶり」の特集では売れないだろうか。

  ●

僕がTwitterのアカウントを持たないでいる理由のひとつは、僕の書くものを、あくまでも書かれたものとして読んでもらいたいと思うからだ。どんなに短いものであっても、僕は文字を「つぶやく」のではない。

2017/3/6

2017年3月20日月曜日

●月曜日の一句〔武藤紀子〕相子智恵



相子智恵






雪嶺といふ春深き響かな  武藤紀子

句集『冬干潟』(2017.2 角川書店)より

「雪嶺」は「冬の山」の傍題で、季重なりの句ということになる。

〈春深き響かな〉という言葉にじっと佇むうちに、里に雪のない春や秋は、雪をいただく高い山の美しさが実は際立つと思った。中でも春の陽光に照らされた雪嶺の白さは明るく美しい。

掲句には映像的な美しさもあるが、もっと想像されてくるのは〈春深き響かな〉による雪嶺の雪解の水音である。「春深き」という時期であるから、里に近い山裾から中腹にかけての雪解は既に終わり、頂上付近の雪解が本格化している頃だろう。雪嶺の厳しさが、ゆるゆるとほどけてゆく響き。実際には聞こえなくとも心の中にイメージされてくる。

冬の雪嶺の何者も寄せつけない厳しい白さが、「春深き響」によってふわりと光りながらほどけてゆく柔らかな白さに変化している。「かな」という包み込むような切字も効いている。効果的な季重なりによって、厳しい寒さが本格的にほどける山国の晩春の情景が見えてきた。

2017年3月17日金曜日

●金曜日の川柳〔なかはられいこ 〕樋口由紀子



樋口由紀子






「と」にするか南瓜炊けたか「を」にするか

なかはられいこ (1955~)

川柳を書いていると助詞をどうするかで悩むことが多々ある。助詞で句柄ががらりと変わり、句の意味内容の方向も違ってくる。助詞一つで良くも悪くもなるのを誰もがまのあたりにしている。実生活でも似たようなことがありそうで、思い当たる。

「南瓜炊けたか」だが、そのリズムのよさですぐに思いついたのは「テッペンカケタカ」というホトトギスの鳴き声だった。南瓜が炊ける間にどちらにするか決めるのか、などいろいろ考えたが、最終的には意味内容はスルーして、「さてさて」というお囃子のように読んだ。どうするかを悩ましい事が、映えるように、引きたてるように、投入されたのではないだろうか。あるいは暗号のような気もする。

「南瓜炊けたか」を何食わぬ顔でぽんと置き、効果を引き出す。なかはらはオリジナリティーのある新しい書き方を見せてくれる。〈代案は雪で修正案も雪〉〈東京のキョでいっせいに裏返る〉〈今日のまぶたにいいことをしてあげる〉 「川柳ねじまき」#3(2017年刊)収録。

2017年3月15日水曜日

●水曜日の一句〔武藤紀子〕関悦史


関悦史









密に描けば抽象となる蝸牛  武藤紀子


ある物を見つめつづけているだけでも、次第にゲシュタルト崩壊が起こり、何を見ているのやら判然としなくなるということはある。「密に描く」とはその過程を眼だけではなく、手の運動の軌跡へと変換しつづけていくことで、変換の過程自体を物件化していく作業にほかならない。

密に描かれた対象物は、じかに接するのと違い、全域に均等な圧力を持ったイメージとして見る者の前に立ちはだかる。いわば見る者は、ここでは描く手の動きの痕跡をひとつのこらずたどりかえすことを強いられ、ひとつひとつの線やタッチを対象物の形態と照らしあわせて読むことを強いられるのだ。

そのような分解と再統合への圧力をふくんだ画面は、対象物にもともと潜在していた「抽象」性を展開して見せただけとも考えられるが、しかしいくら細密に描かれたところで、それがそのまま抽象と化すということは、大概の動植物では無理である。まず形態的なまとまりとして認知されてしまうはずだ。

その点、もともとが幾何学的な形態と複雑微妙な色調変化の細部を持つ巻貝ならばたしかに抽象となりおおせることは簡単ではある。しかし螺旋形の貝殻がそのまま「抽象」となったところで、そこにはさしたる飛躍は生じない。貝殻だけではなく、不定形にちかい蝸牛の軟体が必要とされるのだ。

貝殻から軟体が出てきて歩きだすように、蝸牛はつねになまなましい具体から、いつの間にか抽象へと変じることができる潜勢力を持っている。この句はそのようなものとして蝸牛を異化し、捉えている。そしてそのことは蝸牛を、その形態への考察を梃子にリアルに感じさせるというだけにはとどまらない。具体即抽象という大きな変容の、蝶番の位置を蝸牛が占めることになるのだ。この世のすべての具体物が抽象に化しおおせる特異点として、蝸牛が緻密にうごめきつづけることになるのである。

博物学的図像に見入る行為にひそむ羽化登仙にも似た愉楽、それ自体を抽出した一句といえようか。


句集『冬干潟』(2017.2 角川書店)所収。

2017年3月14日火曜日

〔ためしがき〕 曼珠沙華 福田若之

〔ためしがき〕
曼珠沙華

福田若之


牧野富太郎『植物知識』(1949年に逓信省から刊行された『四季の花と果実』(「教養の書」シリーズ)が講談社学術文庫に収められるにあたって改題されたもの)の「ヒガンバナ」の章には次の記述がある。
本種はわが邦いたるところに群生していて、真赤な花がたくさんに咲くのでことのほか著しく、だれでもよく知っている。毒草であるからだれもこれを愛植している人はなく、いつまでも野の花であるばかりでなく、あのような美花を開くにもかかわらず、いつも人に忌み嫌われる傾向を持っている。
そうだったのだろうか。今日では、たとえば埼玉の高麗の巾着田などが、彼岸花といいまた曼珠沙華というこの花の、名所として知られている。ひとびとが曼珠沙華を愛でるためにわざわざひとつのところへ出向くなどといったことは、もしかすると、歴史的にみて最近の出来事なのかもしれない。

こうしたことが僕にとって気になるのは、僕が俳句をつづけるそもそものきっかけになった一句が曼珠沙華の句だからだ。その句のことは、いまでもはっきり覚えている。

曼珠沙華車内広告に咲き誇る

中学二年のとき、僕らの学年の国語を教えてくれていた先生が亡くなった。その葬儀の帰りに乗った西武線の中吊り広告に、満開になった一輪の曼珠沙華の大写しにされた写真が使われていた。ちょうど授業の課題で句を用意するように言われていたということはもちろんあったけれど、亡くなった先生に贈る気持ちで書いたのだった。

もちろん、弔意は直接句に書き込まれているわけではない。ただ、そのときの僕には、一句を書くということが、それ自体、僕に言葉の面白さを教えてくれた先生に対する弔いだったというのは、一句がどう読まれるかとは全く別のこととして、間違いのないことだ。そして、この句に書いた「車内広告」というのが、まさしく、先に言及した巾着田の曼珠沙華の花期が到来しつつあるのを知らせる広告だったのである。

だから、僕にとって、句を書くことは、そのはじまりの因果において、曼珠沙華がひとびとによって花として深く愛でられていたことに支えられているのだ。あの広告がなければ僕はそのときあの句を書きえなかったというだけではない。たとえば、僕があの曼珠沙華を「咲き誇る」という言葉で叙述しえたのも、おそらくはすでに曼珠沙華が花として愛でられてきた、その過去に支えられてのことだったはずだ(たとえその過去というのが、さほど分厚いものではなかったのだとしても)。

けれど、「車内広告に」というこの無粋な中八は、なによりその無粋さによって、曼珠沙華が花として愛でられるという出来事を、「それは‐かつて‐あった」という仕方での過去に、つまりは、写真的な過去に置き去る言葉として働いているように思う。 

句を書くというのは、弔いに弔いを重ねることなのではないかと、ときに思うことがある。過去をそのつど繰り返し弔うこと、それは、ちょうど写真の写真を撮るのに似て、かつての弔いの言葉をいまふたたび言葉によって弔うことを意味する。このとき、僕たちが手で触れることのできるこの表面において、奥行きがそのまま過去の痕跡となる。それは、天文学的な規模において、より過去からの光がすなわちより遠くからの光であることとも似ている。ところで、単に相対的なものであるにとどまる通常の旅に対して、絶対的な旅というものがもしあるとすれば、それはあの光の旅にほかならないはずだ。弔いに弔いを重ねるとき、ひとは、つねにすでに、言葉の表面に生じた奥行きのこちら側にいる。 奥行きから来る光の先端にいる。ひとは、そんなふうにして、光とともに旅することができるのだ。弔いに弔いを重ねることは、絶対的な旅であるだろう。

2017/2/22

2017年3月13日月曜日

●月曜日の一句〔高野ムツオ〕相子智恵



相子智恵






原子炉へ陰剥出しに野襤褸菊  高野ムツオ

句集『片翅』(2016.10 邑書林)より

野襤褸菊は、道端などにみられる繁殖力の強い帰化植物。明治初期にヨーロッパから入ってきたという。いわゆる雑草だ。ギザギザとした葉を持ち、小さな黄色い花をたくさん咲かせ、野性の逞しさを見た目からも感じさせる。

原子炉周辺の誰も入れない土地に種を落とし、咲いたのだろうか。〈陰剥出しに〉は解釈にやや難しいところがあるが、野襤褸菊の全体にギザギザとした、小さいけれども荒々しい陰が、原子炉の方にあられもなく伸びている風景を想像した。この原子炉は、大震災の事故の原子炉であろう。大きく人工的な原子炉に対して、小さな野襤褸菊。野襤褸菊の方がはるかに小さいとはいえ、その逞しさは可憐さとは無縁である。

誰も本当のところは見えていない壊れた原子炉。人工的で制御されていたはずの原子炉の内部が、統制されていない野生化した帰化植物に近いもののように思われてくる。人の近寄れない場所で、統制されていない野生同士が、静かに剥出しにその陰を曝し合っている。

2017年3月10日金曜日

●金曜日の川柳〔時実新子〕樋口由紀子



樋口由紀子






何だ何だと大きな月が昇りくる

時実新子 (ときざね・しんこ) 1929~2007

2007年3月10日に時実新子は亡くなった。今日でちょうど10年になる。「何だ何だ」の話し言葉にまず惹きつけられる。しかもそうやって出てきたのは「月」。予想もつかない登場の仕方だ。世事に興味をもって、どんな顔で月が出てきたのかと想像するだけでも楽しくなる。おおらかでスケールが大きく、リズム感もある。「月」の把握がなんとも斬新である。

新子の「月」は多くの人が思っている「月」とはかなり違う。文芸の世界で月は厳かで幽玄な存在。こんなふうにぐっとユーモラスにとらえた句はそうなかった。優美とはほど遠く、好奇心旺盛、月のくせに人間味があり、なにやらおかしい。また、月に対して「ほっといて、こっちのことはこっち」と開き直っているようにも読める。ここに川柳の持っている自由さがあるように思う。『月の子』(たいまつ社 1978年刊)所収。

2017年3月8日水曜日

●水曜日の一句〔石原日月〕関悦史


関悦史









流灯の介護ベッドに流れ着く  石原日月


介護ベッドはいうまでもなくまだ存命中の者を世話するために使う。そこに死者の魂を弔うための流灯が流れ着くというのが衝撃的である。

介護している側から見ての句と思われるが、介護の果てには当然死別がある。それは誰にでもわかっているはずなのだが、時間的順序も空間的制約もとびこえて闖入する流灯は、頭では理解しているつもりでも、腹から得心がいっているわけではない現実を、いきなりつきつけてくるのである。

句集は母の看取りの句を中心に構成されており、病母に心情的に寄りそい、気づかう句が多いなかでこの句は異色。リアリズムを超えて暗い非在の川がベッドのわきにあらわれ、流灯が寄りつくさまは意外に視覚的に鮮明だが、しかしこの介護ベッドにはすでに人の気配が感じられない。介護ベッドに寝ている者は、じきいなくなってしまう。それを悲しむというよりも、単なる法理のようなかたちでこの句はあらわしており、景の情緒性がそのまま痛快なまでの非情さにもつながっている。一種の救いが、予知夢のようなかたちで現在につきささってきた句といえる。

なお作者、石原日月の前著までの筆名は石原明。


句集『翔ぶ母』(2017.3 ふらんす堂)所収。

2017年3月7日火曜日

〔ためしがき〕 紙と鉛筆 福田若之

〔ためしがき〕
紙と鉛筆

福田若之

ベルクソン『物質と記憶』は、記憶と世界とのかかわりを、次に示す逆円錐SABと平面Pの表象を使って説明している。

もし円錐SABによって私の記憶のうちに蓄えられた思い出の総体を表象するならば、底面ABは、過去のうちに据えられていて、動かないままである。そのことは、あらゆる瞬間に私の現在をあらわす頂点Sがたえず進んでいること、そしてさらに世界についての私が有する現勢的な表象の可動平面Pにたえず接していることと対照をなしている。Sには身体のイマージュが結集する、そして、平面Pの一部をなしながら、このイマージュは平面を構成するすべてのイマージュからの働きかけをただひたすら受け取りまた送り返す。
平面Pと円錐SABの図像は、まるで紙と鉛筆のようだ。もちろん、Pはもちろんplan(平面)のPであって、papier(紙)のPではない。それに、両者の運動はずいぶん異なっている(上方に書かれた底面ABが過去のうちに据えられていて、動かないのだとすれば、現在にあたる平面Pと頂点Sは、動かない底面ABを図の上方に置き去りにしながら進んでいく先は、図の下方であるはずだ。平面Pを円錐SABが横滑りしていくわけではない)。

しかし、この円錐SABと平面Pの図像を介して、記憶と現在のかかわりを紙と鉛筆のかかわりに重ね合わせることは、僕にとっては、いくらか魅力的に思われる(これは、もちろん、ベルクソンによる既存のイマージュを、僕の想像力によって、恣意的にひずませることにほかならないのだけれど)。現在の僕の身体のイマージュは、ものを書くとき、その文字をなしつつある鉛筆の先に結集しているのではないか。関悦史『六十億本の回転する曲がつた棒』には、「《悪夢で目覚める。友達が死刑を宣告されて、その死刑の方法が(……)》/谷雄介のツイート」という前書きを付された《生きながら鉛筆にされ秋気澄む》という句があるが、ある意味では、何者かによって死刑を執行されるまでもなく、僕は生きながら鉛筆なのではないか。そして、なんらかの紙に書くということは、すなわち、その紙を含んだ世界への刻印なのではないか。僕が鉛筆によって書き込むのは、僕や鉛筆とは切り離されて存在する紙の上にというよりは、むしろ、僕や鉛筆を含みこんだ世界そのものにではないか。

次に示す句は、世界を構成するイマージュからの働きかけを受け取り、送り返すことが想起にかかわるありさまに、かつまた、そのことが書くことにかかわるありさまに触れている。

えぞ菊に平仮名を憶ひ出さうとする  三橋鷹女

「えぞ菊に」であって、「えぞ菊や」ではない。えぞ菊のイマージュは、平仮名を憶い出そうとするそのひと(『向日葵』においてこの句を含む五句に付された前書きからすれば、それは「流浪の女K子」であろう)の身体に働きかけている。そして、そこで憶い出されようとしているものが文字である以上、そののちにこの世界に送り返されようとしているのは、この世界への働きかけとしての書くことであるだろう。

(いや、この書き方ではだめだ。これでは、あたかも、僕がベルクソンの図に見出した紙と鉛筆のまぼろしがたまたま鷹女のこの句にもかかわっているということにすぎないかのようだ。しかし、むしろ、そもそも僕がベルクソンの図に紙と鉛筆のまぼろしを見たことそれ自体が、鷹女のこの句にかかわっていたはずだ。鷹女のこの句なしには、僕がベルクソンの図に紙と鉛筆のまぼろしを見ることはついになかっただろうと思う。そうであるなら、僕はそれを言葉の展開において示さなければならなかったはずだ)。

2017/2/10

2017年3月6日月曜日

●月曜日の一句〔石原日月〕相子智恵



相子智恵






紅梅や死化粧薄き棺を閉づ  石原日月

句集『翔ぶ母』(2017.03 ふらんす堂)より

〈死化粧薄き〉によって、納棺された人は女性だということが想像される。その化粧の薄さの中に、哀しみが静かに表現されている。

納棺の句では〈ある程の菊投げ入れよ棺の中 夏目漱石〉という句が有名だが、漱石の号泣が聞こえてきそうな句に比べて、掲句の〈棺を閉づ〉の哀しみは何と静かなことだろう。

棺を閉じることで読者の頭の中に生じる一瞬の暗転の後に、再び浮かんでくる紅梅の美しさにハッとする。紅梅に死化粧の口紅が残像となって重なる。

白梅ではなく紅梅であるところに華があり、故人の美しさが思われた。紅梅の色や香りに、伝えきれない感謝の思いが灯り、広がっていくようでもある。

2017年3月5日日曜日

●『週刊俳句』創刊10周年記念懇親会のお知らせ

『週刊俳句』
創刊10周年記念 懇親会のお知らせ


『週刊俳句』は来る4月をもちまして10周年を迎えます。これもひとえに皆様のご支援の賜物と深く感謝申し上げます。つきましては、下記により宴席を設けました。ご多用中とは存じますが、万障お繰り合わせの上ご参席賜わりますようご案内申し上げます。

  記
日時:2017年416日()午後5:00開場 5:30開演-8:30
場所:小石川後楽園・涵徳亭
アクセス/地図はこちら  東京都文京区後楽1丁目6-6 
参加費:4000円 (学生2000円)
ご参加いただける方は、4月9日(日)までにメールにてお知らせください。
≫連絡先 http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/04/blog-post_6811.html

※早めに到着して小石川後楽園を散策(入園料:一般300円、65歳以上150円。9時~16時30分、閉園17時)もオススメプランです。

2017年3月3日金曜日

●金曜日の川柳〔速川美竹〕樋口由紀子



樋口由紀子






基礎知識大根おろしにして食べる

速川美竹(はやかわ・みたけ)1928~

大根がおいしい。最初から余談だが、コンビニのおでんで一番よく売れるのは大根らしい。が、その割に家庭で大根を煮るとそんなに喜ばれないのはなぜなのかといつも思う。

大根おろしは輪切りや短冊切りの料理とは違い、元のかたちがまったくなくなる。「基礎知識」をそこまでして食べるということは、おおざっぱではなく、あとかたもなくなるほどに十分に理解するということだろう。確かに大根おろしは食べやすく、消化によい。人はこのように生真面目に生きてきた。人間の持っている生真面目さを言い当てているのか、あるいは思い起こさせているのか。

「基礎知識」は昨年亡くなられた尾藤三柳氏の著書だという説もある。速川美竹は英文学者で『開けごま』(1990年刊 柳都川柳社)という英訳川柳書がある。

2017年3月1日水曜日

●水曜日の一句〔瀬山由里子〕関悦史


関悦史









兄に似た狐横切る花野風  瀬山由里子


この句のポイントは「花野風」の「風」にある。あえて改悪して《兄に似た狐横切る花野かな》としてみたときの句の沈滞ぶりと見比べればそれは明らかだ。

つまり「兄」と「狐」が似ているだけではなく、その二者は類似を介して「風」にまで通じているのである。季語としては「狐」(冬)と「花野」(秋)の季重なりということになるのだろうが、枯れていないのだから花野が主で秋か。その花野を風が吹き渡る。尋常の風ではなく、途端に妖異の世界が現れる。兄が狐とも、花野を吹き渡る風ともつかない存在となれば、そのような兄を持つ語り手自身も世の常の人ではない。

とはいうものの、この句の語り手自身は、妖異性や虚空性を身に帯びるとはいえ、「兄」とともにただちにあやかしに変じて走り去るわけではない。「兄」は「行く」のでも「来る」のでもなく、ただ遠心的に眼前を横切っていくだけだ。語り手と兄との間には、一抹通じあうものがありつつも大きな懸隔がある。「兄」に似た「狐」(「狐」の相貌を帯びた「兄」、あるいは「兄」であったかもしれない「狐」……)は、なかば既に花野の「風」にまで変じ、語り手のことを意識し得ているかどうかすら定かでない。

語り手にとっても「兄」は既に「風」のようなものだ。この世で深い縁あった者同士の最果ての相はこのようなものであるのかもしれず、一句の情感もそこにかかっている。ものさびしさが常の世を超えることで或る得心に至ってもいるのだが、その図(フィギュア)全てが儚さに解消され、同時に非人称的な華やぎの地(グラウンド)として揺らぐ「花野」が現れる。「花野」は生の感触を引き出す場として句のなかにあるのである。

なお、この句は句集ではなく、著者没後にまとめられたエッセイ集に収められた俳句「猫町」八句のうちから引いた。


『織と布そして猫とヴェネツィア』(2017.3 鬣の会)所収。

2017年2月28日火曜日

〔ためしがき〕 「法位に住す」 福田若之

〔ためしがき〕
「法位に住す」

福田若之


次に示すのは、道元『正法眼蔵』の「現成公案」のうちの一節である。
 たき木はひとなる、さらにかへりてたき木となるべきにあらず。しかあるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり。前後ありといへども、前後際断せり。灰は灰の法位にありて、のちありさきあり。かのたき木、はひとなりぬるのち、さらに薪とならざるがごとく、人のしぬるのち、さらに生とはならず。
 しかあるを生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり、このゆゑに不生といふ。死の生にならざる、法輪のさだまれる仏転なり、このゆゑに不滅といふ。
 生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり。たとへば冬と春とのごとし。冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。
僕は仏法については決して詳しくはないけれど、僕自身の読みを示すためにも、試みに現代語訳してみる。
 薪が灰となることは、決してもとにかえって薪となりうるはずはない。そうであるのを、灰はのち、薪はさきと見なしてはならない。知りなさい、薪は薪の法位に住まっていて、(薪のかぎりにおける)さきがありのちがあるということを。前後があるとはいっても、前後はその際で断たれている。灰は灰の法位にあって、(灰のかぎりにおける)のちがありさきがある。くだんの薪が、灰となったのちに、もう一度薪にならないのとおなじように、人が死んだのちには、決して生とはならない。
 そうであるのを「生の死になる」といわないのは、仏法のさだまったならわしなのだ、これゆえに「不生」という。死が生にならないのは、仏の教えの、さだまった、仏による伝えよう(法輪の、さだまった、仏による回しよう)なのである、これゆえに「不滅」という。
 生も一時のくらいなのだ、死も一時のくらいなのだ。たとえば冬と春とのように。冬が春となるとは思わず、春が夏となるとは言わないものである。
この一節は、俳句を書くものにとって、ただちに、俳句についてのいくつかの問いを喚起するように思われる。

第一に、「前後際断」ということと、俳句の「切れ」についての既存の教えとのかかわりについての問い。一句はその前後で切れているとするあの教えは、ここに説かれている「前後裁断」ということにつながることは明白であるように思われるのだが、だとすれば、はたしてそのつながりはいかなるものでありうるのか。

第二に、季節についての問い。たとえば、寺山修司が《かくれんぼ三つかぞえて冬となる》と書くとき、そこで言われているのは、いったい何が冬となることなのか。あるいは、英語などにおけるいわゆる形式主語を含んだ文を日本語訳する場合とおなじく、「何が」という問いかけ自体がそもそも不当なものであるのか。

これら二つの問いは、それぞれ、切れと有季という俳句にまつわる一般的なことがらに触れているという点で、重要なものに思える。だが、この一節がとりわけ僕の興味を惹くのは、人によっては俳句とさほど深いかかわりを持つものと思わないかもしれない、「住す」という語の特別な用法ゆえにである。

「薪は薪の法位に住して、さきありのちあり」。薪は、薪の法位に、住まっている、というのだ。「法位」というのは、すなわち、あるがままであること、真理、本質などを意味する言葉だという。だが、「法位に住して」という言い回し――『妙法蓮華経』の「方便品」にみられる「是法住法位」すなわち「是の法、法位に住す」と訓じられる一節に由来するとみられる、この言い回し――は、「法位」が「くらい」であると同時に「位置」であることに関わっていると考えられる。この「法位」という語は単純に「真理」や「本質」といった語に翻訳することはできないのだ。

もちろん、法位に住むとか住まないとかいうことは、まずもって、言い回しの問題である。だが、この一節においては、道元にとって、教えというものがすなわち法輪の回転に等しいということもまた示されているのではなかったか。そうでなくとも、教えるということは、言い回すということのひとつのありようにほかならないだろう。だから、道元のこの教えにおいて、言い回しというのは、それ自体、本質的な(あるいは、こう言い回してよければ、「法位的な」)なにかであるように思われてならないのだ。

僕がこの一節に思いをめぐらせてやまないのは、ついに概念的であるにもかかわらず、同時に、現に何かしらの場であるかのようにして想起される「法位」のありようが、言葉に住むことないし棲むことをめぐる問いと深くかかわりながら、なんらかの触媒作用によって、そうしたことがらについての僕自身の考えを変質させてくれそうだという期待、その可能性ゆえになのである。

この「薪は薪の法位に住して、さきありのちあり」という一文において言われているのは、「前後際断」ということでもあった。この「前後際断」ということは、いかなるかたちであれ、一句はその前後と切れているというふうな言い回しでしばしば教えられる、あの俳句の「切れ」に通じるものであるだろうということは、前述したとおりである。ならば、一句を書くことそれ自体によって生じる裂け目としての「切れ」の現象は、言葉のうちに住まうことと表裏一体のことがらなのではないか。そして、言葉はつねに言い回されつづけることによってしか言葉でありえず、すなわち、言葉はつねに回転し流転しつづけることによってのみ言葉でありつづけるのだとすれば、一句を書くということは、それにともなう「切れ」の現象によってこそ、旅を栖とするということたりうるのであり、それは、たとえば僕自身を含む種々の生き物が自転し公転する地球に住んでいるのと似たようにして、言葉に棲むということなのではないか(もしかすると、「宇宙船地球号」といういまや陳腐と化したあの隠喩も、舟の上に生涯を浮かべるということとのむすびつきようによっては、なんらかのかたちで息を吹き返しうるのかもしれない)。こうしたことは、もちろん、ただ一句を書くことを超えて、「切れ」をひとつの契機とした「転じ」の連続にほかならない俳諧の連歌、連句のありようにまで通じることに違いない。

ところで、これまで述べてきたような「切れ」は、区切り、仕切ることによる閾の発生にほかならない以上、書くことをただのなわばりづくりに還元する罠ともなりうるものだ。 たしかに、なわばりもまた棲むことを可能にする。しかしながら、そのとき、「切れ」とは領地の画定にほかならず、書くことは国境線を引くことにほかならないだろう。そのとき、僕らは定住することに甘んじて旅を失うに違いない。たしかに、俳句というものがもし植物的なものであるとすれば、それらの句はきっとそれらに固有の自生地を持つだろう。だが、そこであらたに立ち上がる問いは、この自生地にいかに繁殖しつづけるかではなく、この自生地からいかに出発するかなのだ。だからこそ、「切れ」を旅の可能性に転じるために、絶えざる回転運動が必要となる。

風に吹かれた草の種が、その綿毛をひろげ、散り散りになって宙に回りはじめる。まもなく、かまきりがそれを追い、あたらしい土地に向かうだろう。

次の一句を書くこと。

2017/2/7

2017年2月27日月曜日

●月曜日の一句〔田島健一〕相子智恵



相子智恵






晴れやみごとな狐にふれてきし祝日  田島健一

句集『ただならぬぽ』(2017.01 ふらんす堂)より

数年前に、この句の初出の瞬間(大きな句会だった)に立ち会えた時の感動はいまだに覚えていて、それは晴れた祝日のことだった。

晴れている、祝日であるということは詠めても、こんな俳句にはなかなか出会えるものではない。以来、祝日になると思い出す愛唱句となった。

〈西日暮里から稲妻見えている健康〉〈ただならぬ海月ぽ光追い抜くぽ〉〈白鳥定食いつまでも聲かがやくよ〉など、句中の「健康」や「ぽ」や「定食」など、それがあるから難解であり面白くもある言葉の意外性は、説明を拒みつつ強烈な印象を残す。

どこからその言葉は流れ着いたのか…という言葉同士が不思議な一句になるので、作者の実験工房の裏側を見たような気がして、冒頭の日のことが印象に残っているのだ。もちろんその日の現実という裏側を見たからといって、句の謎はさらに深まるばかりで、何にも分からない。なんとも美しく、晴れがましく、いかがわしく、楽しい、謎に満ちた句なのである。

日本の祝日というもの自体のわからなさ(由来と名前の乖離など)もあって、その分からなさが狐につままれたような気分と合う。しかし〈みごとな狐にふれてきし〉は逆に、狐を積極的につまみにいくような、自ら化かされにいくような感じであるのが面白い。快晴の日の光に反射して銀色に輝く狐の毛並みの美しさと、「ハレとケ」のハレの気分。ここに書かれた言葉のすべてが、美形の詐欺師の見事な嘘であるかのように、まばゆく輝いている。

2017年2月25日土曜日

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2017年2月24日金曜日

●金曜日の川柳〔筒井祥文〕樋口由紀子



樋口由紀子






こんな手をしてると猫が見せに来る

筒井祥文 (つつい・しょうぶん) 1952~

猫がひょいと人の手に猫の手(正確には前足)をのせる動作をすることがある。猫好きにはたまらない仕草であるらしい。その所作を猫がこんな手をしているんですと見せに来ているという。いやいや、そうではない。もちろん作者だって見せに来ているのではないことはわかっている。が、人間側からの勝手な見方をおもしろく川柳に仕立てる。見つけの上手さがあり、あそびごころがある。

最近話題の『猫俳句パラダイス』(倉阪鬼一郎編 幻冬舎新書)にも取り上げられていて、帯にも載っている。「こういった奇想をさらりと表現できるのも現代川柳の持ち味です」と倉阪さんが書いている。『セレクション柳人 筒井祥文集』(2006年刊 邑書林)所収。

2017年2月22日水曜日

●水曜日の一句〔伊丹三樹彦〕関悦史


関悦史









机上春塵 稿債 積読(つんどく) 嵩成すまま  伊丹三樹彦


書き終わっていない原稿、読み終わっていない本が机に積み上がり、そこに塵までが積もる。

片付かないものばかりが山積みとなった鬱陶しい日常以外の何ものでもなく、特に詩趣も諧謔もない光景のはずなのだが、句を読み下してみると、どこかうきうきしているような気分も感じられる。

「稿債」は俳句でときどき見かけるが、辞書には収録されていない言葉らしい。こういう少々なじみのうすい単語が「机上春塵 稿債」と硬い語感の並びをかたちづくると漢詩か何かのような韻律を生み、情報量も圧縮されて増えるので、妙な張りが出てくるのである。そしてそれは作者当人の心の張りもうかがわせる。

果物などと違って静物画の画題にはなりそうにない、また描きようによってはいくらでも殺伐たるものになる素材だが、この机、未完成原稿、読みさしの本は全て、脳の活動を外在化させている物件といえ、自分の内と外の両側にまたがっている。どれも活動中の知能と関わりあいつつ、具体物として「嵩」を成しているのだ。いわゆるアニミズムとは別の経路かもしれないが、その意味でこれらは、作者と連続した生気を帯びていて何の不思議もない物件なのである。

しかし「春塵」はそれらをうっすらと覆い、その物件性を際立たせる。大げさにいえば自分の知的活動からの自己疎外である。時間は過ぎていく。春塵は積もる。古びつつ次第に縁遠くなり、忘れられてもゆくおのれの知的活動の痕跡たち。その静かな時間と物の暴流のなかで、それに反発しつつ、句をなす心は華やぐ。そして「春」の塵は、その片付かぬ途中性の一切をおだやかに肯定する。


句集『当為』(2016.4 沖積舎)所収。

2017年2月21日火曜日

〔ためしがき〕 亀の声、蛇の肺 福田若之

〔ためしがき〕
亀の声、蛇の肺

福田若之


亀には声帯がない。けれど、たとえば、ウェブマガジン「スピカ」に掲載された折勝家鴨「あから始まるあいうえお」の2016年12月27日分のショートエッセイにも記されているように、亀は鳴くことがあるそうだ。

声帯がないのに「鳴く」というのはおかしいという向きもあるかもしれない。しかし、それを言うなら、蟬や鈴虫だって声帯はないけど、日本語ではそれらが音を出すことを「鳴く」と表現してさしつかえない。そうした意味では、亀についても「鳴く」と言ってよいはずだ。

キューと亀鳴いたる事実誰に告げむ》という三橋敏雄の句は、したがって、たしかに「事実」を前にした戸惑いとして成立しうる。

ただし、藤原為家が《川越のをちの田中の夕闇に何ぞと聞けば亀のなくなる》と詠んでいるのはやはり虚飾があるのだろう(「亀鳴く」を春の季語とみなす場合、一般に、この歌がその典拠とされている)。亀はたしかに鳴くことがあるのだが、決まった鳴き声があるわけではないようなのだ。だから、この歌のように音を聞いただけで鳴いているのが亀かどうかを判断することは、まず不可能だと思われる。

だから、話は非常にややこしい。亀はたしかに鳴く。けれど、「亀鳴く」という言葉がもつ季語としての風情は、むしろ、亀が鳴いたわけではない音を亀が鳴いたのだと聞きならわすことにある。「亀鳴く」が春の季感を持ちうるのは、「亀鳴く」という言葉を春の季語として認識している人間が、なにか些細な物音について、春だからもしかすると亀が鳴いているのかもしれないなどと冗談半分に思いながら「亀鳴く」と書いてみる、そのこころによってであろう。

それにしても、亀の鳴き声について調べていたら、蛇の肺は左右非対称で右だけがすごく長い、ということまでついでに知ってしまった。誰に告げよう。


2017/1/26

2017年2月19日日曜日

◆『週刊俳句』10周年記念オフ会のお知らせ〔第1弾〕

『週刊俳句』10周年記念
オフ会のお知らせ〔第1弾〕

小誌『週刊俳句』はこの4月、10周年を迎えます。そこで、皆様とともに記念祝賀の集まりを楽しみたいと考えました。

日時:2017年416日(日) 12:30~20:30
※昼はイベント、夜は懇親会。詳細は追ってお知らせいたします。
まずは、この日、スケジュールをあけておいていただけますでしょうか。

場所:東京・小石川後楽園 涵徳亭
東京都文京区後楽1-6-6
〔アクセス〕都営地下鉄大江戸線「飯田橋」(E06)C3出口下車 徒歩3分
JR総武線「飯田橋」東口下車 徒歩8分
東京メトロ東西線・有楽町線・南北線「飯田橋」(T06・Y13・N10)A1出口下車 徒歩8分
東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園」(M22・N11)中央口下車 徒歩8分

2017年2月17日金曜日

●金曜日の川柳〔草地豊子〕樋口由紀子



樋口由紀子






乳のある方が表でございます

草地豊子 (くさち・とよこ) 1945~

一読して大笑いしてしまった。確かに「乳のある方が」おもてであり、まえである。まちがったことはなにも言っていない。でも、もっと他の言い方があるでしょう、よりにもよって「乳」なんて言葉を平気で使うなんて、ここまでよく言うわと感心した。でも、どんな問いをかけられたのだろうか。

「こんな恥ずかしい句はよう書かんわ」と作者に告げると、「恥ずかしがっているうちはいい川柳は書けへんわ」と笑って言われてしまった。私はまだまだ修行が足りず、どこかで恥ずかしがっていて、ええかっこして川柳を書いていると痛感させられる。インパクト抜群の川柳で、何度読んでも降参するしかない。〈文化の日「乳」という題ひねっている〉〈用もない乳が未だにぶら下がる〉 「杜人」(2016年冬号)収録。