2017年5月12日金曜日

●金曜日の川柳〔西秋忠兵衛〕樋口由紀子



樋口由紀子






母の箸から金時豆がころがった

西秋忠兵衛 (にしあき・ちゅうべえ) 1928~

母が金時豆を落した。が、「金時豆がころがった」と書く。今、そういうことがあったのではなく、過って、そういうことがあったことを思い出しているのだろう。それはずいぶん昔の出来事。ふいにそのことを思い出したのか、あるいは何度も反芻しつづけているのか。その頃からお母さんの老いが顕著になってきたのかもしれない。そして、作者もその年齢に近づいてきた。自分が今どこにいるのか、自分の位置に気づく。そして、母を思い出す。

「金時豆」はお母さんの好物でよく食べていたのだろう。丸くて甘くてやさしい味がする。「金時豆」の字面も「きんときまめ」という響きもいい。手ざわりと温もりがある。〈足をとめたのは五月が笑ったから〉〈千円がぬくい コロッケがうまい〉〈トンネルに宇野重吉が佇っている〉 「スパナーの詩」(1994年刊)収録。

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