2017年12月21日木曜日

●木曜日の談林〔松尾芭蕉〕黒岩徳将



黒岩徳将







命なりわづかの笠の下涼み 芭蕉

『芭蕉全句集』(桜風社)によると、『竹人本全伝』貞享元年の条に「其十三年前初下りさ夜の中山にて」と端書されているから、前回の「山のすがた蚤が茶臼の覆かな」と同じく、延宝四年の作と推定される。

前書きに「佐夜中山にて」とある。静岡県掛川市に位置する峠のことである。旅吟、いや、江戸から帰郷する際の句である。東京・静岡・三重の距離を考えると、旅程の半分も到達していない。「命なり」は、西行法師がこの地で歌った「年たけてまた越ゆべしと思ひきや命なりけり小夜の中山」(『新古今和歌集』)をふまえている。「命なりけり」は「命あってのことだ」という意味。

「佐夜」といっても、掲句は「笠の下涼み」なので、昼の景である。「命なり」は自分の命のことを言っており、木陰も何もないまま、笠の下のみの影で自分を癒し、黙々と歩んでいる。前書きと合わせると、自身の身の回りの空間しか描いていないのにも関わらず、芭蕉の目線の奥の風景を楽しむことができる。

お笑い芸人が人文字で漢字を表現することもなく、命の炎は、詠み続けることで旅の間も煌めき続けるのである。

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