2017年3月31日金曜日

●金曜日の川柳〔番野多賀子〕樋口由紀子



樋口由紀子






どの窓からも馬が覗いている日暮

番野多賀子 (ばんの・たかこ)

「どの窓」だから数頭の馬がそれぞれの窓から顔を出している。「日暮」だから馬は夕焼けを見ているのだろうか。それともただ窓の外を眺めているだけなのか。その景が作者の目に留まった。馬はどうしてと思うぐらい物悲しい目をしている。その目でじっと外を見ている。申し合わせたように、黙って見ている。そして、もうすぐ日が暮れて夜になる。

この馬たちには馬小屋に飼われていて、山々を駆け回わる自由はない。覗くといる行為は一体何を意味しているのか。無音の風景に作者は馬のものがなしさ、不安のようなもの、しいてはこの世の、人生のあやふやさを感じたのだろうか。作者の心象風景かもしれない。その静かな景は気高くてせつない。

2017年3月29日水曜日

●水曜日の一句〔増田まさみ〕関悦史


関悦史









ことだまを二階へはこぶ蝸牛  増田まさみ


「二階」は客間、居間、台所のような、人の出入りや生活の喧噪からは切り離された場所である。そこへ「ことだま」を運ぶ「蝸牛」という奇妙なものが向かってゆく。こうなると家の中のつねのこととは思えなくなる。

ひらがな書きされた「ことだま」は言霊であると同時に、コトリと音を立てて置かれることもできそうな、石の玉のような実体感をかすかに帯びたものともなり、それが蝸牛に運ばれるのである。

蝸牛ははたして自分がそんなものを運んでいることを知っているのか。それとも実体と非実体のはざまにあるのをいいことに、「ことだま」は蝸牛にそれと知られることもないまま、憑りついて運んでもらっているのか。あるいは蝸牛にとってこの「ことだま」は自なのか他なのか。この実体と非実体のはざまならではの曖昧さは、渦巻き状の殻の軽い硬さと、中味の不定形にも近い重い柔らかさとが綯い交ぜになった、蝸牛の形状に見合っている。

蝸牛の遅々とした歩みに分子ひとつひとつが確認され味わわれるようにして、家は二階へいたる一筋の道を分泌していく。進めば進むほどに、上れば上るほどに無限感が湧いて出てくるようでもあり、この句は不思議な明るみを形成している。この「ことだま」が担った霊力に、悪しきものという感じはない。このような微小でひそかな霊的交通の場ともなりうるものとして、家はわれわれを住まわせる。


句集『遊絲』(2017.2 霧工房)所収。

2017年3月28日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉2 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉2

福田若之


僕は、寒いと感じるのであって、「寒さ」というものを感じるのではない。「プレーンテキスト」という概念を僕が容易に認めることができないというのは、つまりはそういうことだ。

  ●

僕がどう感じるかとは無関係に、俳句形式が、あるいは日本語が、僕に対して「寒さ」と書くことを要請するという出来事は、これまでたしかに起こってきたし、これからも起こり続けるだろう。いつになったら、僕は、ただ僕自身の感性のみにしたがって、言葉を書くことができるようになるだろう。理屈では無理だと分かっている。でも、僕はそう感じないし、感じないでいつづけたい。

  ●

オーストラリアガマグチヨタカの顔はピグモンに似ていた。あたらしい思い出と古い思い出が、よく似た顔をしている。

  ●

理科の授業で、スロープを転がる玉の速度を測る実験をしたとき、先生は理論の正しさを教えようとしていた。けれど、僕は理論の不正確さを学んだ。

  ●

僕が自分の句について書くのは、その句を、あなたに、僕と同じように読んでほしいからではない。そのときの僕の問いは、あなたにどう読ませるのか、ではなく、いかにしてともに読むのか、だ。

2017/3/9

2017年3月27日月曜日

●月曜日の一句〔ふけとしこ〕相子智恵



相子智恵






言い忘れしことばのやうに幹に花  ふけとしこ

俳句とエッセー『ヨットと横顔』(2017.2 創風社出版)より

桜の太い幹に直接、二、三輪の花が咲いているのはよく見かける。いわゆる「胴吹き桜」だ。幹から花が咲くのは古木に多いという。通常なら枝の然るべき場所から咲く花が、幹から直接吹き出している様は、見るたびに不思議な感じがする。

「言い忘れしことばのやうに」と言われてみれば、その二、三輪の花は、喉から出るのを忘れた言葉のような気がしてくるから面白い。言い忘れたとはいえ、その言葉は無かったことにはならず、体内でポッと花開いていて「あ、あれ言い忘れたな」と気づくのだ。

胴吹き桜が幹をそこだけ明るく灯すように、言い忘れた言葉は心の一部分をわずかに照らす。この言い忘れた言葉は、きっと(忘れたことも含めて)明るい。

2017年3月25日土曜日

●西原天気 るびふる

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 るびふる    西原天気

てのひらにけむりのごとく菫〔ヴィオレッテ〕
春ゆふべ地図を灯して俺の車〔カー〕
春雨や灯のほとはしる土瀝青〔アスファルト〕
春の夜の洋琴〔ピアノ〕のごとき庭只海〔にはたづみ〕
手術〔しりつ〕してもらひに紫雲英田〔げんげだ〕のまひる
なかぞらに練り物〔パテ〕支〔か〕ふ囀りの穹窿〔ドーム〕
雪花石膏〔アラバスター〕まだ見ぬ夜の数かぞふ
翻車魚〔まんばう〕のゆつくりよぎる恋愛〔ローマンス〕
莫大小〔メリヤス〕にくるまれて海おもふなり
くちびるがルビ振る花の夜の遊び

2017年3月24日金曜日

●金曜日の川柳〔嶋澤喜八郎〕樋口由紀子



樋口由紀子






ついて来たはずのキリンが見当たらぬ

嶋澤喜八郎 (しまざわ・きはちろう) 1937~

「ふらすこてん」12月句会の兼題「消す」の入選句である。キリンがいなくなった。それもついて来たはずのキリンだという。キリンがついてくる? そもそもキリンは犬などのようについて来ないし、連れて歩く動物でもない。それにあの大きさと長い首。もし、ついて来ていたらわかるはずである。それが見当たらないなんて、どういうことなのかと突っ込みを入れたくなるが、それは野暮である。

句のどこにも力が入っていなくて、何を言っているのかよくわからないがしっかりとあと味を残す。なんともすっとぼけた味を醸し出している。時々はうしろを振り返ってみようかと思う。ひょっとしてキリンがついて来ているかもしれない。「ふらすこてん」(第49号2017年刊)収録。

2017年3月23日木曜日

●季語

季語

汝に春の季語貼つてゆく泣き止むまで  中山奈々〔*〕

鮒ずしや食はず嫌ひの季語いくつ  鷹羽狩行

蛇笏忌や子に覚えさす空の季語  上田日差子

心地よき季語の数なり二百ほど  筑紫磐井


〔*〕『セレネップ』第11号(2017年3月20日)

2017年3月22日水曜日

●水曜日の一句〔堀田季何〕関悦史


関悦史









階段の裏側のぼる夢はじめ  堀田季何


夢にあらわれる建築はいま現在住んでいるところよりも、幼時になじんだところのほうが多いらしい。場所の記憶も、自己そのものの一部ということか。

なかでも階段は途中性と幻惑感の強い場だが、この句ではそのさらに「裏側」をのぼっている。遠近法を欠いた夢のなかの空間ならではの魅惑を引きだす混沌ぶりといえる(それにしても「のぼる」とはこの場合、通常な上下軸からみて上にあたるのか、下にあたるのか)。

「夢はじめ」は初夢のことだが、句中に置いたときの効果が「初夢」とはまるでちがう。「初夢」では動きが止まり、ほとんど報告句と化してしまうのである。「夢はじめ」という始動をあらわす単語なればこその湧出感や流動性のようなものがこの句にはある。そしてそのゆるやかな動きは夢のなかにはとどまらない。新年に発し、そのまま現実の一年をも規定してしまうのだ。

階段の裏側をのぼりはじめてしまう新年とは、このとき、夢と現実の関係自体が入り乱れはじめる新年にほかならない。「階段の裏側」という場は夢と現実とが融通無碍に入れ替わる事態そのものである。そこを「のぼる」とは、記憶、無意識、自己の暗部を撹拌し、汲みあげつつの詩的昇華がこれから果たされるということにもつながってゆくのだろう。性的放縦の気配もひそんでいる。


「GANYMEDE」vol.69(2017年4月)掲載。

2017年3月21日火曜日

〔ためしがき〕 波の言葉1 福田若之

〔ためしがき〕
波の言葉1

福田若之


ためしがきというのは、寄せては返すといった体のものであるように思う。

  ●

砂漠の詩を読むたびに感じる、それを書くことへの強いあこがれ。けれど、僕は草のない詩には住まうことができないだろう。

  ●

「私性」というとき、「性」という接尾辞は、一般化によって個別の「私」を殺す。僕は僕の「私性」によって僕であるわけではない

  ●

俳句の総合誌は売るために「詠い方」の特集を組む。「書きぶり」の特集では売れないだろうか。

  ●

僕がTwitterのアカウントを持たないでいる理由のひとつは、僕の書くものを、あくまでも書かれたものとして読んでもらいたいと思うからだ。どんなに短いものであっても、僕は文字を「つぶやく」のではない。

2017/3/6

2017年3月20日月曜日

●月曜日の一句〔武藤紀子〕相子智恵



相子智恵






雪嶺といふ春深き響かな  武藤紀子

句集『冬干潟』(2017.2 角川書店)より

「雪嶺」は「冬の山」の傍題で、季重なりの句ということになる。

〈春深き響かな〉という言葉にじっと佇むうちに、里に雪のない春や秋は、雪をいただく高い山の美しさが実は際立つと思った。中でも春の陽光に照らされた雪嶺の白さは明るく美しい。

掲句には映像的な美しさもあるが、もっと想像されてくるのは〈春深き響かな〉による雪嶺の雪解の水音である。「春深き」という時期であるから、里に近い山裾から中腹にかけての雪解は既に終わり、頂上付近の雪解が本格化している頃だろう。雪嶺の厳しさが、ゆるゆるとほどけてゆく響き。実際には聞こえなくとも心の中にイメージされてくる。

冬の雪嶺の何者も寄せつけない厳しい白さが、「春深き響」によってふわりと光りながらほどけてゆく柔らかな白さに変化している。「かな」という包み込むような切字も効いている。効果的な季重なりによって、厳しい寒さが本格的にほどける山国の晩春の情景が見えてきた。

2017年3月17日金曜日

●金曜日の川柳〔なかはられいこ 〕樋口由紀子



樋口由紀子






「と」にするか南瓜炊けたか「を」にするか

なかはられいこ (1955~)

川柳を書いていると助詞をどうするかで悩むことが多々ある。助詞で句柄ががらりと変わり、句の意味内容の方向も違ってくる。助詞一つで良くも悪くもなるのを誰もがまのあたりにしている。実生活でも似たようなことがありそうで、思い当たる。

「南瓜炊けたか」だが、そのリズムのよさですぐに思いついたのは「テッペンカケタカ」というホトトギスの鳴き声だった。南瓜が炊ける間にどちらにするか決めるのか、などいろいろ考えたが、最終的には意味内容はスルーして、「さてさて」というお囃子のように読んだ。どうするかを悩ましい事が、映えるように、引きたてるように、投入されたのではないだろうか。あるいは暗号のような気もする。

「南瓜炊けたか」を何食わぬ顔でぽんと置き、効果を引き出す。なかはらはオリジナリティーのある新しい書き方を見せてくれる。〈代案は雪で修正案も雪〉〈東京のキョでいっせいに裏返る〉〈今日のまぶたにいいことをしてあげる〉 「川柳ねじまき」#3(2017年刊)収録。

2017年3月15日水曜日

●水曜日の一句〔武藤紀子〕関悦史


関悦史









密に描けば抽象となる蝸牛  武藤紀子


ある物を見つめつづけているだけでも、次第にゲシュタルト崩壊が起こり、何を見ているのやら判然としなくなるということはある。「密に描く」とはその過程を眼だけではなく、手の運動の軌跡へと変換しつづけていくことで、変換の過程自体を物件化していく作業にほかならない。

密に描かれた対象物は、じかに接するのと違い、全域に均等な圧力を持ったイメージとして見る者の前に立ちはだかる。いわば見る者は、ここでは描く手の動きの痕跡をひとつのこらずたどりかえすことを強いられ、ひとつひとつの線やタッチを対象物の形態と照らしあわせて読むことを強いられるのだ。

そのような分解と再統合への圧力をふくんだ画面は、対象物にもともと潜在していた「抽象」性を展開して見せただけとも考えられるが、しかしいくら細密に描かれたところで、それがそのまま抽象と化すということは、大概の動植物では無理である。まず形態的なまとまりとして認知されてしまうはずだ。

その点、もともとが幾何学的な形態と複雑微妙な色調変化の細部を持つ巻貝ならばたしかに抽象となりおおせることは簡単ではある。しかし螺旋形の貝殻がそのまま「抽象」となったところで、そこにはさしたる飛躍は生じない。貝殻だけではなく、不定形にちかい蝸牛の軟体が必要とされるのだ。

貝殻から軟体が出てきて歩きだすように、蝸牛はつねになまなましい具体から、いつの間にか抽象へと変じることができる潜勢力を持っている。この句はそのようなものとして蝸牛を異化し、捉えている。そしてそのことは蝸牛を、その形態への考察を梃子にリアルに感じさせるというだけにはとどまらない。具体即抽象という大きな変容の、蝶番の位置を蝸牛が占めることになるのだ。この世のすべての具体物が抽象に化しおおせる特異点として、蝸牛が緻密にうごめきつづけることになるのである。

博物学的図像に見入る行為にひそむ羽化登仙にも似た愉楽、それ自体を抽出した一句といえようか。


句集『冬干潟』(2017.2 角川書店)所収。

2017年3月14日火曜日

〔ためしがき〕 曼珠沙華 福田若之

〔ためしがき〕
曼珠沙華

福田若之


牧野富太郎『植物知識』(1949年に逓信省から刊行された『四季の花と果実』(「教養の書」シリーズ)が講談社学術文庫に収められるにあたって改題されたもの)の「ヒガンバナ」の章には次の記述がある。
本種はわが邦いたるところに群生していて、真赤な花がたくさんに咲くのでことのほか著しく、だれでもよく知っている。毒草であるからだれもこれを愛植している人はなく、いつまでも野の花であるばかりでなく、あのような美花を開くにもかかわらず、いつも人に忌み嫌われる傾向を持っている。
そうだったのだろうか。今日では、たとえば埼玉の高麗の巾着田などが、彼岸花といいまた曼珠沙華というこの花の、名所として知られている。ひとびとが曼珠沙華を愛でるためにわざわざひとつのところへ出向くなどといったことは、もしかすると、歴史的にみて最近の出来事なのかもしれない。

こうしたことが僕にとって気になるのは、僕が俳句をつづけるそもそものきっかけになった一句が曼珠沙華の句だからだ。その句のことは、いまでもはっきり覚えている。

曼珠沙華車内広告に咲き誇る

中学二年のとき、僕らの学年の国語を教えてくれていた先生が亡くなった。その葬儀の帰りに乗った西武線の中吊り広告に、満開になった一輪の曼珠沙華の大写しにされた写真が使われていた。ちょうど授業の課題で句を用意するように言われていたということはもちろんあったけれど、亡くなった先生に贈る気持ちで書いたのだった。

もちろん、弔意は直接句に書き込まれているわけではない。ただ、そのときの僕には、一句を書くということが、それ自体、僕に言葉の面白さを教えてくれた先生に対する弔いだったというのは、一句がどう読まれるかとは全く別のこととして、間違いのないことだ。そして、この句に書いた「車内広告」というのが、まさしく、先に言及した巾着田の曼珠沙華の花期が到来しつつあるのを知らせる広告だったのである。

だから、僕にとって、句を書くことは、そのはじまりの因果において、曼珠沙華がひとびとによって花として深く愛でられていたことに支えられているのだ。あの広告がなければ僕はそのときあの句を書きえなかったというだけではない。たとえば、僕があの曼珠沙華を「咲き誇る」という言葉で叙述しえたのも、おそらくはすでに曼珠沙華が花として愛でられてきた、その過去に支えられてのことだったはずだ(たとえその過去というのが、さほど分厚いものではなかったのだとしても)。

けれど、「車内広告に」というこの無粋な中八は、なによりその無粋さによって、曼珠沙華が花として愛でられるという出来事を、「それは‐かつて‐あった」という仕方での過去に、つまりは、写真的な過去に置き去る言葉として働いているように思う。 

句を書くというのは、弔いに弔いを重ねることなのではないかと、ときに思うことがある。過去をそのつど繰り返し弔うこと、それは、ちょうど写真の写真を撮るのに似て、かつての弔いの言葉をいまふたたび言葉によって弔うことを意味する。このとき、僕たちが手で触れることのできるこの表面において、奥行きがそのまま過去の痕跡となる。それは、天文学的な規模において、より過去からの光がすなわちより遠くからの光であることとも似ている。ところで、単に相対的なものであるにとどまる通常の旅に対して、絶対的な旅というものがもしあるとすれば、それはあの光の旅にほかならないはずだ。弔いに弔いを重ねるとき、ひとは、つねにすでに、言葉の表面に生じた奥行きのこちら側にいる。 奥行きから来る光の先端にいる。ひとは、そんなふうにして、光とともに旅することができるのだ。弔いに弔いを重ねることは、絶対的な旅であるだろう。

2017/2/22

2017年3月13日月曜日

●月曜日の一句〔高野ムツオ〕相子智恵



相子智恵






原子炉へ陰剥出しに野襤褸菊  高野ムツオ

句集『片翅』(2016.10 邑書林)より

野襤褸菊は、道端などにみられる繁殖力の強い帰化植物。明治初期にヨーロッパから入ってきたという。いわゆる雑草だ。ギザギザとした葉を持ち、小さな黄色い花をたくさん咲かせ、野性の逞しさを見た目からも感じさせる。

原子炉周辺の誰も入れない土地に種を落とし、咲いたのだろうか。〈陰剥出しに〉は解釈にやや難しいところがあるが、野襤褸菊の全体にギザギザとした、小さいけれども荒々しい陰が、原子炉の方にあられもなく伸びている風景を想像した。この原子炉は、大震災の事故の原子炉であろう。大きく人工的な原子炉に対して、小さな野襤褸菊。野襤褸菊の方がはるかに小さいとはいえ、その逞しさは可憐さとは無縁である。

誰も本当のところは見えていない壊れた原子炉。人工的で制御されていたはずの原子炉の内部が、統制されていない野生化した帰化植物に近いもののように思われてくる。人の近寄れない場所で、統制されていない野生同士が、静かに剥出しにその陰を曝し合っている。

2017年3月10日金曜日

●金曜日の川柳〔時実新子〕樋口由紀子



樋口由紀子






何だ何だと大きな月が昇りくる

時実新子 (ときざね・しんこ) 1929~2007

2007年3月10日に時実新子は亡くなった。今日でちょうど10年になる。「何だ何だ」の話し言葉にまず惹きつけられる。しかもそうやって出てきたのは「月」。予想もつかない登場の仕方だ。世事に興味をもって、どんな顔で月が出てきたのかと想像するだけでも楽しくなる。おおらかでスケールが大きく、リズム感もある。「月」の把握がなんとも斬新である。

新子の「月」は多くの人が思っている「月」とはかなり違う。文芸の世界で月は厳かで幽玄な存在。こんなふうにぐっとユーモラスにとらえた句はそうなかった。優美とはほど遠く、好奇心旺盛、月のくせに人間味があり、なにやらおかしい。また、月に対して「ほっといて、こっちのことはこっち」と開き直っているようにも読める。ここに川柳の持っている自由さがあるように思う。『月の子』(たいまつ社 1978年刊)所収。

2017年3月8日水曜日

●水曜日の一句〔石原日月〕関悦史


関悦史









流灯の介護ベッドに流れ着く  石原日月


介護ベッドはいうまでもなくまだ存命中の者を世話するために使う。そこに死者の魂を弔うための流灯が流れ着くというのが衝撃的である。

介護している側から見ての句と思われるが、介護の果てには当然死別がある。それは誰にでもわかっているはずなのだが、時間的順序も空間的制約もとびこえて闖入する流灯は、頭では理解しているつもりでも、腹から得心がいっているわけではない現実を、いきなりつきつけてくるのである。

句集は母の看取りの句を中心に構成されており、病母に心情的に寄りそい、気づかう句が多いなかでこの句は異色。リアリズムを超えて暗い非在の川がベッドのわきにあらわれ、流灯が寄りつくさまは意外に視覚的に鮮明だが、しかしこの介護ベッドにはすでに人の気配が感じられない。介護ベッドに寝ている者は、じきいなくなってしまう。それを悲しむというよりも、単なる法理のようなかたちでこの句はあらわしており、景の情緒性がそのまま痛快なまでの非情さにもつながっている。一種の救いが、予知夢のようなかたちで現在につきささってきた句といえる。

なお作者、石原日月の前著までの筆名は石原明。


句集『翔ぶ母』(2017.3 ふらんす堂)所収。

2017年3月7日火曜日

〔ためしがき〕 紙と鉛筆 福田若之

〔ためしがき〕
紙と鉛筆

福田若之

ベルクソン『物質と記憶』は、記憶と世界とのかかわりを、次に示す逆円錐SABと平面Pの表象を使って説明している。

もし円錐SABによって私の記憶のうちに蓄えられた思い出の総体を表象するならば、底面ABは、過去のうちに据えられていて、動かないままである。そのことは、あらゆる瞬間に私の現在をあらわす頂点Sがたえず進んでいること、そしてさらに世界についての私が有する現勢的な表象の可動平面Pにたえず接していることと対照をなしている。Sには身体のイマージュが結集する、そして、平面Pの一部をなしながら、このイマージュは平面を構成するすべてのイマージュからの働きかけをただひたすら受け取りまた送り返す。
平面Pと円錐SABの図像は、まるで紙と鉛筆のようだ。もちろん、Pはもちろんplan(平面)のPであって、papier(紙)のPではない。それに、両者の運動はずいぶん異なっている(上方に書かれた底面ABが過去のうちに据えられていて、動かないのだとすれば、現在にあたる平面Pと頂点Sは、動かない底面ABを図の上方に置き去りにしながら進んでいく先は、図の下方であるはずだ。平面Pを円錐SABが横滑りしていくわけではない)。

しかし、この円錐SABと平面Pの図像を介して、記憶と現在のかかわりを紙と鉛筆のかかわりに重ね合わせることは、僕にとっては、いくらか魅力的に思われる(これは、もちろん、ベルクソンによる既存のイマージュを、僕の想像力によって、恣意的にひずませることにほかならないのだけれど)。現在の僕の身体のイマージュは、ものを書くとき、その文字をなしつつある鉛筆の先に結集しているのではないか。関悦史『六十億本の回転する曲がつた棒』には、「《悪夢で目覚める。友達が死刑を宣告されて、その死刑の方法が(……)》/谷雄介のツイート」という前書きを付された《生きながら鉛筆にされ秋気澄む》という句があるが、ある意味では、何者かによって死刑を執行されるまでもなく、僕は生きながら鉛筆なのではないか。そして、なんらかの紙に書くということは、すなわち、その紙を含んだ世界への刻印なのではないか。僕が鉛筆によって書き込むのは、僕や鉛筆とは切り離されて存在する紙の上にというよりは、むしろ、僕や鉛筆を含みこんだ世界そのものにではないか。

次に示す句は、世界を構成するイマージュからの働きかけを受け取り、送り返すことが想起にかかわるありさまに、かつまた、そのことが書くことにかかわるありさまに触れている。

えぞ菊に平仮名を憶ひ出さうとする  三橋鷹女

「えぞ菊に」であって、「えぞ菊や」ではない。えぞ菊のイマージュは、平仮名を憶い出そうとするそのひと(『向日葵』においてこの句を含む五句に付された前書きからすれば、それは「流浪の女K子」であろう)の身体に働きかけている。そして、そこで憶い出されようとしているものが文字である以上、そののちにこの世界に送り返されようとしているのは、この世界への働きかけとしての書くことであるだろう。

(いや、この書き方ではだめだ。これでは、あたかも、僕がベルクソンの図に見出した紙と鉛筆のまぼろしがたまたま鷹女のこの句にもかかわっているということにすぎないかのようだ。しかし、むしろ、そもそも僕がベルクソンの図に紙と鉛筆のまぼろしを見たことそれ自体が、鷹女のこの句にかかわっていたはずだ。鷹女のこの句なしには、僕がベルクソンの図に紙と鉛筆のまぼろしを見ることはついになかっただろうと思う。そうであるなら、僕はそれを言葉の展開において示さなければならなかったはずだ)。

2017/2/10

2017年3月6日月曜日

●月曜日の一句〔石原日月〕相子智恵



相子智恵






紅梅や死化粧薄き棺を閉づ  石原日月

句集『翔ぶ母』(2017.03 ふらんす堂)より

〈死化粧薄き〉によって、納棺された人は女性だということが想像される。その化粧の薄さの中に、哀しみが静かに表現されている。

納棺の句では〈ある程の菊投げ入れよ棺の中 夏目漱石〉という句が有名だが、漱石の号泣が聞こえてきそうな句に比べて、掲句の〈棺を閉づ〉の哀しみは何と静かなことだろう。

棺を閉じることで読者の頭の中に生じる一瞬の暗転の後に、再び浮かんでくる紅梅の美しさにハッとする。紅梅に死化粧の口紅が残像となって重なる。

白梅ではなく紅梅であるところに華があり、故人の美しさが思われた。紅梅の色や香りに、伝えきれない感謝の思いが灯り、広がっていくようでもある。

2017年3月5日日曜日

●『週刊俳句』創刊10周年記念懇親会のお知らせ

『週刊俳句』
創刊10周年記念 懇親会のお知らせ


『週刊俳句』は来る4月をもちまして10周年を迎えます。これもひとえに皆様のご支援の賜物と深く感謝申し上げます。つきましては、下記により宴席を設けました。ご多用中とは存じますが、万障お繰り合わせの上ご参席賜わりますようご案内申し上げます。

  記
日時:2017年416日()午後5:00開場 5:30開演-8:30
場所:小石川後楽園・涵徳亭
アクセス/地図はこちら  東京都文京区後楽1丁目6-6 
参加費:4000円 (学生2000円)
ご参加いただける方は、4月9日(日)までにメールにてお知らせください。
≫連絡先 http://weekly-haiku.blogspot.com/2007/04/blog-post_6811.html

※早めに到着して小石川後楽園を散策(入園料:一般300円、65歳以上150円。9時~16時30分、閉園17時)もオススメプランです。

2017年3月3日金曜日

●金曜日の川柳〔速川美竹〕樋口由紀子



樋口由紀子






基礎知識大根おろしにして食べる

速川美竹(はやかわ・みたけ)1928~

大根がおいしい。最初から余談だが、コンビニのおでんで一番よく売れるのは大根らしい。が、その割に家庭で大根を煮るとそんなに喜ばれないのはなぜなのかといつも思う。

大根おろしは輪切りや短冊切りの料理とは違い、元のかたちがまったくなくなる。「基礎知識」をそこまでして食べるということは、おおざっぱではなく、あとかたもなくなるほどに十分に理解するということだろう。確かに大根おろしは食べやすく、消化によい。人はこのように生真面目に生きてきた。人間の持っている生真面目さを言い当てているのか、あるいは思い起こさせているのか。

「基礎知識」は昨年亡くなられた尾藤三柳氏の著書だという説もある。速川美竹は英文学者で『開けごま』(1990年刊 柳都川柳社)という英訳川柳書がある。

2017年3月1日水曜日

●水曜日の一句〔瀬山由里子〕関悦史


関悦史









兄に似た狐横切る花野風  瀬山由里子


この句のポイントは「花野風」の「風」にある。あえて改悪して《兄に似た狐横切る花野かな》としてみたときの句の沈滞ぶりと見比べればそれは明らかだ。

つまり「兄」と「狐」が似ているだけではなく、その二者は類似を介して「風」にまで通じているのである。季語としては「狐」(冬)と「花野」(秋)の季重なりということになるのだろうが、枯れていないのだから花野が主で秋か。その花野を風が吹き渡る。尋常の風ではなく、途端に妖異の世界が現れる。兄が狐とも、花野を吹き渡る風ともつかない存在となれば、そのような兄を持つ語り手自身も世の常の人ではない。

とはいうものの、この句の語り手自身は、妖異性や虚空性を身に帯びるとはいえ、「兄」とともにただちにあやかしに変じて走り去るわけではない。「兄」は「行く」のでも「来る」のでもなく、ただ遠心的に眼前を横切っていくだけだ。語り手と兄との間には、一抹通じあうものがありつつも大きな懸隔がある。「兄」に似た「狐」(「狐」の相貌を帯びた「兄」、あるいは「兄」であったかもしれない「狐」……)は、なかば既に花野の「風」にまで変じ、語り手のことを意識し得ているかどうかすら定かでない。

語り手にとっても「兄」は既に「風」のようなものだ。この世で深い縁あった者同士の最果ての相はこのようなものであるのかもしれず、一句の情感もそこにかかっている。ものさびしさが常の世を超えることで或る得心に至ってもいるのだが、その図(フィギュア)全てが儚さに解消され、同時に非人称的な華やぎの地(グラウンド)として揺らぐ「花野」が現れる。「花野」は生の感触を引き出す場として句のなかにあるのである。

なお、この句は句集ではなく、著者没後にまとめられたエッセイ集に収められた俳句「猫町」八句のうちから引いた。


『織と布そして猫とヴェネツィア』(2017.3 鬣の会)所収。